Yahoo!ニュース

「羽生選手の金」を引き出した“運命ノート”の効果とは? 

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著作者: steve.garner32

ソチ五輪フィギュアスケート男子で金メダルに輝いた羽生結弦選手の“強さ”を支えたのは「発明ノート」。そんな興味深い記事を朝日新聞が報じた。

発明ノート……。うん、実に面白い名前だ。

実はこのネーミングは、羽生選手自身。

発明ノートには、毎日、練習で気になったことや思いついたことを、とにかく書く。スピード、タイミング、感覚、試したいこと、悪かったこと、疑問点……。頭に浮かんだことは、なんでも書く。翌日リンクに立った時、ひらめきを試し、その成果をまたまた書く。

人に見せるものでもないので、殴り書き。自分のためにとにかく書く。それが、「発明ノート」だ。

羽生選手は同世代の選手よりも、3回転ジャンプを跳べるようになるのが遅く、意外にもジャンプが大の苦手だったそうだ。

ところが、発明ノートを書き続けたら、ジャンプが“強み”となった。いや、「なった」のではない。彼の中にあった強さの種を、発明ノートが開花させたのだ。

なぜ、「発明ノート」が彼の強さを引き出したのか? なぜ、フリーでは3つのミスをしてもなお、技術点は89・66点。24選手中最高という高得点を叩き出し、金メダルを手にする、武器を、彼は持ちえたのか?

それは「書く」という行為が、自分と向き合い、自己受容(セルフアクセプタンスself-acceptance)につながるからに他ならない。

自己受容とは、自分の良いところも悪いところもしっかりと見つめ、普通であれば目をつむりたくなるような、情けなく不甲斐ない自分であっても、正面から向き合う感覚のこと。

自己受容は人間のポジティブな心理的機能の1つで、逆境を乗り越え、それを自身の強さにするために必要な心の動きで、至極簡単にいうと、自分と向き合えて初めて、人は前に進む“真の強さ”を持てる。

自分に足りないものに気がついて、それを認めない限り、どんなにいい環境に身をおいても、いい結果にはつながらないのである。

だが、残念なことに、人間は自分と向き合うことをもっとも苦手とする。どんなにビデオで自分の動きをチェックし、どんなに自分のココロに素直になろうとしても、容易に向き合えるもんじゃない。

自己防衛本能画ある人間は、無意識に「自分の悪いところ」「気が付きたくないこと」を封じ込める。 なんせ、自分の悪いところ、ダメなところを受け入れることほど、しんどいことはないわけで。今の自分を守りたいがゆえに、本当の自分を遠ざけてしまうのだ。

その自己防衛本能の壁を越える唯一の手段が、「書く」という行為なのだ。

「書く」ためには、自己を客観的にみるまなざしが必要となるため、自分を知り、向き合うことが可能となる。

自分の気持ちが言葉に変換されると、ホントウに自分が言いたかったこと、すなわち「自分の言い分」も整理される。

ある調査では、目標を立てるだけだと達成率が6〜8%であるのに対し、紙に書くと達成率は25〜30%まで高まるという結果が出ているほど、書くことには意味があるというわけだ。

また、書くことにはカタルシス効果があるため、「書く」だけですっきりし、モヤモヤした気分が解消され、不安が軽減される。これはライティングメソッドと呼ばれ、古くから認知行動療法などに用いられてきた。

私が以前開発した、ライティングメソッドの手法を用いたビジネスマン向けのストレスマネジメントプログラムでも、「書く」行為が精神健康をプラスに導くことが検証された。

自分が感じたストレスを書き出し、そのときの気持ち、今後とやろうと思っていることを「モヤモヤメモ」と名付けたメモに書きだすと、ストレス対処力が高まり、精神健康が良好になったのである。

そして、もう一つ。書いたものを一冊のノートにすると、さらに効果は高まる。

自分の書きなぐった文字でを何度も読み返すと、思考回路が刺激をうけ、潜在意識に潜む見えていなかったことや、本当の気持ち、あるいは自分らしさ、などがどんどん引き出されるのである。

作家で評論家の岡田斗司夫さんが、レコーディングダイエットで痩せたのも、「こんなに食べているぞ。食べたときには、こんな風に体重も増えているぞ」というメッセージで思考回路が刺激され、潜在意識に潜んでいた「痩せたい」という願望が、「無意識に太る行動を避ける」という行動を引き起こしたからだ。

人は誰もが、“強み“を持つ。と同時に、“なりたい自分“の願望もある。10人いれば、10通りの強みと願望が存在する。羽生選手は「発明ノート」で自己と対話することで、自分の強さと、なりたかった自分に近づいたのだろう。きっと4年後には、今以上に“羽生選手らしい“滑りが、私たちを楽しませてくれるにちがいない。

最後に、私の拙著で申し訳ないのだが、ご興味があれば、発明ノートならぬ、ココロノートをお試しいただければ幸いです。ココロノートは、ライティングメッソッドの手法と、これまで私がフィールドインタビューしてきた600人近くのビジネスマンから生まれたメモで、私の簡単な質問に毎日答えるだけで出来上がります。

自分らしい人生や自分の強みを生かしたキャリアを手に入れたいと願う方、「変わりたい」「このままでいいのかなぁ」と、ちょっとだけ前に進みたい方は、ノートと、えんぴつと、毎日10分ほどの時間があれば本当の自分と出会え、自分らしい納得のいく『未来の自分』の礎をつくることができます。

そして、書いたものを、何度も何度も見直すクセをつけてください。

「書く」「読み返す」この反復作業が金メダルへの道筋なのです。

寝る前10分 人生を変える ココロノート: 5年後、必要とされる人材になる! [単行本]

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

河合薫の最近の記事