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世界5大陸の27人の首脳が「パンデミック条約」を提案。経緯は? 内容は?(声明全文訳付き)

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
ジンバブエでシノファームのワクチン接種を待つ人々。3月(写真:ロイター/アフロ)

3月30日、世界5大陸の25カ国の首脳と、欧州連合(EU)大統領、世界保健機関(WHO)事務局長の27人が、「パンデミック条約」の実現を提案した。

彼らは、パンデミックの脅威や、他の健康上の緊急事態には、いかなる国も組織も、単独では対処できないと指摘している。

そして、世界の指導者たちは、今のコロナウイルスの危機に終止符を打ち、将来的に同じようなシナリオを繰り返さないための措置をつくるべきだと主張している。そのためには、世界でみんなが一つとなる「連帯」が必要だと、繰り返し訴えている。

具体的には、「安全で効果的、かつ手頃な価格のワクチンと、医薬品、診断をする製品への、普遍的かつ公平なアクセスを確保することに取り組む」という。さらに、「予防接種は世界的な公共財であり、できるだけ早くワクチンを開発、製造、配備できるようにする」ということである。

27首脳は、署名が入ったトリビューン(論説・声明)を30日に発表、多くの新聞に掲載された。内容の全訳は、この記事の下に掲載した。

どのような経緯で生まれたのか

直接の始まりといえるのは、昨年2020年のことだろう。

2020年4月下旬に、テドロスWHO事務局長、マクロン・フランス大統領、デア・ライエン・EU欧州委員会委員長、そしてビル&メリンダ・ゲイツ財団が共同で、イベントを開催した。

その場で発表されたのが、新型コロナウイルスと闘うための道具へのアクセスを、加速するための取り組みである。これは「ACT Accelerator」と呼ばれている。

(正式には「Accelerator for Access to Covid-19 」、直訳すると「新型コロナウイルスに対するアクセスを加速する取り組み」)。

この取り組みには、WHOやビル&メリンダ・ゲイツ財団だけではなく、グローバルファンド、CEPI(Coalition for Innovations in Epidemic Preparedness)、FIND、GAVIアライアンス(ワクチン連合)、Unitaid、Wellcome、そして世界銀行グループが参加している。これらの団体と、政府、科学者、企業、市民社会、慈善団体を一つにまとめて、パンデミックの収束を加速させようとする枠組みである。

目的は、新型コロナウイルスの診断をする製品、治療薬、ワクチンの開発・製造を支援して、死亡率と重症度を急速に低下させること。短期的には医療システムを保護し、社会・経済活動を完全に回復させて、中期的にはコロナウイルスの高度な制御を促進することである。そのために力を合わせたのだ。

そして同年12月、シャルル・ミシェルEU大統領が国連総会で、パンデミックに対応する国際条約を提案した。

同じく12月にはEU加盟国が、翌年2021年2月にはG7諸国が、国際的な保健協力を強化するための条約の可能性を支持した。

マクロン大統領とビル・ゲイツが主導か

ただし、G20の主要メンバー、日本を始め米国、ロシア、中国、インド、ブラジルの首脳は、この声明の署名者には含まれていない。ドイツもフランスも英国も参加しているのに、日本が参加していないのは、実に悔やまれることだ。

声明の内容を読んでみると、まるでフランス革命後にうちたてられた人権宣言を読んでいるかのようである。人権宣言は、第2次世界大戦後の1948年12月、第3回国連総会で「世界人権宣言」として採択された。「すべての人民とすべての国が達成すべき基本的人権」について述べられている。

最初の「ACT Accelerator」の取り組みが、国の首脳ではマクロン大統領しか入っていないことから、彼がEUに働きかけ、賛成した欧州委員会と共にWHOに働きかけたという線が、濃厚に思える。

そしてマクロン大統領とビル・ゲイツ夫妻は、2017年にフランスで行われた「ワン・プラネット・サミット」(気候変動会議)でも、親しい様子を見せていた。

おそらくこの案は、フランスから発せられたものではないかと思う。特にマクロン大統領とビル・ゲイツのつながりは、注目に値する。

世界的パンデミックに対応するために、「連帯(古くは「博愛」と呼んだ)」が必要であるという考え。人間は「平等」に治療にアクセスする権利があるといった内容(フランスには非正規滞在者=違法滞在者にも健康保険が存在する。「健康と治療は全人間の権利」という考えからである)。世界や社会、人間を「一つ」とみなす思想。

これらのことから、実にフランス主導の可能性が高いと思う。追加の情報を入手したら、また報告したい。

このトリビューン(声明)には、アメリカがつくった第二次大戦後の現代の世界秩序に対して、EUという大組織を使って大きな挑戦をしたいという意図が感じられる。

アメリカがつくった新世界秩序は「自由」が基礎ならば、EUがつくろうとする新秩序は「平等」が基礎となるだろう。

2018年4月、エリゼ宮で会談をするビル・ゲイツ夫妻とマクロン大統領。
2018年4月、エリゼ宮で会談をするビル・ゲイツ夫妻とマクロン大統領。写真:ロイター/アフロ

【トリビューン全文】

新型コロナウイルス(Covid 19)のパンデミックは、1940年代以降、国際社会が直面している最大の課題です。当時、リーダーたちは、2つの世界大戦によって引き起こされた大惨事を正しく把握し、多国間システムを形成したのでした。

目的は明確でした。各国を一つにまとめ、孤立主義やナショナリズムの誘惑を回避し、問題に向き合うこと。そして問題は、連帯と協力の精神、すなわち、平和、繁栄、健康、安全のもとでのみ共通の解決策が可能なのです。

私たちは、新型コロナウイルスのパンデミックを克服するために共に闘っていますが、私たちの今日の願いは同じです。次世代を守るために、国際保健の分野で、より強固な体制を構築することです。

別のパンデミックや、他の大規模な健康上の緊急事態も発生するでしょう。どの国の政府も、どの多国間組織も、単独ではこの脅威に対処することはできません。問題は「もし起こるなら」ではなく「いつ起こるか」です。

私たちは共にあって、パンデミックを効果的、かつ完全に連携したやり方で、予測し、予防し、検出し、評価し、対応できるようにしなければなりません。新型コロナウイルスのパンデミックは、全員が安全にならない限り、誰も安全ではないということを、強烈に痛感させたのです。

したがって私たちは、今回のパンデミックと将来のパンデミックのために、安全で効果的、かつ手頃な価格のワクチンと、医薬品、診断をする製品への、普遍的かつ公平なアクセスを確保することに取り組みます。予防接種は世界的な公共財であり、できるだけ早くワクチンを開発、製造、配備できるようにする必要があります。

このためにこそ、「新型コロナウイルスと闘うための道具へアクセスすることを加速するための取り組み(措置)」(Accelerator for Access to Covid-19 / ACT Accelerator、直訳すると「新型コロナウイルスに対するアクセスを加速する取り組み」)が設立されました。目的は、検査、治療、ワクチンへの平等なアクセスを促進し、地球規模で医療システムを支援することです。

「新型コロナウイルスに対するアクセス加速への取り組み(ACT Accelerator)」は、様々な面で期待に応えてきましたが、平等なアクセスはまだ現実のものとなっていません。私たちは、世界的にそのことを奨励するために、もっと多くのことをすることができます。

この見解にもとづいて、各国が協力して、パンデミックへの備えと対応に関する新しい国際条約を策定すべきだと、私たちは信じています。

このような新たな集団的コミットメント(取り組み)は、最高の政治レベルでパンデミック対策を強化するための、重要な一歩となるでしょう。世界保健機関(WHO)の憲章は碇(いかり)として機能し、他の組織の数々によって支えられるでしょう。これらなくしては、この事業ーー万人のための健康という原則に基づいたこの事業は、達成できないでしょう。

このような条約は、健康に関する世界的な既存の措置、特に国際保健規則(訳注:2005年にWHOが定めたもの)に基づいて構築されることになるでしょう。このために、物事を改善するための出発点となる、強固で実績のある基盤を確保できるようになるでしょう。

この条約の主な目的は、将来のパンデミックに対して、公的機関と世界の社会全体が関与し、国や地域、世界の能力と回復力を強化するという、アプローチを促進することです。

これは、とりわけ国際協力の大きな強化を意味します。例えば、警報システム、情報の共有、研究、ならびに、ワクチン、医薬品、診断をする製品、個人用保護具のような医療手段と公衆衛生の介入策を、居住地的、地域的、世界的に生産し配布することがあります。

この条約はまた、人間、動物、私たちの地球の健康を結びつける「ただ一つの健康」の原則を受け入れることになります。遂には、このような措置は、より大きな相互の説明責任と、責任の共有につながり、国際的なシステムにおいて、その規則や規範における透明性と協力を促進するはずです。

このことを行うために、私たちは世界中の国の首脳や、市民社会、民間部門を含むすべての利害関係者(ステークホルダー)と協力します。世界がパンデミックの教訓を学ぶことを確かなものにすることは、国家や国際機関のリーダーとしての我々の責務であると考えています。

新型コロナウイルスが、私たちの弱点や分裂を利用している今、私たちはこの機会をとらえて、この危機を超えた平和的協力のために、一つのグローバル社会として団結しなければなりません。そのための能力やシステムの強化には時間がかかり、政治的、財政的、社会的な観点から、長年にわたる持続的な取り組みが必要となります。

このことを達成するための、私たちの能力とシステムの強化には時間がかかり、一般的に政治的、財政的、一つの社会という観点から、長年にわたる継続的な取り組みが必要になります。

私たちは、遺産として連帯を残すでしょう。世界がより良い状態に整うのが確実になったとき、連帯は私たちのものとなるでしょう。私たちの子供や孫を守り、将来のパンデミックが私たちの経済や社会に与える影響を可能な限り少なくすることができるようにするのは、連帯なのです。

【署名】

J. V. Bainimarama(フィジー首相)、Prayuth Chan-o-cha,(タイ首相)、António Luis Santos da Costa,(ポルトガル首相)、Mario Draghi(イタリア閣僚評議会議長(首相))、Klaus Iohannis(ルーマニア大統領)、Boris Johnson(英国首相)、Paul Kagame(ルワンダ大統領)、Uhuru Kenyatta(ケニア大統領)、Emmanuel Macron(フランス大統領)、Angela Merkel(ドイツ連邦首相)、Charles Michel(欧州理事会議長(EU大統領))、Kyriakos Mitsotakis(ギリシャ首相)、Moon Jae-in(韓国大統領)、Sebastian Piñera(チリ大統領)、Carlos Alvarado Quesada(コスタリカ大統領)、Edi Rama(アルバニア首相)、Cyril Ramaphosa(南アフリカ大統領)、Keith Rowley(トリニダード・トバゴ首相)、Mark Rutte(オランダ首相)、Kaïs Saïed(チュニジア大統領)、Macky Sall(セネガル大統領)、Pedro Sanchez(スペイン首相)、 Erna Solberg(ノルウェー首相)、Aleksandar Vucic(セルビア大統領)、Joko Widodo(インドネシア大統領)、Volodymyr Zelensky(ウクライナ大統領)、Dr Tedros Adhanom Ghebreyesus(WHO事務局長)

(この訳文は、3月29日に『ル・モンド』ネット版に掲載された文章をもとに翻訳したものです。紙面掲載は、30日夕方にパリ首都圏発売の31日号)。

『ル・モンド』紙面に掲載されたトリビューン。紙面掲載時には25首脳の署名だった。
『ル・モンド』紙面に掲載されたトリビューン。紙面掲載時には25首脳の署名だった。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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