暴力刑務所からどうやって抜け出したか?実在するボクサーの自伝を映画化した「暁に祈れ」の衝撃度
暴力を描いた映画は数多いが、それに閉塞感が伴うとどれだけ観る側の忍耐力は磨り減るか?そんな我慢比べを観客に強いつつ、同時に、得も言われぬ陶酔感を味あわせてくれる新手のバイオレンス映画が公開される。昨年のカンヌ映画祭のミッドナイトスクリーニング部門で上映された際評判になり、今年テキサス州オースティンで開催されたサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)で注目を浴び、さらに付け加えるなら、批評集積サイト、ロッテントマトで96%のフレッシュを獲得した「暁に祈れ」だ。
暴力は勿論、汚職、レイプ、殺人が蔓延するタイの刑務所に収監されたイギリス人ボクサーが、ある日出会った格闘技、ムエタイによって救われ、人間として再生していく。この「あしたのジョー」を彷彿とさせる物語は、実在のイギリス人ボクサー、ビリー・ムーアの自伝に基づいている。しかし、たとえそれがタイの刑務所の実態だとしても、俄には信じがたい。描かれる暴力が一瞬も休むことなく、執拗に、そして永遠に続くからだ。
それは、例えばこんな感じだ。タイで自滅的な生活を送っていたボクサーのビリーが、麻薬所持の現行犯で逮捕され、送られた先の刑務所で体中入れ墨だらけの屈強な囚人たちの僕となることを義務付けられ、反抗しようとすると暴行される。見せしめとして、皆が寝静まった深夜、すぐ側で1人の囚人が集団レイプされる様子を見せつけられる。男たちのくぐもった息づかいが聞こえてくる。看守たちは汚職塗れで助け船にはならず、ビリーは大部屋と独房の間をいつまでも往き来する羽目になる。
リベリアで暗躍する反政府軍の少年兵たちに密着した「ジョニー・マッド・ドッグ」(08)での、強烈な暴力描写が評価された監督のジャン=ステファーヌ・ソヴェールは、全編のほとんどをハンディカメラによる1シーン1カットの長回しで撮影。それを編集で分割するという斬新な手法を導入している。すると俳優はシーン毎に自然な流れでカメラの前で演技する、というより、演技ではないかのように動き回り、観客も彼が垣間見る暴力やレイプのリアル、独房に充満する湿った空気、扉を開いた途端差し込む日の光、そして、彼が嗅ぐ血液や体液の匂いまでも共有する感覚を味わうことになる。これはかつてハリウッド映画が好んで描いてきた獄中映画と少し違う。全編が主人公のクロースアップが主流で、刑務所(または暴力)という出口のない空間でループし続けているかのようなのだ。
ビリーを演じるイギリス人俳優、ジョー・コールは、撮入前にロケ地、タイに渡り、いくつかのボクシングジムでトレーニングを積み、体を鍛え上げ、ムエタイ選手としての格闘のスキルを身に付けて撮影に臨んでいる。彼の白い肉体が、思い思いの入れ墨を入れたタイ人プリズナーたちの褐色の肌に囲まれ、傷つけられていくプロセスはスリラー映画のように恐ろしい。しかし、傷ついてもまた立ち上がり、刑務所内で知り合ったレディーボーイとの束の間の恋を味わったビリーが、ムエタイによって徐々に人間としての尊厳を獲得していく後半はロマンチックですらある。
ムエタイで実績を積み、暴力が待ち受ける刑務所から逃れようとするビリーが辿り着く意外な結末も含めて、展開、描写、演技等々、すべてに於いてジャンル映画の枠を超えたバイオレンス映画「暁に祈れ」。暮れの公開を前に、是非チェックしておいて欲しい!
『暁に祈れ』
12月8日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開
(C) 2017 ー Meridian Entertainment ー Senorita Films SAS
公式ホームページ:http://www.transformer.co.jp/m/APBD/