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「喫煙で病気」になるのは「自己責任」か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 タバコを吸ったり受動喫煙をすると病気になるリスクが高まる。受け身で自分ではどうしようもできない受動喫煙はともかく、リスクを承知の上でタバコを吸い、その結果、病気になるのは自己責任といえるのだろうか。

喫煙は愚行権の行使か

 自己責任という言葉が一人歩きしている。貧乏になる自由もあるなどとうそぶく人もいるが、生活が苦しくなり経済格差が固定化する理由のほとんどは個人の怠惰や能力に帰するのではなく政治や行政の無策にある。

 ところで、自由主義(リベラリズム)の考え方では、近代社会に生きる個々人にはかなり広い自由が与えられているとする。個人的自由の中で議論になるのは、いわゆる愚行権だ。

 自由主義では、他者へ危害を与えない限り、個人は何をするのも自由であり、仮にそれが愚かなことでも禁止するのは正当ではないとする。つまり、個人が自分を傷つけてしまうような愚かな行為でも、それは自己決定なのだから個人の判断にゆだねられるべきということになる。

 タバコの問題に関して言えば、この他者危害が受動喫煙にあてはまる。有害物質が含まれているタバコ煙は、タバコを吸わない人に危害を与えるのでタバコの使用を規制すべき、というのが受動喫煙防止の考え方だ。

 では、他者へ危害を及ぼさないのなら、有害であるタバコを吸った結果、喫煙者が病気になってもそれは愚行権の範疇だから正当なのだろうか。喫煙者が病気になって苦しんでも、身体に悪いことを承知の上で行った自己責任だから仕方ないのだろうか。

 日本を含む、ほとんどの国ではそうは考えていない。そもそも自由主義における個人の自由は、倫理的道徳的社会的な観点からパターナル(父権的、温情的)に制限され得るという考え方もある。

 タバコに課せられる税には一種の罰金的な課税根拠があり、これはパターナルな考え方が基礎だ。また、たばこ税や酒税の課税根拠には、奢侈嗜好品だから課税する側面、そして過度な消費が国民の保健衛生上、好ましからぬ害悪を及ぼし、社会的なコスト増につながるからという側面もある。

 ところで、加熱式タバコのアイコス(IQOS)の説明書にはこう書いてある。「IQOSとたばこスティックは、禁煙の代替手段ではありません。健康への懸念があれば、紙巻たばこもIQOSも両方やめることが一番です」「習慣性があり、リスクがないわけではありません」。

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アイコスの説明書には虫眼鏡で見なければ判読できないほどのサイズの文字で「たばこ関連の健康リスクを軽減させる一番の方法は、たばこもニコチン使用も両方やめることです」と書かれ、「ニコチンは、たばこスティックに使用されているたばこに自然に含まれています」とある。そして「ニコチンには習慣性があり」と続く。写真撮影筆者

 日本で売られているタバコのパッケージには、同じように健康に害がある製品であることが明確に示されている。「これを飲むと病気になる」とボトルに書かれている清涼飲料がないように、こんな製品はタバコ以外にはあり得ない。

 なぜ、こんな文言が示されているのだろうか。たばこ規制枠組条約(FCTC)の手前という理由もありそうだが、パターナルな警告表示などでリスクを喫煙者に知らしめ、消費を抑制することで国民の健康を守る必要があると政府が考えているからだ。

ニコチン依存と自己責任

 一方で、政府(財務大臣)はJT(日本たばこ産業)株の1/3以上を持っていて大いなる矛盾があるが、こうした注意書き、警告文は、喫煙者がリスクを承知の上でタバコを吸っているのだから病気になっても当社は関知しない、というタバコ会社の訴訟リスク回避、責任回避に利用されてきたのも事実だ。

 タバコ会社の論理では、ニコチンには強い依存性はなく、いつでも自由にタバコを止めることができることになっている。だからこそ、喫煙者は自分の判断と責任でタバコを吸っているのだし、タバコ会社に責任はないというストーリーだ。

 つまり、タバコ会社は本心では、ニコチンの依存性を否定したがっていると考えることができる。

 これまで何度かタバコ病にかかった元喫煙者が原告になり、国とJTを相手取った裁判が起こされてきた。だが、日本の司法はずっとJT(日本たばこ産業)の主張を鵜呑みにし、ニコチンにはコカインに匹敵するほどの強い依存性があるという疫学的・科学的・医学的なエビデンスを軽視する判決を続けてきた。

 2010年の「タバコ病をなくす横浜裁判」(横浜地裁)の判決でようやく裁判所は、限定的ながらニコチンの依存性の影響を初めて認めたのだ。

 タバコを止められなくなるのはニコチンの依存性のせいだ。タバコや加熱式タバコによる急速なニコチン摂取は、脳の報酬系に刺激を与え、タバコの恒常的な反復使用と長期使用を喫煙者に強いる。

 加熱式タバコを含めたタバコ製品(ニコチン・デリバリー・システム)には有害物質が含まれているが、それを朝起きてから寝るまで間欠的に身体へ入れ、数年から数十年という長期にわたって習慣的に継続してしまうことになる。

 その結果、肺がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、喘息などの呼吸器疾患、歯周病などの口腔疾患、乳がん、心血管疾患、脳神経疾患などのタバコ病にかかるリスクが格段に上がる。

 こうした「愚行」を喫煙者に行わせているのがニコチンであり、そこには薬物依存はあっても喫煙者の自由な判断などはほとんどない。タバコ製品によって供給されるニコチンの強い依存性のため、自分で止めようとしてもなかなか禁煙できない喫煙者が病気になった場合、それを自己責任といえるだろうか。

 そして、こうした喫煙者のために灰皿や喫煙所を設置する行為は、受動喫煙のリスクを高めるばかりか、喫煙者にニコチン依存の状態を継続させ、タバコ病にかかるリスクをさらに上げる、まさに「愚行」といわざるを得ない。なぜ、タバコを吸わない多くの国民に受動喫煙のリスクを忍従させ、税金を使って喫煙施設を作らなければならないのだろうか。

 政府がタバコ会社の株の1/3以上を持ち、依然として喫煙所があちこちにあったりコンビニで手軽にタバコを買えるという政治や社会環境が変わらない限り、喫煙者がタバコ病になっても自業自得と言い切ることはできないだろう。加熱式タバコを含む喫煙習慣は、まさに国の政策によってタバコを吸う人も吸わない人も人権をないがしろにされている問題といっていい。

 若い世代の賃金が実質的に目減りし、貧困化する人が増えているのは自己責任ではない。それは大企業や富裕層のための意図的な失政と弱者を切り捨ててきた政策の結果なのだ。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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