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【考察】メタバース報道なぜ過熱 「どうぶつの森」と何が違うの?

河村鳴紘サブカル専門ライター
(写真:アフロ)

 インターネットの仮想空間を意味する「メタバース」。昨年夏ごろから話題に火が付き、多くのメディアが熱心に取り上げており、まもなく革新的な変化が起きそうなイメージを抱く人もいるでしょう。ですが、世の中には異なる意見もあるわけです。加熱するメタバースへの期待と課題を考えてみます。

◇揺れる定義

 メタバースについて、さまざまな記事が出ていますが、多くの人は「イマイチよく分からない」というのが正直な感想ではないでしょうか。メタバース自体は新しい言葉でもなく、20年以上前からあります。ざっくりとした説明をすると「現実世界と合わせ鏡のような、もう一つの仮想世界」というもの。つまり「メタバース」自体のイメージは「仮想世界」であることで概ね合致しつつも、細部の定義や解釈が人によってまちまちで、全く違う絵図になるため、議論がかみ合わないのです。

 そしてメタバースを知らない人にイメージしてもらうときの具体例として、複数で同時にプレーするオンラインゲームを「メタバースの一種」「広い意味でのメタバース」などとして紹介します。これが話をややこしくするのではないでしょうか。

 よく聞くのが「あつまれ どうぶつの森」を「メタバースの一種」として挙げることです。同作は、複数の人が集まってオンラインゲームとしてもプレーでき、有名ブランドがゲーム中の服を提供するなどしていますから、いかにも仮想と現実の融合のように感じられます。ですが同作は、あくまでゲームソフトです。後付けで「メタバースだ」と言っているという見方も成り立ちます。

 そうなると「メタバースと、既存のゲームの差は何?」という疑問が出るわけです。ところがその答えはハッキリせず、あっても記事によってまちまち。結局「メタバースは何ぞや」となるのです。

 そもそも、メタバースを必要としているのは、消費者ではなく、新しい価値観やビジネスを創出したい企業の側ではないでしょうか。メタバースを紹介するときに、VRや五感の再現、ブロックチェーン技術を活用したNFT(非代替性トークン)を関連付けて紹介するのも、新しい価値を作ろうとする企業の論理が優先しているように思えます。

 米国の調査会社によると、メタバースの世界市場規模は2028年に約100兆円になるという見立てもあります。ただし2020年時点でも市場規模を5兆円とはじき出していますから、既にメタバース市場は存在するというもの。ですが、多くの人には実感できません。

◇消費者が得るメリットは?

 そうなると、さらに一つの疑問が浮かびます。「メタバースで消費者が得るメリットは何」です。仮想世界でのコミュニケーションや従来にないことができるなどのメリットらしきものは挙げられていますが、抽象的でハッキリしません。言葉の壁、国家間の法制度の違い、誹謗中傷問題などの問題もそのまま。よくよく考えると現在のネット社会の利点や課題とさほど変わりません。

 理由は、メタバースの分かりやすい形が多くの人に見えず、理解できないことです。サイトもコンテンツもないインターネットの最初期のようなものかもしれません。

 ただし、誤解してほしくないのは、メタバースの構想自体は何も問題がないことです。投資や先行ビジネスの色合いが強いのは、新規事業である証拠。そして新規事業には成功も失敗もつきものです。

◇報道が加熱する背景

 問題があるとすれば、メタバースに対するメディアの扱い方でしょう。報道の役割は多角的な視点から、過熱するものにブレーキをかけたり、離れた視点で俯瞰(ふかん)するもの。ですが、メタバースでは多くのメディアが「まもなく違う未来が来るぞ」とにおわせてアクセルを踏んでいるように見えることです。

 メタバースは、巨額の投資が見込まれ、かつ未知の刺激があるように思えます。実現性に対して疑問符をつけるよりも、挑戦的な視点で報じる方が、企業にも読者にも歓迎されます。仮にメタバースの挑戦が失敗に終わっても、かつて大きな話題になった仮想世界「セカンドライフ」と同じく、記事として取り扱わないだけのことでしょう。

 メタバースについて冷静に論じる記事、論説もあるのですが、影響力の大きい大手メディアほど前のめりになっているようです。大手であるほど、一般消費者向けに分かりやすさを優先するあまり、やや強引なこともあります。また長い目で見るべきところを、短期で判断しようとするような論調もありますね。期待と失望はコインの裏表ですから、メタバースへの過度な期待はネックにもなります。

 またメタバースと連動して取り上げられるNFTの扱いも気になります。NFTは面白い仕組みなのは確かですが、懸念もあります。影響力のある大手メディアであるほど、慎重に扱うことが要求されるのではないでしょうか。

 ちなみにメタバースの話が動き出したのは、「フェイスブック」から社名を変えた巨大企業「メタ」の動きが“発火点”になっており、「メタが本気で取り組むなら間違いないはず」的な流れになっているように見えます。そういう意味では、わずか半年でネットの言論を一変させたメタの手法は見事です。人材サービス大手のパソナグループがメタバース事業の参入を明かしたように、本来はメタバースから縁遠い企業も「乗り遅れるな」という雰囲気になっています。

 実は最近、メーカーに対して、メタバース関連の問い合わせをする記者やライターが一気に増えたそうです。そして、その中で担当者が「ゲーム(ある人気ゲーム名)とメタバースは別物では?」という私見を述べると、記者は「違う」と、強く言い返したりするそうです。意見は多様でいいはずなのに、メタバースへの入れ込みようが分かります。

◇「世の中はそんなに急に変わらない」

 そもそも、ファミリーコンピュータやインターネット、携帯電話、LINEなどの世の中を変えた商品・サービスは、出た段階で斬新すぎて魅力が伝わらないことが多いものです。メディアが大々的に記事にするからと言って、そうなるかは別の話です。

 近い未来、メタバースか、後継サービスが発展してインフラになるかもしれませんが、現時点では未知の要素が多すぎます。それを承知で新規事業を立ち上げて投資するのは、「奇貨居くべし」的な一つの手でしょう。現在世界を制しているトップ企業の動きを見て、「我々も先んじて動く」という気持ちも分かります。巨大企業の投資額の規模の差で勝てないにしても、先行者の利益はあるからです。

 ですが新しいモノが好きな一部を除いて大半の人は、そこまでのめり込む必要はなく、もう少し冷静な目が必要ではないでしょうか。メディアがそろって前のめりになるときほど、怪しいものはありません。まあ、この手のネタを延々と話すのは楽しいものですが……。

 要するにメタバースというイメージが先行し過ぎて、その空気を作り出したのはメディアの「過度な期待」「前のめり」にあるように見えます。面白いのは、メタバースとされる産業のノウハウを最も持っているであろうゲーム業界の人々は、割と冷静に見ているところでしょうか。

 個人的には、メタバースの世界をイメージするときの例にゲームを持ち出す限りは、既存のゲームで再現できるレベルの話にすぎないのではと思うのです。そして拙速な評価をせずに長い目で見ることも。もちろん、この記事がなるべく早い段階で「的外れ」となるような、革新的で劇的な変化があることを願っています。

 最後に関係者への取材で、最も印象に残った言葉をつづってみます。

 「落ち着いて。世の中はそんなに急に変わらない」

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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