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「ガメラ」の藤谷文子は今LAで脚本家に。井浦新のアメリカ映画主演作も手がけ、婚約者役も演じる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
主人公ヒデキ(井浦新)と婚約者ケイコ(藤谷文子)のシーンは日本で撮影された。

井浦新のアメリカ映画デビューとなる『Tokyo Cowboy(原題)』は、彼が演じる主人公のヒデキがモンタナ州の牧場で、タイトルどおり“東京から来たカウボーイ”になる感動のドラマ。日本の企業で働くヒデキが、出張でモンタナの牧場へ向かい、和牛の飼育を勧めるはずが、現地の人々との交流によって自身の生き方を見つめ直す。最初は白い目で見られるアウトサイダーの主人公が、価値観の違う世界に馴染み、受け入れられる過程は、ある意味、映画の王道と言える。

(井浦新のキャスティングや日本でのロケの話などは前回の記事を参照)

ただ、このように日本人を描いたアメリカ映画では、往々にして“勘違い”な描写や違和感満点のセリフが盛り込まれることを、われわれは何度も目にしてきた。しかし『Tokyo Cowboy』では、そうした点が限りなく少ない。その大きな理由は、日本を深く理解する人が脚本に関わっているからだ。その名は、藤谷文子

平成「ガメラ」シリーズ3部作でヒロインを演じたほか、三井のリハウスガール(CM)としても人気を獲得。日本の映画やドラマで活躍していた藤谷は現在、ロサンゼルスを拠点にしている。父はアクションスターとして知られる、スティーヴン・セガール。夫は『複製された男』『アフターマス』などの脚本家、ハヴィエル・グヨン。LAでの藤谷は、アメリカの映画やTVシリーズなどに俳優として参加する一方、“作る”側にも積極的で、短編を2本監督。パク・チャヌク監督と短編の脚本を共同執筆した経験もあり、この『Tokyo Cowboy』ではデイヴ・ボイルと共同脚本にクレジットされている(デイヴ・ボイルが監督・脚本を手がけた2014年の映画『Man from Reno』で藤谷は主演を務めていた)。

『Tokyo Cowboy』で藤谷文子は、井浦新が演じるヒデキの上司で婚約者であるケイコ役で出演もしている。

今回の藤谷の脚本への起用について、プロデューサーのブリガム・テイラー(「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ、『ジャングル・ブック』などを製作)に聞くと、次のような答えが返ってきた。

「文子は、ある時期に日本の映画界で輝かしいキャリアを持っていましたが、ロサンゼルスへ移住してから、インディペンデント系の映画製作のコミュニティで活動を続け、『Man from Reno』での素晴らしい演技に加え、脚本家としての努力も重ねていました。私は以前からデイヴ・ボイルのことをよく知っていて、彼が何度か一緒に仕事をしている文子こそ、今回の脚本に最適だと判断したのです。しかもメインの役を演じられるということで、ある意味、本作で最も重要な役割を果たしたと言えます。彼女なしでは、このような映画は生まれなかったでしょう」

日本の人たちに彼女を思い出してもらえれば

脚本や撮影のプロセスを通し、ブリガム・テイラーは藤谷文子の貢献が欠かせなかったことを口にする。

「私たち製作陣は、ことあるごとに日本の文化について文子に質問をぶつけました。いくら調べても、やはりわれわれは違った文化で生活しているので、重要な部分を見逃してしまうリスクがあるからです。文子の言葉に耳を傾け、脚本を修正し、撮影のアプローチを変更することは多々あり、その結果、日本の人が観ても違和感のない作品になったと信じます」

監督のマーク・マリオットも、藤谷文子が脚本とケイコ役を兼ねたことについて、心から満足しているという。

「ヒデキとケイコの関係について、その深い洞察を文子は執筆と演技で証明してくれました。どちらかと言えばヒデキは、周囲の人とコミュニケーションをとるのが苦手なキャラクターです。そんな彼と対照的に、ケイコは信念が強く、頭の回転も速いうえにユーモアもある。こうした2人の関係性を物語にうまく溶け込ませたのは、文子の才能のおかげ。日本の皆さんはもしかしたら彼女の存在を忘れかけているかもしれませんが、こうして映画界で活躍していることを伝えられるだけで、私はかなり興奮しています」

國村隼が演じるワダは、モンタナで主人公ヒデキの運命を左右しつつ、コメディリリーフ的な存在でもある。
國村隼が演じるワダは、モンタナで主人公ヒデキの運命を左右しつつ、コメディリリーフ的な存在でもある。

そしてもう一人、『Tokyo Cowboy』には日本人俳優がメインキャストで出演している。ヒデキとともにモンタナを訪れる黒毛和牛の専門家のワダで、國村隼がこれまた味わい深い存在感を発揮しているのだ。その國村について、監督のマークは賛辞を惜しまない。

「私にとって怖いヤクザ役のイメージが強かった國村さんですが、今回のキャスティング用に届いた映像を観て、彼の別の側面を知りました。その後、Zoomでお話しして、ユーモラスで優しい人柄に感動し、ワダ役にぴったりだと感じたのです。國村さんも脚本を気に入ってくれましたが、モンタナに到着した彼は『このワダ役をどう演じるべきかわからない。過去の役とはまったく違うので』と迷いを吐露していました。私もブリガムも驚いて『いやいやワダは、あなたそのものです。今のまま演じてくれれば完璧です』と説得したところ、不安は取り除かれたようでした。そこから撮影が始まると、私は毎日、國村さんの演技から目が離せなくなりました。彼は“演じていないように見せる”天才だと、私は確信できたのです」

アメリカ人監督でもリアルな日本を描くには…

こうして完成した『Tokyo Cowboy』は現在、映画祭などで上映が始まっているが、アメリカ製作の映画にもかかわらず、まるで日本人の監督が撮ったかのような錯覚をもたらす。マーク・マリオット監督が日本で暮らし、山田洋次監督の撮影現場を手伝った経験に、前述したとおり、藤谷文子が脚本に加わったからだが、マークはそんな筆者の感想を心から喜んだようだ。

「最高の褒め言葉をありがとうございます。その要因として考えられるのは、アラタ(井浦新)が本作のストーリーと同じ体験をしたことではないでしょうか。彼にとってアメリカでの撮影は初めてであり、東京とはまったく違う世界に最初は戸惑っていたはずで、私たちはいろいろ話し合いました。そんなアラタの揺れ動く感情を使って、うまく役を表現しようと思ったのです。『Tokyo Cowboy』はコメディの要素も強いですが、コメディ部分が自然に発生するには、登場人物の感情がリアルであることが重要ですから」

日本で生活した経験から「まわりの人の言葉に耳を傾けることの大切さ」を改めて認識したというマーク・マリオット監督。

「ヒデキが婚約者、そしてモンタナの牧場の人々の言葉に耳を傾け、自分以外の人、自国とは異なる文化を受け入れることが本作の大きなテーマであり、そこに共感してもらえれば私にとって最高の幸せです。私は本当に日本が大好きなので、次の夢は、この『Tokyo Cowboy』が日本で上映される際に、日本の皆さんと一緒に鑑賞し、どんな風に作品を捉え、喜んでくれるかを目撃することですね」

『Tokyo Cowboy』は2024年、日本で劇場公開の予定

画像提供:Tokyo Cowboy

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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