トランプ2.0の象徴「政府効率化省(DOGE)」の日本への影響を考える
先の米国大統領選挙において、トランプ前大統領が、来年1月大統領に返り咲くことが確定した。同氏は、先の政権の形成や運営での経験からも、樹立時からその政権のスムースな政権運営が可能になるように、政権のキープレーヤーになる人材を矢継ぎ早に指名してきている。なお、その中には、過去の経歴において問題や課題等が多い人材も含まれており、指名に対する反対・反発による辞退などの事態が起きている。
その指名のうち、いかにもトランプ采配の象徴の1つとして注目を集めているのが、歳出削減を主導する「政府効率化省(Department of Government Efficiency、DOGE)」あるいは「政府効率化委員会 (Government Efficiency Commission)」 の中心に、イーロン・マスク(Elon Musk)氏らが指名されたことである(注1)。
同氏は、特に電気自動車や宇宙旅行、人工知能などの分野で革新的なプロジェクトを推進している技術革新の推進者、テスラやスペースXなどの企業で知られる起業家であり、世界一にもなった世界で最も裕福な人物だ。また多額の献金を通じてトランプ前米大統領の返り咲きに貢献し、同大統領選における最大の献金者という新たな称号を得ている。
このようなことから、マスク氏は、上記のDOGE(GEC)の役職を得て次期政権の一翼を担うと共に、AI、通信、デジタル医療、宇宙等の自身が行っている事業を核にした規制緩和を同政権に提言していくと予想されている。
トランプ前大統領およびマスク氏は、現在の政権や政府の効率性や歳出との無駄などに大きな不満や不信を抱いており、その改革のためにDOGE(GEC)という新たなる行政組織の立ち上げを目指している。同組織は、政府支出の無駄を排除し、連邦政府の組織や予算執行をより効率的なものにしていくための統治改革および行政改革を、政府の外部から提言・助言・指導をおこない、ホワイトハウスや行政管理予算局(OMB)などを通じて、大規模な構造改革を実施していくことが期待されている。
マスク氏は、同組織によって米国連邦予算を2兆ドル削減できると考えていると述べており、12月5日には連邦議会議員との初会合も開催している。しかし、政府機関として正式に設立されるには、議会承認が必要である。また際限ない財政悪化に対する対応は急務ではあるが、その実現には強引な対応も必要であり、またトランプ前大統領のこれまでの言動から強引な対応も予想されるが、他方で、連邦職員数の大幅な削減等の急激な対応は大きな反発も予想され、実現には多くの課題が予想されるところだ。さらに、マスク氏の企業は連邦政府の請負業者であるので、DOGE(GEC)は同氏との関係で利益相反になるのではないかという疑義も出ている。
このように、DOGE(GEC)の立ち上げや運営・動きには、米国において今後さまざまな波紋やフリクション、あるいは大きな変化を生んでいくことが予想されるところだ。
他方、米国に限らず、世界各国においても、政治や行政・政府および政策の現状に対する不満や不信は確実に高まってきている。そのことは、今年の各国の選挙や政治・行政における混乱や大きな変化等が起きてきていることにも明確に表れているということができるだろう。
そのように考えていくと、米国のDOGE(GEC)の設立や動きは、世界各国そして日本の政治・行政・政府・政策にも大きく影響していくと考えられる。
日本でも、先の衆議院選でも明らかになったように、政治や政権の動きや運営に対して、国民は与野党を超えて、全体として大きな不満や不信を持っている(注2)。また、特に第2次安倍政権時以降における「官僚による政治家に対する忖度」問題などに象徴されるところの歪んだ「政治主導」や政治と行政との関係性および橋本行革以降の行政・官僚機構の機能の低下や不全そして社会変化への不適応などから(注3)、現在の統治機構や政策形成が有効に機能しなくなってきており、国民はそれらに対して不満と不信を増大させてきている。
「米国で起きていることは、日本でも必ず起きる」といわれることがある。実際、レーガン大統領らが進めた自由市場経済の推進と規制緩和などは、その後日本でも進められた。
このように考えていくと、トランプ前大統領が、大統領に再就任した際に推し進めていくだろう政府や行政・政治の改革の方向性や手法は、日本でも起きてくるだろうと予想される。
そこで、その可能性を考える上で、日本の現状について考えていくことにしよう。
日本は、大統領制を採用している米国と異なり、議員内閣制であり、少なくとも現時点では、行政および官僚に依存しない限りは、行政や立法府における改革も、政策づくりもできないという統治システムになっている。「政治主導」といいながらも、現在の政治や立法は、行政にほとんどを依存しており、行政機構つまり官僚機構なしでは、政策づくりや立法ができない仕組みになっており、政治・立法は、行政のやることの一部にチェックや変更を加える程度の役割しか果たせないことになっている。
また日本は、立法において、先に作られた法律との整合性を厳格にとってはじめて新しい法律の形成等がなされる先法優先主義(あるいは吸収法主義)ともいうべき対応(注4)をとっており、法律や政策における知見等がないと、新しい法律や政策をつくるのが難しい仕組みになっているのである。これは、法律や政策づくりにおいて必ずしも経験や知見のない者には関与しにくく、行政・官僚は、議員などよりも、優位性を有する仕組みになっているのだ。
そして日本は、行政への外部人材の関わりや出入りは少なく、政治任用制(注5)も少なく、外部人材が行政・官僚機構を有効にマネジメントやコントロールするのはほとんど実質上不可能な環境になっている。この問題とも関係するが、日本における政策形成過程は、多くはクローズであり、日本は終身雇用の官僚がその中心的役割を担ってきたので、そこにおける知見は社会的にも共有されてきておらず、その外部人材には非常にわかりにくく、民間人が急にそこに入っても有効に機能しにくいという環境がある。
さらに、日本は、国際的には、人口比での国家公務人の数は必ずしも多くはなく、90年代以降その数を減らしてきている。他方で、国家公務人の業務は、工夫もなされてきてはいるが、長時間で劣悪な労働条件で酷使する「ブラック組織」化してきている。
以上のようなことを考えると、日本でもし政府の効率に関する活動や対応を行うのであれば、国家公務員の数を減らすことよりも、まずは行政の業務における効率性や機能性を向上するために、業務の見直し(注6)や組み換えそして配置変更などの点検および実施をしていくことに注力していくべきだろう。
また、今の日本の政治・政策形成の多くの人材は、行政・官僚機構にある。立法も、その組織・人材なしでは機能しないのが現状だ(注7)。他方で、それらに、現在の政府や行政・官僚組織を変更することは、自分で自身を変えることは困難であり、無理な相談であろう(注8)。そこで、日本にも、別の新たなる組織(新たなる省庁あるいは立法府の独立機関)を構築し、そこに民間人と官僚(含元官僚など)が合流し、そこが中心・核となり、米国のDOGE(GEC)の経験や知見なども活かしながら、立法府および行政府および中央・地方政府の役割分担を含めた日本の新しく効率性および機能性の高い統治構造・機構を構想し、実現していく必要があるだろう。なお、その組織では、DXや生成AIをフル稼働で活用し、その組織自体が行政の組織や仕組みの新しいモデルの実験的な構築もおこなうようにすべきだ。
さらに、このような流れの中で、民主主義の考えをより深く浸透させながら、その考えに基づく日本独自の立法のあり方や手法および統治制度を構想、構築していく必要があるだろう(注9)。
これらのことは、日本の明治維新以降の近代化のなかで構築してきた統治構造・機構の大きな変更および改革にも繋がるものであろう(注10)。今の日本は、今後のためにも、そのような大きな変革を必要としているのである。
(注1) 同組織の立ち上げを提案したのは、マスク氏であるといわれている。
(注2) この点については、次の拙記事を参照のこと。
・「政局を超えて、今回の衆議院総選挙の結果から見えてくるもの」(Yahoo!ニュース、2024年11月3日)
(注3) 政治の問題、行政機構および橋本行革等については、次の資料等を参照のこと。
・拙記事「今の政治不信の淵源は、「2009年の政権交代」にある」(Yahoo!ニュース、2024年7月11日)
・拙記事「日本国のガバナンスの問題・課題そして今後を考える上での必読書『官僚制の作法』」(Yahoo!ニュース、2024年5月27日)
・『官僚制の作法』(岡田彰、公職研、2024年5月17日)
(注4) これに対応する立法の対応や考え方が、後につくられる法律が先のものに優先するという後法優先主義あるいは増加法主義である。
(注5) 政治任用制も、単に民間人等が、行政の幹部になれば機能するものではなく、行政と民間の間を行き来した経験がある人材が行政に入ることで、その経験や知見を活かして、行政をマネジメントやコントロールできるのだ。日本では、これらの点は必ずしも理解されていない。
(注6) 2009年の政権交代でできた民主党政権は、国や地方自治体が行う事業について、公開の場において外部の視点を取り入れながら、個別事業の要否等を議論・判定する「事業仕分け」を行ったが、国の事業などの場合、その成果の評価は短期間では難しく、些末な視点に向かい、それなりの意味はあったが、政治的なパフォーマンスに終始した嫌いがある。それより、より広い視点から、政府の業務の見直しなどを行うことの方がより重要だといえる。
(注7)日本には、米国のような政策シンクタンクや立法府およびその人材ならびに政策人材の人的流動性の環境はなく、行政府以外の政策人材は非常に限られている。
(注8)そのことは、日本において比較的に成功したと考えられている橋本行革をはじめとする行政改革の歴史をみれば明らかだ。詳しくは、上記の『官僚制の作法』を参照のこと。
(注9) これらのものも、その後も固定のものではなく、時代や社会が変化すれば、アプツーデートされるべき存在であることも忘れるべきではない。
(注10) この点に関しては、次のような資料を参照のこと。
・拙著『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか―日本を「明治維新の呪縛」から解放し、新しい可能性を探求する―』(キーステージ21、2024年7月15日)
・拙記事「日本の近代化モデルからみえること」(Yahoo!ニュース、2024年11月9日)