KADOKAWA東京五輪贈賄事件、コモンズ2代表「収賄共犯逮捕」の意味
9月6日、東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー契約をめぐる贈収賄事件で、東京地検特捜部は、スポンサー選定などで便宜を図ったことへの謝礼などとして、大会スポンサーだった出版大手「KADOKAWA」側から7600万円の賄賂を受取っていた受託収賄の容疑で東京五輪組織委員会の元理事の高橋治之氏を再逮捕、その知人で、東京・中央区のコンサルタント会社「コモンズ2」代表深見和政氏を、同容疑で新たに逮捕した。
一方、KADOKAWA側では、元専務で顧問の芳原世幸氏と担当室長だった馬庭教二氏の2人を6900万円(公訴時効完成分を除く)の贈賄の容疑で逮捕した。
同日、紳士服大手の「AOKIホールディングス」側から総額5100万円の賄賂を受け取ったとして高橋氏を受託収賄の罪で、AOKI創業者の青木拡憲氏ら3人を贈賄の罪で起訴した。
KADOKAWAを贈賄側とする事件(以下、「KADOKAWAルート」)は、AOKIホールディングスを贈賄側とする事件(以下、「AOKIルート」)と、構図がほぼ同じであり、請託や便宜供与や組織委員会理事の権限に関するものか、電通元専務としての民間企業電通への影響力に関するものかという点が問題になること(【高橋治之氏・受託収賄逮捕、電通と戦う検察、“東京五輪をめぐる闇”の解明を!】)も、ほぼ同様だ。
異なるのは、収賄側がAOKIルートでは高橋氏1人であったのに対して、KADOKAWAルートでは、高橋氏に加えて、深見氏も「身分なき共犯」として受託収賄罪の共同正犯に問われている点である。
これは、刑法65条1項の
犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。
との規定によるものだ。収賄罪における「公務員」のように、何らかの「身分」があることが犯罪主体の要件とされている犯罪で、その「身分がある者」と「身分がない者」とが共犯関係にある場合は、身分がない者も共犯として処罰されることを定めた規定とされている。
高橋氏は、組織委員会の理事として「みなし公務員」だったので、刑法の収賄罪の主体となる「身分」がある。一方の深見氏は、コンサルタント会社の代表という純粋な民間人であり、収賄罪の身分がない。二人が、共同して、KADOKAWA側から、組織委員会の理事の職務に関して、請託を受けて賄賂を受領するという犯罪を実行した、として受託収賄罪の共同正犯に問われているということだ。
AOKIルートでは高橋氏個人にコンサルタント料として金銭の支払が行われていたので、収賄側への金銭の供与の事実が明らかだったが、KADOKAWAルートでは、高橋氏ではなく、深見氏が代表を務める「コモンズ2」に支払われているので、それだけでは収賄側に金銭が供与されたとは言えない。そこで、高橋氏、深見氏を「一体的な関係」ととらえて、深見氏の会社へのコンサルタント料の支払を、収賄側への金銭の供与ととらえようとしているものと思われる。
しかし、この場合、「みなし公務員」である組織委員会理事としての受託収賄の犯罪行為を「共同して実行した」ことで犯罪が成立する。高橋氏だけではなく、深見氏にも、コンサル料として供与される金銭が、「スポンサー選定等で便宜を図った謝礼」というだけでなく、組織委員会の理事の職務に関して便宜を図ったことへの謝礼であることについての認識がなければならない。
【前記記事】でAOKIルートについて述べたように、高橋氏がスポンサー選定等でAOKI側に便宜を図った事実があったとしても、それが、
五輪組織委員会の理事としての職務に関するもの
なのか、
民間企業である電通に対する、元専務という「OBとしての影響力」によるもの
なのかによって受託収賄の成否は異なる。
KADOKAWAルートでは、同様の点が、高橋氏についてだけでなく、深見氏についても問題になる。KADOKAWAからの金銭がスポンサー選定に関する謝礼という趣旨であったことを認識していることに加えて、それが、高橋氏の電通元専務としての電通への影響力だけでなく、組織委員会の理事としての職務に関連して便宜を図ることの謝礼だという認識を深見氏も有していることが必要となる。
また、収賄の共同正犯が成立するためには、KADOKAWA側から深見氏の会社に支払われたコンサル料を、高橋氏と深見氏が共同して受け取ることを認識していたことも必要だ。
これらの点の認識について徹底した取調べを行うために、深見氏を逮捕したのであろうが、立証のハードルはAOKIルート以上に高いことは否定できない。
このような事案で、もう一つ考えられるのが、刑法197条の2が規定する「第三者供賄罪」の適用である。
第百九十七条の二 公務員が、その職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、又はその供与の要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。
公務員がその職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、またはその供与の要求もしくは約束をした場合に成立する犯罪だ。「みなし公務員」の高橋氏が、組織委員会の理事の職務に関して、スポンサー選定等に関する請託を受けて、「第三者」の「コモンズ2」に供与させた、という構成である。第三者供賄罪であれば、収賄罪の主体は高橋氏一人であり、その高橋氏が、KADOKAWA側から請託を受け、「第三者」のコモンズ2に金銭を供与させたということが立証できればよい。
第三者供賄罪については、収賄罪の主体の公務員と賄賂を供与させる「第三者」は無関係であってもよいのかは争いがあるが、当該第三者への供与が公務員の意思によるものである以上は無関係でもよいというのが判例・通説であり、たとえば、当該公務員と関係のない「公益的な慈善団体」に対して金銭を交付させるような場合でも、本罪が成立し得る。そういう意味では、立証のハードルはかなり低い。
コンサル料の供与先の「コモンズ2」の代表の深見氏は、電通内部でも出版部門を担当していたとされており、KADOKAWA側からスポンサー選定の依頼等に関して重要な立場にあるので、まずは、受託収賄の共犯という構成で身柄を確保したということも考えられる。最終的には、高橋氏だけを第三者供賄罪で起訴し、深見氏は不起訴という可能性もあるだろう。
比較的最近の第三者供賄罪の適用事例として、現在の森本宏東京地検次席検事が、津地検検事正の時代に捜査を指揮した三重大学医学部病院汚職事件がある。病院の臨床麻酔部部長だった元教授が特定の医薬品メーカーが製造・販売する薬剤を多数発注する見返りに、同大名義の口座に200万円を振り込ませたとされる事件で、「第三者供賄罪」を適用したものだ。本件でも、第三者供賄罪の適用の可能性は視野にいれているはずだと考えられる。
今回のKADOKAWAルートの立件も、AOKIルート以上に、刑事事件として立証上の問題点は少なくないが、活用できる法令を最大限に駆使して、東京五輪開催の招致、開催全般にわたって、電通という企業がどのように関わり、その中で、高橋氏がどういう役割を果たしてきたか着実に実態解明が行われていくことに期待したい。