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日本国のガバナンスの問題・課題そして今後を考える上での必読書『官僚制の作法』

鈴木崇弘政策研究者、一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
日本の官僚制は変わったのか?(写真:イメージマート)

 日本は、この30年、それまでの国家運営のガバナンスや政策形成の仕方を、大きく変容する時代や社会に適応すべく、改善・変革しようとしてきた。だが日本の社会や経済の現状をみる限り、それらの動き等が十分に功を奏してきたとはいえないだろう。また現在の政治や政策の状況をみれば、それらの現実は悪化してきているといわざるをえない。

 なぜそのようになってきているのか?

 その解は、本記事で紹介したい最近出版された書籍『官僚制の作法』に書かれているということができる。そのようにいえるのは、次のような理由からである。

 同書は、橋本行革(注1)の経緯と意義を軸に、明治維新以降の官僚制の生成から現在の官僚制までを、貴重な一次資料や関係者の証言などを基に、丹念かつ詳細に論じている。同書は、飽くまで優れた学術書であるが、日本という国家の近代から現在にいたるガバナンスとその構造の変遷をタペストリーのようなストーリーとして描いており、日本の官僚制の一大叙事詩となっており、非常に読みごたえがある。

 そして同書は、日本は明治維新以降官僚機構を中心とする中央集権型の国家運営がなされたが、霞が関と呼ばれるその官僚機構は、実は一体的なものではなく、単なる連合体であるということを余すことなく示している。それはつまり、日本は、中央政府の官僚中心の国家であり、その官僚制は各省官僚制であり、「疑似国家」ともいえる異なる「省」の連合体というか連邦国家的な存在であるということを提示しているのである。

書籍『官僚制の作法』 写真:公職研からの提供
書籍『官僚制の作法』 写真:公職研からの提供

 そして省による相違や競争・共創は、時に問題・課題も生んだが、日本社会にダイナミズムを生み出し、日本の第二次世界大戦の前と後における成功と繁栄を生んだのである。

 ところが、80年代以降、日本社会がある程度豊かになり、国際社会が大きく変容し、世界や社会の変化のスピードが高まってくると、そのような分散型中央政府による中央集権ガバナンスでは、社会の地域ごとの細かな対応ができないばかりでなく、全体感を持ちながら短期間での変化に対応することもできなくなってきたのである。それはつまり、「連合体」的あるいは「連邦国家」、つまり明治維新以降形成してきた連合官僚の国家モデルでは、日本という国・社会の運営ができなくなってきたということもできるのである。

 そのような状況およびその認識から、行政改革や政治主導のための改革等の必要が叫ばれ、橋本行革や小選挙区制の導入等の政治改革(注2)が行われてきた。そのなかでも特に連合体であるがゆえに「国の司令塔がない」という問題の克服や社会変化に対応した政治体制の構築を目指して、総理主導や政治主導などに向けた仕組みづくりが行われたのである。その集積の結果が、橋本行革であり、小泉政権時の政権運営、民主党による政権交代などであったのだ。

 その意味で、橋本行革は、連合体である省中心の官僚機構による国家運営を変えようとしたことから、日本の国家ガバナンスの歴史においては、画期的なことであったということができるだろう。

 しかしながら、本書が鮮明に描いているように、同行革や政治改革などを経ても、明治維新以降の日本の国家運営の本質を変えることはできなかったのである。

橋本行革は官僚制をどこまで変えたのか?
橋本行革は官僚制をどこまで変えたのか?写真:Natsuki Sakai/アフロ

 ではここで、その問題の本質を知るために、日本の国家運営・官僚機構の根幹が何であるのかについてみていこう。そのポイントは、本書を踏まえて、筆者のこれまでの知見や経験などを織り込めば、次のようにいうことができるだろう。

・日本は、中央政府中心の中央集権国家である。

・同国家、より具体的には中央政府は、省中心の官僚機構による連合体的国家として運営してきている。

・官僚機構は、日本だけではないが、権限・権益・人事などに基づく縦割り組織である。縦割り組織である官僚機構は長短良悪の両面を有する。

・官僚機構は、基本的に継続性を重視する仕組みだが、特に終身雇用制度に基づく日本の場合は、その傾向は特に強く、大きな変更や変化を回避する「作法」をとりがちである。

・官僚機構・官僚制は、本書のタイトルにもなっている独自の「作法」で運営されるが、橋本行革などをはじめとする行政や官僚の制度改革への対応・抵抗などにおいて、そのことがより鮮明に示されている。

・官僚機構は、省中心の年功序列に基づく終身雇用システムをとっている。

・上記のことと密接に関連して、日本における立法の仕方は、法を立法や改正のときに、従来の法制度との整合性を事前に十分に考えて、規制の重複や抜け落ちのないようにする立法の方法である「吸収法」(注3)をとるようになっている。

・上述のような国家運営や政策形成の仕方は、幾分変更されてはきてはいるが、その本質は、明治維新以降、第二次世界大戦の前後も含めて、大きくは変わってきていない。

 これらのことからもわかるように、法律や制度などを考察したり改正する場合は、それらが作成された背景・経緯、当時の社会などを理解していくことが重要であるが、日本の国家運営は今も、知見や継続性のある官僚機構に過度に依存しており、官僚が政策形成や政治をリードすることになる状況・環境にある。

 このために、現在の日本の政治制度は、本質は変わっていない仕組みに、さまざまな改革・変更などがつぎはぎ的に付加された「総理主導」および「政治主導」というスパイスを若干利かせた程度のものとなっているのである。

 別言すれば、官僚機構に既存しているがゆえに、日本の政治制度や国家運営の仕組みは、世界や社会の大幅な変容にもかかわらず、大きな概念や枠組みの変更ができていないのである。

日本の官僚機構中心のガバナンスの仕組みは、明治維新以降大きく変わってきていない。
日本の官僚機構中心のガバナンスの仕組みは、明治維新以降大きく変わってきていない。写真:イメージマート

 その結果として、現在の国家運営は、具体的には次のようになってきている。

 まず「官邸官僚」を中心とした総理官邸中心の運営(総理主導ではない)になってきているのである。

 しかも、制度上形式的には「政治主導」になってきているが、主導する側の議員や政党などの政治(制度および人材。但し、小選挙区制の導入等の結果、党本部の力は強化された)の側がほとんど大きく変更・改善されてきておらず、その役割はより重要になったにもかかわらず、それに対応する仕組みや人材などはバージョンアップがされてきていない。

 そのために、小選挙区制などのために議員のダイナミズムや質の低下なども生まれており、官僚の政治への忖度、官僚機構の自己抑制やダイナミズムの喪失などが起きているのである。

 結果として、歪んだ政治主導および政官双方の質の低下、変質した官僚中心主義、そして政策形成の質の低下等が生じてきているのだ。それらのことが、安倍政権、菅政権そして現在の岸田政権と現行の政治資金等に関わる政治の低迷と混迷、ひいては日本の経済や社会の現状につながっていると考えられる。

新しいガバナンスの仕組みの構築が必要になってきている。
新しいガバナンスの仕組みの構築が必要になってきている。提供:イメージマート

 本記事で紹介している書籍『官僚制の作法』は、そのことを理解する上での貴重な知見・情報および論考を提示している。その意味で、同書は、日本の今後の官僚制やガバナンスを考察していく上での非常に有用かつ貴重な情報や知見を提供する資料となっているのである。

 そして、同書は、日本における行政・官僚機構改革の問題は、単なる行政や官僚機構の変更ではなく、日本のガバナンスの根本を変革することなのだということを改めて再認識させてくれている。しかも同書は、その改革の推進において、それを行える人材は一部を除いて、行政・官僚にしかおらず(注4)、その改革を、現在のガバナンスの土俵・枠のなかで対応するには、大いなる限界や制約があることも物語っているのである。

 別のいい方をすると、単に選挙に選ばれて制度上形式的に優位性のある議員だけ(近年は日本の政治制度や官僚制度の改革に関心ある議員などはそもそもほぼ絶滅危惧種になってきている)では、行政や官僚制の改革は、到底対応できないのである。

 他方、日本は民主主義を採用している以上、できる限り一般の人材(別のいい方をすれば、素人)が国会議員となっても、政治主導的に国などのガバナンスや政策形成に関わり、国家ができる限りスムーズに運営できる必要がある。近年は、従来以上に、政策分野における専門性が重要になってきてはいるが、それでも、そのことは、民主主義の政治制度を採用する限り、譲れない論点であるといえるだろう。

 その意味では、先に述べた日本が現在採用している「吸収法」という立法の仕方(といっても、それは官僚中心の国家運営のガバナンスにおける慣例として取られているにすぎない)を別の仕方・方策に代えていく必要があるだろう。

 その立法の代替策が、「増加法」という立法の考え方・方策である。それは、既存である法律はさておき、新しい社会問題への対処のための新しい立法を行うもので、いわば既存法律の上に新しい法律を積み上げる、増加していく方法である。この立法の仕方では、従前の法制度との整合性は当然考慮するが、事前に各省庁間でのすり合わせや過不足ない所掌と権限の確認などは行わないのが原則であり、その点で完璧を期する必要もないのだ。

 これまで述べてきたことをまとめれば、日本を、明治維新以降の中央省庁の官僚中心のガバナンスから、今後より民主主義的で、世界や社会の大きな変容に対応できるガバナンスに代えていくためには、政党や議員の質の向上を図りながら、政治主導を発揮するために、「増加法」の立法の仕方に変更しつつ、日本の主要な法律や政策の作成の手法である「内閣提出法案」方式をなくし、すべて「議員立法」方式に変更していく必要があるといえるだろう(注5)。

 本記事からもわかるように、書籍『官僚制の作法』は、日本の今後の政治制度やガバナンスについて考察あるいは構築しようと考えている方々、それらに関わる政治家(現役および潜在的人材も含めて)や官僚の方々にとっても必読の書だといえるだろう。それ以外にも、日本に関心のあるできるだけ多くの方々にも、是非とも 読んでいただきたい。非常にお薦めしたい。

(注1)橋本行革とは、橋本龍太郎内閣(当時)で行われた、最重要課題と位置づけて行った、行政改革、財政構造改革、社会保障構造改革、経済構造改革、金融システム改革(金融ビッグバン)、教育改革からなる、6つの改革のうちの1つのこと。1996年に中央省庁の整理統合を含む行政改革推進のために新たに内閣直属の行政改革会議が発足。98年6月には中央省庁等改革基本法、99年7月にその改革関連法を発足させ、それまでの1府21省は2001年1月から再編されて、1府12省庁に移行させたもの。

(注2)ここでいう政治改革とは、主に「海部内閣も総辞職。続いて誕生した宮沢内閣のときも、佐川急便事件で再び改革を求める世論が強まったが、改革反対派の動きによって法案の提出はできないまま辞任に追込まれ、同時に自民党の分裂,55年体制の崩壊という事態を招いた。 93年8月に成立した連立与党内閣の細川首相は、自らの使命を政治改革一本に絞るとし、選挙制度改革法案成立を目指し、94年1月、政府原案を一部修正をして成立にこぎつけた。」(出典:ブリタニカ国際大百科事典小項目事典)を指している。

(注3)「吸収法」は、従来の法が新しい改正法に吸収されて一本化されることになるのでこのように呼ばれる。同立法方式を実行できるのは、当然に膨大な官僚システム(特に内閣法制局)のみとなる。これにより、官僚機構(より具体的に省)が日本の国家運営の中心となるのである。

(注4)筆者は、そのような状況を変えるために、民間の独立系シンクタンクや政党系シンクタンクの創設等に関わってきたが、必ずしも十分な成果を生み出せているとはいえない。

この点では、次の拙著等を参考にされたい。

『日本に民主主義を起業する…自伝的シンクタンク論』(第一書林、2007年)

「日本になぜ(米国型)シンクタンクが育たなかったのか?」(季刊 政策・経営研究、2011.vol.2)

(注5)内閣提出法案とは、内閣が国会に提出する法案のことで、略して「閣法」とも呼ばれる。これに対して、議員が作成する議員提出法案は、「議員立法」と呼ばれる。日本では一般的に議員立法は少なく(最近は増えてきているが)、閣法が成立しやすい、といわれている。

政策研究者、一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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