エヌビディアの新成長要因「ソブリンAI」の背景しっかり解説、新たな世界潮流とは?
AI(人工知能)向けの半導体を手がける米エヌビディア(NVIDIA)の快進撃が止まらない。四半期売上高の伸びは過去3四半期、3倍、3.7倍、3.6倍と推移した。今後、たとえ民間セクターでの需要が鈍化したとしても、同社には確固たる収益源がある。それも、市場は拡大の一途をたどるとみられる。
世界の各国政府が自国の文化と国家安全保障を守るために進める、いわゆる「ソブリンAI(国家独自のAI)」がエヌビディアをさらに成長させると予測されている。
■背景に自国文化の保護と国家安全保障
米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によれば、アジア、中東、欧州、米州の各国は、AIのための新しい国内コンピューティング施設に数十億ドル(数千億円)を投じており、エヌビディアをはじめとするテクノロジー企業の収益源が急拡大している。
各国政府は、民間企業が新しいデータセンターを建設し、既存のデータセンターをエヌビディア製の半導体で改修することを後押ししている。そのための予算を増額し、他のインセンティブも提示している。目的は、自国民のデータに基づき、自国でAIを開発し、ネイティブ言語で大規模言語モデル(LLM)を訓練することだ。
これらの投資の背景にあるのは、米中間の技術を巡る緊張の高まりの中で、より戦略的な自立性を追求するという動きである。各国政府はAI中心となるこれからの世界を見据え、自国文化の保護と国家安全保障体制堅持を目的に対策を講じ始めた。
エヌビディアは先ごろ、そうした「ソブリンAI(国家独自のAI)」市場が2024年に100億ドル(約1兆6000億円)規模に達し、前年のほぼゼロから急拡大すると予測した。
同社の24会計年度第4四半期(23年11月〜24年1月期)売上高は260億4400万ドル(約4兆円)。WSJによれば、そのほぼ半分は、エヌビディア製半導体へのアクセスをレンタル提供している大手クラウドコンピューティング企業からの収入だった。
世界を飛び回るファンCEO
エヌビディア最高経営責任者(CEO)のジェンスン・ファン氏は、ここ数カ月、世界中を飛び回っている。各国政府や政府系通信会社、公益企業にAIへの投資を促すことがその狙いだ。
23年9月にはインドのナレンドラ・モディ首相と、12月には日本の岸田文雄首相と会談した。同氏は、シンガポール、マレーシア、ベトナムも訪問。
24年初めにはアラブ首長国連邦(UAE)とカナダの政府関係者と会談した。24年6月には台湾で開催されたIT(情報技術)見本市「台北国際電脳展(コンピューテックス台北)」に合わせて台北市を訪れ、講演を行った。
シンガポール、ソブリンAIへの投資拡大中
WSJによると、ソブリンAIへの投資額が最も多い国の1つはシンガポールだという。国立スーパーコンピューティングセンター(NSCC)はエヌビディアの最新AI半導体で刷新されており、同国通信最大手のシンガポール・テレコム(シングテル)はエヌビディアと協力して東南アジアにおけるデータセンターの拡張を進めている。
エヌビディアは24年1月、シングテルが東南アジアの政府機関や研究機関、企業などにAIサービスを提供していくと明らかにした。
シングテルは現在、インドネシアとタイでもデータセンターを建設している。シングテルの取り組みは、シンガポールの国家AI戦略「NAIS 2.0」を支援するものだ。同戦略では、国のコンピューティングインフラや、機械学習(マシンラーニング)専門家の人材プールを大幅に拡大することを目指している。
Singtel, NVIDIA to Bring Sovereign AI to Southeast Asia
https://blogs.nvidia.com/blog/singtel-sovereign-ai/
カナダ、日本、欧州も積極投資
カナダは24年5月、国内のスタートアップや研究者向けの国家コンピューティング戦略の一環として15億米ドル(約2400億円)を拠出することを明らかにした。WSJによると、日本政府はファン氏の来日を受け、24年に国内のAIコンピューティング能力の構築に約7億4000万ドル(約1200億円)を投じると明らかにした。
同様の動きは欧州全域に広がりつつある。フランスやイタリアでは通信会社がエヌビディアの半導体を搭載したAIスーパーコンピュータを構築し、現地の言語で訓練されたLLMを開発している。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は24年5月、AI訓練用の中核半導体であるGPU(画像処理半導体)の購入量を増やすため、官民パートナーシップを構築するよう呼びかけた。30年または35年までに、GPUの世界稼働数に占める欧州のシェアを現在の3%から20%に引き上げたい考えだ。
「ソブリン・クラウド」に不可欠なNVIDIA製品
米マイクロソフトは24年4月、UAEに拠点を置くAI企業、G42に15億ドル(約2400億円)の戦略的投資を行うと発表した。
これに伴い、G42は自社のAIアプリケーションとサービスをマイクロソフトのクラウドサービス「Azure」上で実行し、世界各国の公共セクターや大企業に高度なAIソリューションを提供する。両社は協力して中東や中央アジア、アフリカ諸国に高度なAI技術とデジタルインフラを提供する。
Microsoft invests $1.5 billion in Abu Dhabi’s G42 to accelerate AI development and global expansion
https://news.microsoft.com/2024/04/15/microsoft-invests-1-5-billion-in-abu-dhabis-g42-to-accelerate-ai-development-and-global-expansion/
世界各国でソブリンAIを導入・推進する動きが広がっている。その基盤となるのが、マイクロソフトなどのクラウド企業が支援、あるいは協力する「ソブリン・クラウド(国家独自のクラウド)」の構築だ。
そして、それを支えるのがエヌビディアの半導体製品となる。アナリストらによると、エヌビディアでは今後、中心的な顧客であるテクノロジー企業から受注が減少する恐れもある。
同社の売上高の伸びは鈍化傾向にある。しかし、世界各国のソブリンAIへの動きは、エヌビディアにとって良い埋め合わせ材料になるかもしれない。同社の収益は引き続き増加するとアナリストらはみている。
筆者からの補足コメント:
本稿でも触れたとおり、エヌビディアは2024年1月、シンガポール通信最大手のシングテルがNVIDIA AIプラットフォームを活用し東南アジアの政府機関や研究機関、企業などにAIサービスを提供していくと発表しました。
シングテルは現在、東南アジアの各国でエネルギー効率の良いデータセンターを構築中。これらの施設では「NVIDIA Hopper」アーキテクチャーのGPUとエヌビディアのリファレンスアーキテクチャーを活用します。
地場の企業や学術・政府機関などのデータを安全に処理する「AIファクトリー」として機能するといいます。シングテルは、エヌビディアのAIソフトウエアプラットフォームである「AI Enterprise」を法人顧客に提供するほか、エヌビディアのクラウドパートナーとして、同プラットフォームで最適化したAIサービスも展開します。インドネシアとタイでも展開する計画です。
(本コラム記事は「JBpress」2024年6月19日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)