Yahoo!ニュース

MITの日本キャンパスの設置の是非を問う

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
MITの日本キャンパスは、日本にイノベーションをもたらせるのか(写真:イメージマート)

 日本の経済や産業そして企業の国際社会におけるプレゼンスが、この30年で大きく減衰してきている(注1)。そして国際社会における日本の経済の影響力は低下の一途をたどっている。その一つの表れが、日本のGDPがドイツに抜かれ世界第4位になったという最近の報道に象徴されているといえるだろう(注2)。

 これは、第二次世界大戦後の日本経済を構築・支えてきた大企業を中心に(注3)日本の社会や経済が運営され、それらに依存してきたことのツケだろう。大企業は、一部を除いて、戦後の成功やその過信ゆえに組織の形式化や硬直化が進み、世界や社会が大きく変化してきたにもかかわらず、目先の改良や改善はおこなってきたものの、大きなイノベーションを起こすことはできず、その社会的存在感や影響力を低下させてきたのである。よくよく考えてみれば、組織が大きくなれば、特に日本企業のように組織決定志向が強い組織では、イノベーションが起きにくいし、起こしにくくなるのは当然のことだろう。

 日本社会でも、このことへの理解や認知は高まってきている(注4)。それを受けて、岸田政権も、日本の経済・産業や企業の現状を打破すべく、イノベーションを起こしやすくするためにスタートアップ支援に注力してきている。

 その一つに、「グローバル・スタートアップ・キャンパス(Global Startup Campus、GSC)構想」というものがある。これは、「東京都心(目黒・渋谷)にGSC構想のフラッグシップ拠点を創設し、当該拠点を中心に、地域全体でスタートアップ・エコシステムを形成しようというもの」である。そして、「キャンパスが世界に対する“窓”として機能し、海外のトップ大学等との協力などを通じて、スタートアップを目指した研究者などの呼び込み、派遣、起業家育成、共同研究などを通じて、世界に挑戦するスタートアップを創出」しようというものだ(注5)。

 政府は、同構想を推進するために、本年11月には「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想に関する有識者会議」も発足させた(注6)。

日本でも、グローバルステージで活躍するスタートアップがたくさん誕生してくることを期待したい
日本でも、グローバルステージで活躍するスタートアップがたくさん誕生してくることを期待したい提供:イメージマート

 日本における研究開発費(特に大学等における)やGDPに占める教育機関への公的支出の割合などの低下・低迷が指摘され、日本のイノベーション分野での活動への危惧等が指摘されるなか、このGSC構想やその方向性は評価することができるだろう。

 日本におけるイノベーションが起きにくい一つの大きな要因として、社会におけるモノトーンで、多様性が欠落していることがあげられる(注7)。そのことへの対応として、外国人材や外国の組織の協力を得ることは当然であろう。特に、グローバルが進展する国際社会においては、海外の人材や知見を活かさない手はない。

 また日本は、歴史的にみても、遣隋使・遣唐使や明治維新などにおいて、外国の知見や人材を活用して、大きなイノベーションを起こし、社会変革を成し遂げてきたのである。

 これらのことからも、GSCは、その方向性において、評価されるべきものだといえるであろう。

 しかしながら、日本は、近年国際的に劣位になってきているとはいえ、多くの先進的な問題・課題を抱えながらも、豊かで安定した社会である。それはつまり、海外の視点や知見は活かすにしても、日本は、飽くまでも独自に試行錯誤し、外国人材などの協力を得ながら、知の探索を行いながら、新しいイノベーションや地平を切り開いていくべきステージにあるということだ。

 その観点からみた場合、GSC構想に憂慮する点がある。それは、GSCに米国の著名大学であるマサチューセッツ工科大学(MIT)の日本キャンパスを設置することを高らかに謳い、その目玉にしていることだ。

 MITは、米国のみならず世界的にも最高水準の教育・研究を提供する知の拠点の1つだ。そのキャンパスを日本に設置することは、社会的にも注目を得ることだろう。その意味で、そのことをこの構想・政策の目玉・中心として発信したい気持ちは理解できないわけではない。そして同キャンパスの設置には、MITが同大の意思から自発的に自前で来るならいいが、その実態は日本政府からのかなりの資金提供も予定されるようだ。

 だが、MITは飽くまで米国の組織であり大学だ。それはつまり、同キャンパスの活動の成果は、そこに勤務する教職員等はある程度の知見・経験を得られるだろうが、知財などの関係もあり、最終的には日本社会に活かされるかも不明であることや、同大の組織運営のノウハウ等はどれだけ日本社会の知見・経験に活かされるかわからないところがある。

 MITの日本キャンパスの設置といえば、短期的にみて一見見栄えはいいが、現在の日本にとって本当にいい選択なのだろうか。やや安直な選択であるように感じる。

 筆者は昨年、沖縄科学技術大学院大学(OIST)(注8)において、同大の運営などについて滞在研究する機会を得た。

 OISTは、日本の他の大学において類をみない画期的な組織運営と方式を採用している、理工学分野における5年一貫制博士課程を有する学際的な大学院大学。世界の科学技術への貢献とともに、国内外の優れた研究者を招へいして高いレベルと質の研究を行うことを通じて、世界最高水準の研究拠点を形成しながら、沖縄の技術移転と産業革新を牽引する知的クラスターを形成することを目的に日本政府により設立された。創立は2011年といまだ新しい大学だが、国際的にも高く評価され、その成果も生まれつつある。

 OISTは、多くの海外人材などの協力を得て、現在の高い評価を得てきている。成功や改善すべきことなども含めた多くの経験と知見を蓄積してきており、また今後もさらなる改善や経験等の積み重ねが必要であるが、飽くまでも日本の組織・大学として、経験・知見の蓄積がなされ、人材の採用・育成・創出がなされてきているということができる。

 OISTは、そのすべてが順調であるわけではないが、単一的になりがちな社会において、多種多様な人材や価値観から構成される組織を困難ななか運営されてきており、日本社会の今後を切り開いていく上での知見やスキルの実験場でもあり、それらの集積の場になってもおり、プラスもマイナスも含めて多くの経験と知見を蓄積してきている。それらは、日本の今後の方向性を考え、構想していく上で大いなる知見や教訓として活かすことができるだろう。それができるのは、OISTがやはり日本に存在する日本の組織・大学だからだ。

 このように、国内にも日本の今後を考える上で参考になる場所がすでに存在している。その意味で、このOISTの経験・知見こそ、GSC構想に活かされるべきではないだろうか。

 GSCは、OISTモデルのすべてをマネする必要はない。GSCは、OISTモデルを参考にしながらも、独自のシステムやモデルを構築すべきだ。多様性の少ない日本のような社会では、様々かつ多様な組織が存在することが今後ますます必要である。その点は特に強調しておきたい。

独自のイノベーションが生まれてくるように、日本独自の尽力が求まれている
独自のイノベーションが生まれてくるように、日本独自の尽力が求まれている提供:イメージマート

 他国の著名大学のキャンパスを日本につくることは、社会の耳目を集めやすいだろうが、安直なアイデアや発想から得られる成果は実は少ないものだ。日本社会は、この約30年で、そのことを鮮明に学んできたはずだ。

 いかに大変かつ困難を伴っても今こそ、日本自体(そして日本政府)が腰を据えて、真摯に取り組んで、日本独自の可能性を見出すことが求められているのではないだろうか。そしてそうすることが、結局はより短期間でしかも経費も抑えながら、日本独自の独創的なイノベーションなどをクリエイトでき、日本社会そして世界や次世代にも貢献できるだろう。

(注1)この点に関しては、次の記事等を参照のこと。

記事「データで見る 失われた(失った?)30年」(東京新聞日曜版大図解No.1613、2023年5月26日)

記事「日本は「失われたX年」をいつまで続けるのか?」(鈴木崇弘、Yahoo!ニュース、2023年5月29日)

記事「「日本の名目GDPを1,000兆円に」の視点から、日本の経済や国力について考えてみよう!」(鈴木崇弘、Yahoo!ニュース、2023年11月19日)

(注2)この点については、次の記事等を参照のこと。

記事「日本の名目GDPがドイツに抜かれ4位転落へ、コロナ禍からの回復に差…IMF予測」(読売新聞、2023年10月24日)

記事「日本のGDP「世界4位に転落」IMF予測、55年ぶりドイツ下回る」(朝日新聞、2023年10月24日)

(注3)それらの企業が、世界経済をけん引していた時期もある。

(注4)日本のスタートアップ環境を取り巻く環境も変わってきており、それらをサポートする制度や仕組みができてきたいたり、日本企業もオープンイノベーションでスタットアップと協業することに前向きになってきている。また最近では、海外の企業やスタートアップも日本カウンターパートとの協業などの関心を寄せている。この点については、次の記事なども参照のこと。

記事「日本への関心が高まっている。このチャンスを、日本の再起動に活かそう!」(鈴木崇弘、Yahoo!ニュース、2023年12月9日)

(注5)このGSCの詳細は、次の資料や記事等を参照のこと。

「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想(Global Startup Campus)」

記事「「東京からイノベーションを」 MITと連携、研究拠点を東京に建設」(村山知博、朝日新聞デジタル、2023年5月18日)

(注6)この有識者会議については、次の資料等を参照のこと

「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想に関する有識者会議について」

(注7)この点については、次の記事などを参照のこと。

記事「日本におけるイノベーションについて考えよう!」(鈴木崇弘、Yahoo!ニュース、2023年5月7日)

(注7)OISTについては、次の資料等を参照のこと。

記事「OISTの歩みを紹介 ― 10周年記念式典開催」(OISTのHP)

論文「「総合芸術」的な国際研究組織「OIST」の全貌」(鈴木崇弘、フォーサイト、2023年3月24日)

・論文「OISTの挑戦にみた日本変革のヒント」(鈴木崇弘、Voice、2023年2月号)

記事「ランキングは東大より上、沖縄のOISTに優れた人材が集まる理由」(成毛眞、日経ビジネス、2021年7月13日)

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

鈴木崇弘の最近の記事