シリア情勢をめぐって「天地がひっくり返る」動きがロシアで起きる:アサド・エルドアン首脳会談の布石
今年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアの国際的な孤立を招く一方、現在の戦況は、ロシアが年明けに新たな軍事攻勢を計画しているとされつつも、ウクライナ側が圧倒的に優位に立っている――日本や欧米諸国のメディアやシンクタンクは、こうした見立てをもって1年を締めくくった。
だが、世界に目を向けると、このような楽観的な現実はまるで存在しないかのようだ。
「天地がひっくり返る」
ロシアの首都モスクワで12月28日、シリア情勢をめぐって、「天地がひっくり返る」ような動きが起きた。
この日、シリアのアリー・マフムード・アッバース国防大臣、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防大臣、トルコのフルシ・アカル国防大臣による三ヵ国国防大臣会談が行われ、「テロとの戦い」に向けた取り組み、シリア情勢、そして難民問題について意見が交わされたのだ。
国営のシリア・アラブ通信(SANA)の特派員が伝えたところによると、会談は、建設的な正確を有し、三ヵ国の国防大臣は、シリアと地域における情勢の安定化のために共同の対話を継続することの必要と重要性を確認した。
また、シリアの国防省も報道声明を出し、アッバース国防大臣とフサーム・ルーカー総合情報部長が、ロシアの首都モスクワで、トルコのフルシ・アカル国防大臣およびハカン・フェダン国家諜報機構(MİT)長官と会談したと発表した。
会談には、ロシア側も参加し、終始前向きな雰囲気のなか、多くの問題について意見が交わされた。
シリアとトルコの関係
シリアとトルコは、シリアに「アラブの春」が波及した2011年以降断交状態にあり、国防大臣による会談は11年ぶり。
トルコは、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が主導する反体制派の最大の支援国であるとともに、300万を超える難民をシリアから受け入れている。また、2016年半ば以降、シリア領内に対して「ユーフラテスの盾」、「オリーブの枝」、「平和の泉」、「春の盾」と銘打った侵攻作戦を実施し、アレッポ県からハサカ県にいたる国境地帯を占領下に置くとともに、反体制派の「解放区」として知られるイドリブ県中北部への影響力を強めてきた。
一連の侵攻作戦における主敵は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲み、米国が全面支援するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)、その民兵である人民防衛隊(YPG)、同隊を主体とするシリア民主軍、同軍の支配地の自治を担う北・東シリア自治局である。
「鉤爪」作戦と関係改善に向けた動き
11月半ばには、イスタンブールで発生した爆弾テロ事件に対する対抗措置として、PYDに対する「鉤爪」作戦を開始し、有人・無人の航空機による爆撃や砲撃を強め、シリア領内に再び大規模侵攻を行うことが懸念されていた。
だが、これと並行して、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領やメヴリュット・チャヴシュオール外務大臣らは、来年半ばの大統領選挙、国会選挙を見込んで、バッシャール・アサド大統領やシリア政府との関係改善への意思を示すようになり、ロシアがこれを仲介していた。
エルドアン大統領は12月15日、トルクメニスタンから帰国途中の機内で記者団に対し、次のように述べ、アサド大統領とプーチン大統領と会談したいとの意向を表明していた。
シリアとトルコはこれまでにも、諜報関係者らが陰に陽に会談を続けてきたが、今回の三ヵ国国防大臣は、この発言に沿ったものであり、2023年には、シリアのファイサル・ミクダード外務在外居住者大臣とトルコのチャヴシュオール外務大臣の会談、そして最終的にはアサド大統領とエルドアン大統領の首脳会談が準備されることになる。
シリアとトルコの関係改善、そして両国とロシアの結託は、シリア内戦におけるもっとも厄介な当事国の一つである米国の動きに変化をもたらしてはいない。だが、シリアとトルコの首脳会談が実現すれば、シリア政府、反体制派、PYDによる国土の分断と、米国、トルコ、イスラエルの占領、ロシア、「イランの民兵」の駐留という火種を抱えたまま「膠着という終わり」を迎えていたシリア情勢が新たな均衡再編の向けて動き出し、それがウクライナ情勢を含む国際情勢に少なからぬインパクトを与えることだけは間違いない。