UAEとイスラエルの国交正常化合意によってシリアは何を得られるか?
UAEとイスラエルが国交正常化合意、反発するヒズブッラー
ドナルド・トランプ米大統領は8月13日、アラブ首長国連邦(UAE)とイスラエルが国交正常化に向かうことで合意したと発表した。
エジプト、イラン、トルコ、そしてパレスチナ自治政府が強く反発するなか、イスラエルと今も戦争状態にある紛争当事国の一つレバノンでは、ヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長が、レバノン紛争(2006年)の戦勝14周年の記念演説で次のように厳しく非難した。
沈黙するシリア
だが、1967年の第三次中東戦争でゴラン高原を奪われたもう一つの紛争当事国であるシリアは(今のところ)、明確な姿勢を示していない。
国交正常化が発表される前日にあたる8月12日、バッシャール・アサド大統領は人民議会(国会)議員を前に演説し、こう述べた。
外交攻勢ではなく、守勢を得意とするシリアの反応が遅れることはよくある。だが、UAEの動きをめぐっては、反応を猶予せざるを得ない事情がある。
「アラブの春」波及による断交
2011年3月に「アラブの春」が波及して以降、シリアとUAEを含むアラブ湾岸諸国の関係は急速に悪化した。同年11月、サウジアラビアやカタールのイニシアチブのもと、アラブ連盟はシリアの加盟資格を停止し、UAEはシリアへの経済制裁に参加した。UAEは、トルコ、サウジアラビア、エジプト、フランスといった国とともに、「ホテル活動家」などと呼ばれる反体制活動家の拠点の一つとなった。
とはいえ、UAEは、サウジアラビア、カタールに比べると、シリア国内で活動するアル=カーイダ系組織主体の反体制派への支援に積極的だったとは言えない。
2012年7月にサウジアラビアの支援を受けるイスラーム軍が、首都ダマスカスで、ハサン・トゥルクマーニー副大統領補佐官、ダウード・ラージハ国防大臣とともに、アースィフ・シャウカト国防副大臣を暗殺すると、同年9月、シャウカト国防副大臣の妻でアサド大統領の姉にあたるブシュラー・アサドは子供たちの養育先としてドバイを選んだ。UAE政府は、欧米諸国が制裁対象にしていたブシュラーを受け入れた。
外交関係修復
2016年12月に、シリア軍がアル=カーイダ系組織が主導する反体制派の最大の拠点だったアレッポ市東部地区を完全制圧し、また2018年半ばまでにはイドリブ県一帯地域を除く反体制派の支配地のすべてがシリア政府の支配下に復帰した。また、イスラーム国に対する「テロとの戦い」も順調に進み、シリア政府は2018年末までにユーフラテス川以西のほぼ全域からイスラーム国を掃討することに成功した(ちなみにユーフラテス川以東地域は、米主導の有志連合がイスラーム国の掃討にあたった)。
アラブ諸国のなかでは、シリアとの関係改善を模索する声が徐々に高まっていった。イラクとアルジェリアは、終始一貫してアサド政権を支持し、オマーン、レバノンもシリアとの関係を維持していた。これに加えて、エジプト、チュニジア、ヨルダン、クウェートといった国がシリアとの関係正常化を模索し、治安面などでの協力関係を深めていったのである。
UAEは、こうしたなかで他のアラブ諸国に先んじて、シリア政府と外交関係を修復していった。
2018年12月27日、UAEは、ユースフ・ヌアイミー理事代理大使以下3人の外交官をシリアに着任させ、2012年2月に閉鎖していたダマスカスの大使館を再開したのである。
各国大使や外務在外居住者省職員が参加した再開式典において、ヌアイミー理事代理大使は以下のように述べて、シリアとの関係改善の意義を強調した。
これに合わせて、UAE外務省は次のような声明を発表した。
翌12月28日には、バハレーンも首都ダマスカスにある大使館を再開した。シリアのアラブ連盟への復帰に向けた動きが加速するかに見えた。だが、サウジアラビア(おそらく米国の圧力を受けて)が反発し、シリアの復権は今も実現していない。
関係深化、復興事業に参入
外交関係を回復したUAEは、シリアでの復興事業に参入した。2019年3月には、UEAのフッターム社は、首都ダマスカス西のサブーラ町(ダマスカス郊外県)での観光プロジェクト「ハムス・シャーマート」(五つの頬ほくろ)を再開し、40億米ドルを投資することを決定した。
UAEはまた、シリアでの新型コロナウイルス感染症対策でも協力姿勢を示した。2020年3月27日、ムハンマド・ビン・ザーイド皇太子はアサド大統領と電話会談を行い、「姉妹国であるシリアだけが、こうした深刻な状況下において孤立することはない」と強調した。
両者が電話会談を行ったのは2012年以降初めてだった。
一方、シリア側も「ガルフ・フード2019」(2019年2月)に参加し、専用ブースを開設し、飲食品企業21社が商品を披露した。
シリアの反体制活動家も居場所を失っていった。
UAEの治安当局は2019年12月、ダマスコ・グループ取締役会のムハンナド・ファーイズ・ミスリー議長を拘束した。ミスリー議長は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構に資金を供与しているとしてシリア内務省が逮捕状を発行し、国際刑事警察機構(インターポール)を通じて、UAE当局に身柄の引き渡しを要請していた人物だった。
釘を刺すトランプ政権
しかし、シリアとUAEの関係に暗雲が立ちこめた。トランプ政権がシーザー・シリア市民保護法(通称シーザー法)に基づく制裁を発動したのだ。
シーザー法は、2016年に超党派の議員によって提出された法案で、シリア国民に対する犯罪を続けるシリア政府や軍の高官、これに資金、物資、技術面で支援を行う個人・団体、さらにはシリア政府と良好な関係にあるロシアとイランを支援する個人・団体に、資金凍結や渡航禁止といった制裁を科すものだ。また、シリア中央銀行の資金洗浄への関与を特定し、関与が認められた場合、追加措置を講じると規定していた。
シーザー法は、2019年12月20日にトランプ大統領が署名した2020年度国防権限法に盛り込まれ、2020年6月17日に発動された。アサド大統領、アスマー・アフラス大統領夫人ら39の個人・団体が制裁対象となった。そのなかには、UAEに滞在するブシュラー・アサドも含まれていた(なお、現在の制裁対象となっている個人・団体は37)。
シリア情勢に引きつけて、UAEとイスラエルの国交正常化合意を見た場合、米国がシリアとUAEの接近に釘を刺すなかで行われたと言うことができる。そして、合意に対するシリアの対応に遅れは、このタイミングと関係がある。
シリアが、ナスルッラー書記長やイランのように、UAEの行動を批判することは容易だ。だが、イスラエルとの国境正常化合意を米国に対する「免罪符」として、UAEがシリアとの関係を維持・強化するのであれば、シリアにはむしろ好機となる。なぜなら、レバノンの経済破綻、コロナ禍、そして欧米諸国が継続する制裁によって、復興を軌道に乗せたいシリアは、これによって大きな「見返り」を得ることになるからだ。