トルコ経由で「イスラーム国」への資金供給が続く
「イスラーム国」による領域の占拠や同派の「拡散」が話題になる際、多くの場合同派のようなイスラーム過激派の何たるかやその性質についての議論と対策が疎かにされがちである。たとえば、イラクやシリアでイスラーム過激派が増長した際、専ら両国の政権のダメさ加減をその原因として挙げる解説が目立ったし、現在「イスラーム国」がサヘル地域やモザンビークで活動を活発化させている件についても、「拡散」のメカニズムについて教えてくれる解説や分析にはまずお目にかからない。問題は、「ムスリムが関わる世界中の紛争を、場所を問わず自らの問題と認識し、既存の国境を超越・無視してヒト・モノ・カネなどの資源を動員してこれに参加する」ことがイスラーム過激派の重要な特徴だということだ。しかも、イスラーム過激派とその支持者・ファンは、相当機を見る敏な(ものすごいご都合主義・機会主義と言ってもいい)人々で、自分たちの資源を移動させたり投入したりしやすい場所を選ぶだけでなく、最もアピール効果や勝つ確率が高い場所を選んで活動している。そのため、イスラーム過激派はヨーロッパ諸国を好んで攻撃する一方で、ロヒンギャや新疆のムスリムがいくら虐待されようが彼らのために行動を起こすことはまずない。
このような観点に立つと、イラクやシリアで現在も「イスラーム国」の活動が温存されているのは、単に現地が紛争の場となっていることや現地の統治がよくないことを原因として満足してよいものではない。すなわち、依然として外部からイラクやシリアの「イスラーム国」に向けて資源が供給され続けているからこそ、同派の活動が「そこそこ」続いているのだ。これについて、2021年1月にアメリカの財務省の報告書がトルコ経由で「イスラーム国」への資金供給が続いていると指摘した。報告書は、「イスラーム国」の収入源として石油密輸からの取り立て、身代金目当ての誘拐、フロント企業を通じた事業なども挙げているのだが、より重要な点として(外部に存在する)「イスラーム国」への資金提供源を絶つことが挙がっている。同報告書について報じた記事によると、「イスラーム国」の残党には中東各地に1億ドル程度の現金があり、「ハワーラ」と呼ばれるイスラーム金融の送金手法を通じ、フール・キャンプやその他の「イスラーム国」活動家への資金供給が続いている。その上、イラクとシリア間の国境地域での密輸を通じてお金がやり取りされているそうだ。「ハワーラ」自体はイスラームの教えと金融活動を調和させるための営為の集積であり、これを否定すれば事が済むわけではない。その一方で、その手法や論理が資金洗浄やイスラーム過激派のための地下銀行として利用されている以上、イスラーム金融についても単に迎合するだけでなく、その問題点を認識し、適切な管理や運用のための努力を怠ってはならない。
フール・キャンプの管理の杜撰さとその原因については別稿で触れた。これに加え、上述の記事によるとトルコにおいて「イスラーム国」向けの資金供給などの兵站支援を絶つ努力はろくになされていない。この見解は、オバマ政権時代にアメリカの国務省で「イスラーム国」に経済面で対策をとる分野を率いていた元高官が表明したのもので、この人物によると、“「イスラーム国」の者たちは、シリア・トルコ国境のトルコ側の地域をまるでATMのように使用していた”との由である。バイデン現大統領は、オバマ政権時代に副大統領として中東諸国との外交に深く関与しており、オバマ政権時代の高官の見解や思考様式が今後アメリカの「イスラーム国」対策に反映されるかもしれないが、もとをただせばこの問題はオバマ政権時代から実効的な対策を欠いたまま放置されてきたともいえる。
ヒト・モノ・カネ、そして情報やサービスが国や地域を越えて移動することは、現在我々が享受する便利さの根幹でもある。このような経済活動の多くは、イスラーム過激派にとっては異教徒・不信仰者による侵略や収奪に過ぎないのだが、実際は当のイスラーム過激派自身がそうした営みに寄生してその命脈を保っている。イスラーム過激派対策は、彼らが出現した場所で物理的に摘発・討伐するという活動と、彼らに対する資源の供給を絶つという活動を車の両輪として進めるべきものである。つまり、どこかで自爆攻撃が起こったとか、多数の死者が出る攻撃が発生したとかの次元でイスラーム過激派を観察・報道するだけでは不十分なのだ。現場での対応にも、外部からの資源の供給遮断策にも本腰が入っていない場所としての、イラク西部・シリア北東部・トルコの危険性を認識し、対策をとる必要がある。また、世界中のあらゆる場所がイスラーム過激派のための資源の調達地になりうることは、日本においても意識しておきたいところだ。