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イギリスの完敗か? EUが緊急措置を発表:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
(写真:PantherMedia/イメージマート)

英国と欧州連合(EU)の合意についての結論は13日(日)まで延び、予定通り10日と11日予定の欧州理事会(EU首脳会議)が開かれた。

フランスを見ていると、ブレグジットの報道は増えてはいるが、全体的には静かなものだという印象である。主要メディアがネットで、その日の文字ライブ(特設ページを設けて、新しいニュースが入るたびに上に付け足していくもの)などやるような熱気は、もはやない。

10日のフランス2(NHKに相当)の夜のメインニュースでは、3番目くらいにEUの話題が出たが、予算案に反対していたポーランドとハンガリーの話であり、ブレグジット問題はその次だった。

もともと10日のEU首脳会議は、ブレグジットのために集まることになっていた訳ではなく、例年このくらいの時期に最後の理事会が開かれる。今回の最大のテーマは、2021年から7年間の中期予算案を通すことだ。新たに復興基金の予算もある。

このようにもう、EUは英国抜きで、ヨーロッパの将来を見据えている。

しかし、昨日のデア・ライエン委員長とジョンソン首相の首脳会議で、いったい彼らは何を話したのか、そして10日は何を話しているのか、具体的な情報が知りたかった。いくつかの優れた報道によって、一部知ることができた。

必要な緊急措置とは

EU側が、貿易協定の締結に失敗した場合に必要な緊急措置を発表した

「もし合意が成立したとしても、発効が間に合う保証はない。我々の責任は、2021年1月1日までに英国との合意が成立しない可能性を含め、あらゆる事態に備えることである」と欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、英国のボリス・ジョンソン首相との夕食会の翌日に公に説明した。しかし、双方の間には共通点は見つからなかったという。

発表されたのは、漁業、航空安全、道路輸送、航空輸送の4つの分野である。これらの分野は、英国との離脱協定や、国際的な枠組みではカバーされていないのだという。

9日夜遅くの首脳会談では、おそらくこのことを話していたのであろう。フランスの雑誌『キャピタル』が報じた。ジョンソン首相はトップ会談で決めるというような雰囲気だったが、欧州委員会の委員長がそういうアメリカ大統領(とりわけトランプ氏)のような「トップの独自決断」をするわけがない。仕切るのはわかるが、何を話したのかと思っていたのだ。

今、EU側が出している4つの提案はすべて一時的なものであり、採択を複雑にする条件が付されていると、『ル・フィガロ』は報道している

EU側(欧州委員会)は、英国企業は各分野の欧州基準をすべて遵守しなければならないと主張している。そして提案では、EU側がイギリス人に保障することは、同様にイギリス側もヨーロッパ人に保障しなければならないという。

それでは4つの提案を詳細に見ていきたい。

最小限の航空輸送を確保

もしこのまま何もしなければ、EUと英国の間の空の輸送はなくなる。人も物もだ。英国はもはや、航空協定の一員ではなくなるからだ。

欧州委員会は、究極の麻痺を避けるために、航空機の安全性証明書を延長することを提案している。これは、欧州の機体が、英国に飛ぶことができず地上に留まらざるをえなくなるのを防ぎ、「基本的な航空接続」を可能にするためである。一部の旅客サービスまたは貨物サービスのみが対象となる。

英国の航空会社はこれまで通り欧州上空を飛行することができるが、英国から離陸してEUに着陸する便(またはその逆)のみが認められることになる。給油のためでない限り、途中降機は禁止される。

今までは、これに限らなかった。例えば欧州の格安航空会社の草分けと言える、英国のイージー・ジェットは、パリ・ヴェネチア間や、パリ・ニース間を飛んでいて、筆者も乗ったことがある。ブリティッシュ・エアウェイズも同様だ(もちろん他の加盟国の飛行機も同じように飛べる)。でも今後は、このような路線は廃止となるだろう。

EUの航空事業者の所有権と支配権の問題については、何も提案されていない。今のところ、EUの域内で運航する航空会社の資本の少なくとも50%を、EUの投資家が保有する必要がある。

英国のインターナショナル・エアラインズ・グループに過半数を支配されていたスペインのイベリア航空や、ブエリング航空(スペインの格安航空)などの企業は、すでに移行期の恩恵を受けて、株式保有構造を適応させているという。

道路で双方を接続

EUは、英国と大陸を行き来するユーロトンネルを使った輸送、つまり物品を運ぶトラックや車、バスが、2021年1月1日から今までどおり往来できるようにしたいと望んでいる。

しかし、デフォルトの規則では、権限で与えられる数が制限されている。そのためEUは、少なくとも2021年6月30日までは誰もが行き来できるようにするための代替案を提案している。

とはいえ、コントロールとそれに伴う混乱は避けられないとは認識している。フランス側のカレーに到着したら、コントロールのために長い時間我慢する必要があるだろう。

鉄道ユーロスターについては、フランスは、サービスを維持するために英国と交渉し、国際協定を締結する権限を与えられている。EUは、合意に達するまでの時間が必要なので、認可証明書を延長することを提案している。

漁業の現状維持の延長

望みは「継続」だという。ヨーロッパの漁船が突然に英国水域へのアクセスを失うことを防ぐため、欧州委員会は「EUと英国の漁船がお互いの水域への相互アクセス」を維持することで、現状をできるだけ長く維持することを提案している。

アクセス条件、割り当て、海洋資源への管理に変更はなく、むしろ漁業許可の配分システムに変更がある。

欧州委員会は、行政の負担や遅延を減らすために、イギリスと関連EU国の仲介役と軽減役としての役割を果たすことを提案している。この極めてセンシティブなテーマについて、EUは2021年12月31日までの延長申請を提案している。

ただ、英国側もEU側も、「漁業だけは譲れない」とせめぎあうかもしれない。一番選挙民にアピールするテーマだからだ。

飛行機が一便も飛ばず、列車が一台も行き来せず

EU主導で上記のことを進めているが、それでもまだ、欧州市民の権利、獣医と保健衛生の管理、海上輸送に関する提案がないという。

(「欧州市民の権利」が正確に何を意味するのかは不明だが、でもそのような内容まで「合意(FTA)」に含まれるとは・・・。何よりも最優先で決めたこの項目だけは、いくらFTAが何をカバーするのかよくわからなかったといっても、FTAとは完全に別だと筆者は思っていた)。

上述したように、EUは、英国企業は各分野のEU基準をすべて遵守しなければならないと主張している。つまり「EUの定める公正な競争条件」を守れと迫っているのだ。これは、英国が主権を主張しているために、今までずっと対立してきた最大の問題である。

しかし、いまイギリスに何ができるだろう?

確かに、英国とEU加盟国の間に、飛行機が一便も飛ばず、ユーロスターが一台も動かず、トラックや車が少数しか行き来しなかったら、イギリスとビジネスをしているすべてのEU市民やEUにある企業が大打撃を受ける。だからEUは、各ジャンルで協定を結ぶのをあきらめることはしない。

でも、国が壊滅しかねないほどの打撃を受けるのは、英国のほうなのだ。

関税だの割り当てだの、WTO(世界貿易機関)のルールの適用だのと言っている場合ではない。飛行機がEU間を一切飛ばない、鉄道輸送が乏しくなる、海上輸送は未定。そうなったら、どうやって物を運べというのか。

食料だけみても、大打撃になりかねない。英国の食料自給率は6割程度で、日本と似たり寄ったりである。輸入に頼る食べ物や飲み物のうち、約8割がEUからの輸入と言われる。ということは、輸送が途絶えたら、ラフに計算すると、ざっと3割強の飲食物が入ってこなくなるのだ。

参考記事:イギリス人が怯えるサンドイッチの危機とは何か。

このような状態に置かれ、主権を主張するのがどれほどむなしいことか。EUに「あなたのルールには従いたくない。我々は主権国家として独自のルールをもつのです」と言い続けて、要望を聞いてもらえるとでも? EU側が怒って「わかりました。では、好きにしてください」と交渉のテーブルを立ったら、待っているのは英国の破滅的状況である。もう、英国の完敗ではないのだろうか。

27対1に主権があるのだろうか。だから世界は大型の経済協定が盛んに結ばれて、誰がどこが世界のルールを決めるかを激しく争い、ブロック化の様相を呈していたのに。バイデン大統領の登場で、対中対露関係(とコロナ禍)による不確実さをのぞけば、また同じような時代が戻ってくるかもしれないのに。

以下の参考記事で、欧州中央銀行のドラギ元総裁が言っている。「主権」と呼ばれる、自分たちの運命は自分たちでつくるという能力をもちたいのなら、共に働かなくてはならないのだと。

参考記事:多国間主義が崩壊していく「野蛮人」の世界で、主権のために何をすべきか。ブレグジットで

筆者はEU側の冷静な報道をずっと見ていたので、イギリスの強硬派が描いているのであろうジョンソン政権とイギリスの強気なイメージを、苦々しく見ているつもりだった。市民は合意なしを不安がっていることは知っていたが、それでも本当に英国政治が実際にはここまで追い詰められていたことに、最近になるまで気づかなかった。

国内市場法で国際法を犯すことによって北アイルランドを「人質」にとり、貴族院による修正条項を取り消して、国際条約を無視する内容を再び下院で可決しまったことは、EUの関係者やマスコミの一部に、大変評判が悪かった。間違いなくイギリスの国際的評判を落とし、信用をなくし、名誉を汚していた(国際法を守らない隣国に対する不信感は、日本人も実体験で理解しやすいのではないだろうか)。でもイギリスは、そこまでに追い詰められて、瀬戸際の際にいたのだ。

それでもジョンソン首相はいつも強気のように見え、『ル・フィガロ』の記者いわく、「ノリなのか計算なのか、即興なのか戦略なのか、区別が難しい」人物であった。

今後の可能性

前日の記事で筆者は、今後の展開で2つの可能性を予想した。

一つは、英国側と公正な条件をチェックできるメカニズムを創設して、合意ありとすること。これはすでにEUが提案している「進化の条項(CLAUSE D'EVOLUTION)」というメカニズムをつくる方法だ。その場合、英国側が違反したり、摩擦が生じたりした場合、どういう措置を取ることが可能かを決めなければならない。合意の内容によって、ずいぶん実態が変わってくるだろう。そしてこれは、紛争解決方法の手段にもつながってくる。この案の欠点は、他の加盟国で極右が台頭した場合、万が一にも真似をしかねないということと(おそらくないだろうが)、ノルウェーなど他の国が不満に思うかもしれないことだ。

もう一つは、合意なしである。ただし、両者の関係をできるだけ近づける措置はとる。合意なしになったが、今まで交渉した結果である700ページにも及ぶ膨大な条項や項目のどこを有効にし、どこを無効にするかを決める。これを分けるのも大変だろう。

有効にする部分に関しては、同時にどう有効にするかを考えなくてはならない。今後どのような内容であれ両者がテーブルにつける枠組みをつくる仕組みも必要になるかもしれない

ーーと。

今、EUと英国が行っている作業は、二番目に近いように思う。ただ、国際的枠組みすらなくなり空白になるジャンルがあり、それを埋める作業を最優先させるべきとは、気づかなかった。分ける以前の問題だった。国際法とEU法、並びに両者の関係の専門家が必要だ。

最後の最後の段階で、ジョンソン政権が折れるのだろうか。合意なしよりは、まだメカニズム作りのほうがマシかもしれない。

今の場面で、イギリスが交渉に勝ち、EUが負けることは決してないだろう。そもそも日程が日曜日まで延びた段階で、EU側の交渉レッドライン(越えてはならない線)は決まっており不動で、27加盟国の首脳の了承もとれていて、動かすことはありえないのは確認できたからだ。あとはジョンソン首相がどう出るかだけだ。

ただ、「誰もがあきらめた最後の瞬間に、最後まであきらめず強い者が形勢を逆転できる」と言ったのは、ナポレオンだったか。これは軍同士の戦闘の話だが、確かに平時でも「誰もが疲れている最後の瞬間に、声が大きい者のいうことが通りやすい」は実感として正しいと思う。まだ2日あるので、やはり目が離せない。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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