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「令和の振り飛車」、穴熊攻略ならず。勝負を分けた「トーチカ囲い」の距離感

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 24日、第68期王座戦五番勝負第3局が行われ、永瀬拓矢王座(28)が久保利明九段(45)に勝って通算2勝1敗とし、初防衛まであと1勝とした。

 久保九段の三間飛車に永瀬王座は居飛車穴熊で対抗。

 久保九段は最近流行の「トーチカ囲い」に組んで難解な中盤戦となったが、最後は穴熊の深さが生きて永瀬王座が制勝した。

トーチカ囲い

 「トーチカ囲い」とは、守備側の桂を跳ねてその位置に玉をおさめ、まわりを金銀で固めた囲いをいう。

 久保九段はこの王座戦五番勝負において第1局に続いて本局も採用した。

 振り飛車といえば「美濃囲い」が定番だったが、「トーチカ囲い」はより堅さと攻撃力を求めた囲いである。

 元々居飛車側が用いていた囲いを応用したものでもある。

第68期王座戦五番勝負第3局▲永瀬拓矢王座ー△久保利明九段 42手目△8一玉まで
第68期王座戦五番勝負第3局▲永瀬拓矢王座ー△久保利明九段 42手目△8一玉まで

 42手目、久保九段が△8一玉と引いたところ。これで「トーチカ囲い」はほぼ完成となる。

 飛車が4二にいるが、これは流れの中で三間飛車から振り直したものだ。

 第1局では、

第68期王座戦五番勝負第1局▲永瀬拓矢王座ー△久保利明九段 38手目△8一玉まで
第68期王座戦五番勝負第1局▲永瀬拓矢王座ー△久保利明九段 38手目△8一玉まで

 38手目、久保九段が△8一玉と引いて「トーチカ囲い」を完成させた。

 第3局との違いは飛車側の銀の位置だ。

 第1局は四間飛車から、3二→4三→5四、と動かした。

 第3局は三間飛車から、4二→5三、と動かした。

 銀の位置がどちらが勝るかハッキリしたことはわからないが、この辺りに久保九段の試行錯誤がうかがえる。

 「令和の振り飛車」はまだまだ奥が深そうだ。

令和の振り飛車

 「トーチカ囲い」を用いて、場合によっては守りの桂も攻撃に参加させる。

 これが「令和の振り飛車」の思想だ。

 「令和の振り飛車」について、以前Yahoo!ニュースに記事を書いたのでご参照いただきたい。

振り飛車復活へ!タイトル挑戦を決めた久保九段も信頼を寄せる「令和の振り飛車」

 現状、居飛車側は対策に苦慮している。

 なぜなら振り飛車と「トーチカ囲い」の組み合わせはここ最近になって現れた格好で、新感覚に戸惑っているからだ。

 実際、筆者も自らの公式戦でこの作戦と対峙し、感覚の違いに戸惑って敗北を喫した。

 いま居飛車党にとって、振り飛車の手強い作戦のひとつであることは間違いない。

 「トーチカ囲い」の良さが現れた局面がある。

第68期王座戦五番勝負第3局▲永瀬拓矢王座ー△久保利明九段 64手目△9五歩まで
第68期王座戦五番勝負第3局▲永瀬拓矢王座ー△久保利明九段 64手目△9五歩まで

 64手目、△9五歩と久保九段が端を攻めたところ。

 旧来の美濃囲いであれば玉が8二にいるので、▲7四歩と攻められてモロに玉へ響く。

 しかしトーチカ囲いならば玉の位置が8一なので▲7四歩の効果も限定的だ。

 しかも△8五桂と逃げた格好が攻めにきいてくる。

 この局面は角と金桂の二枚換えで、筆者は久保九段がやや有利に進めているとみていた。

 しかし、精査した結果、この辺りの形勢はほぼ互角だったようだ。

 筆者が「令和の振り飛車」の感覚に戸惑っている証拠でもあり、その感覚はまだつかめそうにない。

距離感

 難解な中盤戦を経て、終盤の入り口では控室で千日手筋が指摘されていた。

 千日手による引き分け指し直しを苦にしない永瀬王座なだけに、これは千日手か、そう思われていた。

 しかし久保九段は千日手筋とは違う受けを指した。

 結果的にはその手がまずかったようで、勝敗を分ける一着となってしまった。

 対局者の感想によると、互いに千日手筋には気が付いていなかった。

 しかしこの場面、筆者が精査した限りでは千日手が最善と思われる。

 「トーチカ囲い」への距離感は本当に難しい。

 本局に関しては、その距離感の難しさが久保九段にとって不利に働いてしまった。

 将棋の世界に運の要素はないとされるが、こうした時に運の存在を感じさせられる。

 「令和の振り飛車」は天敵である居飛車穴熊に対し、互角に戦っている。

 本局に関していえば、あと一歩、わずかの差で敗れた格好だ。

 王座戦五番勝負はここまで全局先手番が勝っており、第4局は久保九段の先手番となる。

 第4局は10月6日(火)に兵庫県神戸市で行われる。

 「令和の振り飛車」の戦いに、今後もご注目いただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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