「経歴詐称」米紙はどのような方法で暴いた? 嘘で固めた人生、ジョージ・サントス米議員のスキャンダル
昨年11月の米中間選挙で、ニューヨーク州の選挙区(ナッソー郡)から下院議員に立候補し当選した共和党のジョージ・サントス氏。まだ34歳で、同性愛者を公言し、これからの世代を背負っていく新進気鋭の政治家として注目されていた。
南米出身の両親の下、ニューヨーク市内の地下アパートで育ち、有名私立大に進学。金融系の大企業で経験を積み政治家に上り詰めるという、移民一家出身ながら誰もが羨むような人生を一代で築き、アメリカンドリームを体現してきた人物である。
しかし先月19日、それらの輝かしい学歴や経歴が「詐称」であることが米有力紙ニューヨークタイムズによって暴かれ、一気に信用を失ってしまった。
スキャンダルの渦中にある同議員は3日に初登院したが、ほかの議員からそっぽを向かれ、孤立している様子が伝えられた。
バレた数々の嘘とは?
多くの米メディアがこの件を報じている。デイリービーストは「サントス氏の数々の嘘」をリスト化して紹介した。
◆学歴
(虚偽の情報)
- 進学校のホレス・マンに通った
- ニューヨーク市立大学バルーク校を卒業(ビジネスと経済学の学位を取得)
- 名門私立ニューヨーク大学に通った
これらの学校に通った、または卒業した記録は「確認できなかった」と報道された。その後サントス氏自身が記者会見に応じ、これらの大学を卒業していないことを認めた。
◆職歴
(虚偽の情報)
- 金融大手シティグループに勤務
- 金融大手ゴールドマン・サックスに勤務
シティグループの不動産部門アソシエイト・アセット・マネージャーとして勤務していたと主張していたが、そのような事実はなくそのような役職も存在しないと、ニューヨークタイムズが報じた。また、ゴールドマン・サックスで働いた事実もないと暴かれた。
その後サントス氏は記者会見で「履歴書を飾り立て捏造してしまった」と謝罪。職歴詐称も認めたものの「罪の意識はない。なぜなら自分はこの分野で大変豊富な職務経験を持つからだ」と開き直りとも取れるコメントをし、有権者に「こんな自分を許し、政治家としてのこれからの行いを信じてほしい」と懇願した。
◆生い立ち、家族など
(虚偽の情報)
- ユダヤ系とウクライナ系の子孫
ブラジルから移住した両親の下クイーンズ区で生まれ育ったとされる。宗教はカトリック教だが、自身はユダヤ系とウクライナ系の子孫だと発言。しかしCNNなどに「それらのルーツを持つ証拠は確認できず」と報じられた。
そのような主張の背景には、サントス氏が立候補した選挙区が関係ありそうだ。その選挙区では人口の20%がユダヤ系を占め、またホロコーストの迫害を受けてきたユダヤ系やロシアによる軍事侵攻下にあるウクライナ系を名乗ることで、政治家として有権者に、移民二世がそのような弱い立場のリーダーとしてこの国で成し遂げたと訴求する要素として利用してきたと、米メディアは見ている。
その後同氏は記者会見で「私はユダヤ人と主張したことはない」と語ったと報じられた。「母方の家系がユダヤ系にルーツがあるということだったので、Jew-ishと言った」というのが、同氏の言い分だ(Jewish『ユダヤ人』ではなくJew-ishとは『ややユダヤ人』『ユダヤ人みたい』のような曖昧な表現)。
また同氏によると、母親は大手金融機関の初の女性幹部で世界貿易センター南棟で働いており、2001年の同時テロ関連の病気で亡くなったという発言についても、でっち上げだと報じられている。
以上は分かっている「嘘」のほんの一部であり、ほかにも同氏が発表してきた財政状況や慈善活動などさまざまな分野で、数々の虚偽情報が伝えられている。こうなると一事が万事そうなのだろう。つまり彼の人生そのものが「フェイク」「でっち上げ」に見えてくる。本人に罪の意識はそれほどなく、まるで息を吐くように嘘をつく虚言癖がある人物の可能性は非常に高い。
どのような経緯で嘘がバレてしまったか?
ニューヨークタイムズは5日、数々の「詐称」がどのような方法で暴かれたかを、ポッドキャストを通じて伝えた。
担当記者によると、端緒を開いたのは中間選挙のタイミングだった。「サントス氏が非常に興味深い経歴を歩んできたので、どのような苦労をしてきた人物かもっと知りたいと思った」。取っ掛かりとして、同氏が主張していたペット救済の慈善事業についてまず調べたところ、いくら調べても実際に行われた形跡が見つからなかった。それで同氏が発表していた機関に問い合わせたところ、それらの機関でも記録が見つからなかった。記者は「この時点で大きな問題とは言えないが、記事化するにあたり懐疑心が湧いた」と言う。
次に、同氏の元同僚に話を聞くため、同氏が公開しているプロフィールを確認した。職歴に「いつ」が記載されていないことを不審に思い、何年に働いていたかを把握するために、シティグループとゴールドマン・サックスに直接問い合わせをした。そうしたら驚くことに、2社の回答は「同氏が働いた記録はない」ということだった。同様に2つの大学に問い合わせたところ、卒業生としての確認ができなかった。
この時点で「彼の人生そのものが嘘の塊なのではないかという懐疑心に変わった」ようだ。
同氏の経歴について、現在ナッソー郡やニューヨーク州が捜査を進めている。
思いの外ある学歴詐称疑惑(筆者の体験から)
学歴詐称や経歴詐称について、アメリカに住む筆者はそれほど驚かない。なぜなら、身分証明書をはじめとし、大学卒業証明書、運転免許証、新型コロナのワクチン接種証明書に至るまでさまざまな偽のID(身分証明書)や証書がこの世に出回っているからだ。ある大学の夏期講習を受講しただけで「卒業」と豪語し大風呂敷を広げる輩もたまにいると聞く。世知辛い世の中には、驚くほど「偽」が出回っているのだ。
有名大学の学歴の件で思い出した逸話がある。ニューヨークタイムズの記者同様に、筆者の取材活動中に「慎重に事を進めた」経験だ。
それは数年前、専門家のコメントが必要で、ある人物に取材依頼をした時のこと。その人物からある条件を提示され、取材が許可された。その条件とは「〜〜大学卒業とプロフィールに書く」というものだった。
この時点で筆者は引っかかった。なぜか。
まず、そのような条件を提示されたのは初めてのことだった、というのが1つ。
またその依頼の背景に、何があるのかと考えた。その大学は誰もが知るアイビーリーグ(アメリカの超名門大学)の1校だった。もちろん優秀な人物がアイビーリーグ卒業なのは、何ら不思議なことではない。
ただ「能ある鷹は爪を隠す」という諺もあるように、有能な人ならわざわざ言わなくても自然と伝わるものをあえて明文化してほしいという依頼に違和感を感じずにはいられなかった。どちらにせよ、事実であるのであれば一言記事に含めるのはやぶさかではない。筆者は(前述のニューヨークタイムズの記者と同様に)裏を取るため、「卒業証明書を見せてもらえないか」と丁重にお願いした。その人物は快諾し、メールの添付ファイルで卒業証明書のコピーのようなものをすぐに送ってきた。
英語を読むことができる筆者だが、残念ながらその卒業証明書を「読んで理解する」ことはできなかった。なぜかというと、その証明書とされるものはラテン語で書かれていたからだ。英語とスペイン語がネイティブの同僚にその証明書を(個人情報の観点から名前の箇所を隠し)解読してもらおうとしたが、やはり理解できないという。アメリカの大学の証書のはずだが、アメリカ人でさえ解読できない紙切れに一体何の意味があるというのだろうかと疑念に変わった。調査のため検索をしてみると、オンライン上で似たような偽の卒業証明書がたくさん販売されていることに気づいた。少なくとも裏を取れない情報を記事に含めることはできないと、筆者は丁重にお断りをした。その人物は怒りを露わにし、取材自体を断ってきた。結局、後味が悪い結末となってしまったが、記者として納得できない以上致し方ない。
オンライン上では数多の偽りID、証明書、免許証が、また道端では偽のブランドバッグや香水が販売されており、悲しきかなそれが現実世界である。しかし、あらゆる物について、本物か否かの判断基準として「自分の目で(心で)確かめたものを信じる」という軸を改めて確認した貴重な経験となった。
(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止