梅雨前線 7月4日未明~明け方、近畿で懸念されたほどの大雨にならなかった理由
6月末から梅雨前線の活動が西日本付近で活発になり、九州南部を中心に記録的な大雨となっている地域があった。降り始めからの総雨量は多い所では1,000ミリを超え、土砂災害や河川氾濫が発生した。災害に巻き込まれ犠牲になられた方に心からお悔やみ申し上げるとともに、被害に遭われた方にはお見舞いを申し上げる。まだ梅雨の期間は続くため、今後も再びさらなる大雨となる所があってもおかしくない。これ以上被害が拡大しないことを切に祈っている。
さて、近畿地方でも、3日(水)夜から4日(木)早朝をピークとして、大雨になることが懸念された。筆者も、担当する関西テレビの夕方ニュース番組「報道ランナー」にて臨時の気象解説を行うなど防災対応をとり、災害に巻き込まれる人が出ないように積極的に対策を呼びかけた次第だ。当然ながら、気象台も、大雨警報や今後の見通しについて述べた臨時情報(地方気象情報、府県気象情報)を適宜発表するなど、予想される大雨に対して万全を期して臨んだのである。
ただ、夜が明けてみると、近畿では京阪神以北においては、懸念されていたほどの大雨にはならずに済んだ地域も多かった。「あれ、大したことはなかったな」と思った人もいらっしゃっただろう。また、結果を見れば、「予報が外れた」と受け取られた方もいらっしゃったかもしれない。
近畿において、特に京阪神以北で、この程度の雨で済んだ理由は何だったのか。また、実際の雨量よりも予想値が大きかったのはなぜか。3日(水)に筆者が行った予報・解析作業の一端をご紹介し、どういったプロセスを経て今後の見通しを判断し、予報・解説に反映しているのかを示して検証することで、その疑問にお答えしていきたいと思う。以下、やや専門的な内容の話になるが、ご興味のある方はぜひお付き合いいただければありがたい。
■ 天気予報のベースは「数値予報」
気象台の予報担当者(予報官など)も、我々民間の気象予報士も、今後の天気予報を考える際に使う資料は同じだ。その基本となる予測資料は、気象庁のスーパーコンピュータを用いて日々計算・出力されてくるシミュレーション結果「数値予報」である。気圧、降水量、気温、風など、様々な気象要素が物理学に基づいて計算され、地図形式や地点ごとのグラフ形式などで我々気象技術者の手元に届くのである。
テレビの天気予報でおなじみの「予想天気図」や「今後の雨雲の動き」も、基本的にはこの数値予報を基礎として作成され、広く一般向けにも解説用の画面として利用されている。また、この数値予報をもとに、晴れ・曇り・雨といった天気の変化や、雷の発生する確率など、より天気予報に利用しやすい形にした資料「ガイダンス」も活用して、我々は日々、予報に臨んでいる。
では、今回、3日昼過ぎ~夕方の段階で、数値予報は大雨をどう予測していたのだろうか。数値予報のシミュレーション(モデル)にも複数あり、1週間程度先まで計算するもの、数日間のみ計算するもの、目先の半日程度だけ計算するものなどがあり、それぞれ解像度が異なったり、計算頻度に差があったりと、得手・不得手がある。翌朝までの天気予報を検討する場合、大きな拠りどころとするのは「メソモデル(MSM)」だ。翌日にかけての予測が3時間おきに出力される。
3日昼過ぎ~夕方の段階での、最新のMSMの予測結果を見ると、梅雨前線上の低気圧が発達しながら京阪神付近を通過し、これに伴う発達した雨雲を示唆する強い雨の区域(便宜上、赤色の表示域)が京阪神以北に計算されていたのだ。これが、大雨予想の大きな根拠のひとつになったと言える。
■ 「数値予報」を鵜呑みにはしない
ただし、気象技術者は、数値予報の結果をそのまま鵜呑みにして天気予報を発表するわけではない。数値予報など各種資料をもとに、低気圧や前線の状況、上空の大気の流れなどを総合的に判断し、気象状況の変化(気象シナリオと呼ぶ)を組み立て、天気がどう推移するか、すなわち予報を作成する。
有力なツールである数値予報ではあるが、その予測結果を信頼しても良いものか、その都度判定し、気象シナリオにどの程度反映できるのかを評価することが、非常に重要なポイントとなるのだ。
今回はどうだったか。
まず、西日本付近の気象状況は、梅雨前線の近くで暖かく湿った空気の流れ込みが一層強まる段階で、また、上空の気圧の谷の接近を鑑みても、大雨の危険性が高まることは大いに予想される気象状況だった。
それを踏まえ、3日午前中のうちに予想されたMSMの3時間おきの予測結果を見返してみても、大雨の予測について大きな差はなく、一貫して京阪神以北に強い雨の区域が計算されている。何度計算してみても同じ結果が出力されるということは、「ブレが小さい」ということで、一般的にはその予測は「信頼度が高い」と言える。そのため、この大雨の計算についても一定程度の信頼をしても良いだろう、と判断した。
ただし、この大雨をもたらす梅雨前線上の小さな低気圧について、そのほかの資料や過去の経験、モデルのクセなどから総合的に判断して、「やや過剰な発達」と考えられたため、予想される雨量などは計算結果よりもやや少なめに見積もるべき、とも筆者は判断していた。
実際、予測計算のひとつ(ガイダンス)の生データでは、大阪周辺では向こう24時間の雨量が300ミリに達するという計算を示していた。さすがにこれは可能性が小さいだろうということで数字を割り引き、この段階では、多くてもせいぜい250ミリ程度ではないか(これでもかなりの値である)として考え、今後の予測資料を注視して随時確かめる、という心構えで筆者は臨むことにしていた。
(なお、上記の値は筆者が想定した私見の数字だが、いわばオフィシャルな予報である大阪管区気象台発表の情報では、近畿地方(中部・南部)の予想24時間雨量は最大で200ミリとして発表された。)
■ 多数のシミュレーションから「幅」「信頼度」を分析
また、6月末から運用が始まったばかりの「メソアンサンブル数値予報」も効果的なツールだ。予測計算に使用する観測データなどについて、ほんの少しだけ条件を変えたうえで、「21通りの計算をして予測する」という手法である。イメージとしては、21人に意見を聞いて多くの回答を得ることで、結果の多数・少数を見極めたり、答えにバラツキがかなりあるのかそうでもないのかを判断したり、という方法になる(ただし、実際の天気の展開が、21通りの予測結果の中には無い場合もある点に注意が必要)。多数のシミュレーション結果を比較することで、予測の「幅」や「信頼度」を見積もる有効な手段とするわけである。
こちらも一般的な解釈だが、「多数派」の意見は、起こり得る未来の状況として有力な候補となり得る。今回は、詳細な場所は異なるものの、21通りのうち約半分の計算結果が京阪神以北の地域にも大雨を予測していたのである。この結果も鑑みて、紀伊半島方面とは別に京阪神以北のどこかでも大雨となる可能性が比較的高いと評価し、それに基づく大雨の予報(雨量等)を組み立て、結果、警戒を呼びかける対応となった。
※ なお、上記の解釈は筆者自身の予報作業(の一部)によるものである。防災気象情報を作成・発表する気象台における詳細な解析・予測作業の内容は不明だが、こういった手順と大きく異なるものではないと考えている。
■ 実際の雨の推移は?
3日夕方の時点で、四国付近と九州付近に活発な雨雲がすでに実際に観測されており、前者が3日夜に、後者が4日未明~明け方頃に近畿地方を通過し、上記のシナリオに基づいて大雨をもたらすおそれがある、と考えられた。特に後者が、梅雨前線上の小さな低気圧に伴う大雨である。
夜間に大雨のピークが訪れるという事態が想定されたことから、予測の精度がさらに高まる「数時間前」まで待つということが難しい状況だったことも考慮されるべきだろう。現象が発生する直前のギリギリまで待てば、予測の精度は上がるものの、真夜中になってから警報を発表することになり、これを受けて避難情報が自治体から出されたとしても、屋外は真っ暗な中での避難行動となり、住民は安全に移動することが困難となり得る、ということである。
3日夕方時点で予想された気象シナリオでは、京阪神以北でも大雨による災害の危険性がある、しかもその可能性は決して低いものではないため、明るいうちの十分な備えを呼びかける必要がある状況だった。おそらくこうしたことも鑑みて、大阪管区気象台は、3日16時24分に大阪府の広域に大雨警報を発表し、土砂災害(3日夜遅く~4日朝)や浸水(3日夜のはじめ頃~4日明け方)に警戒するよう呼びかけている。その後、夜には奈良地方気象台も奈良県の一部に大雨警報を発表した。
実際の雨雲は、発達したものは紀伊半島を通過するのが大半で、3日夕方までにMSMで予想・心配された京阪神以北の大雨は発生しなかったと言える。懸念された梅雨前線上の小さな低気圧は、予測計算ほどは発達せず、また、進路も予想より南を通ったためと考えられる。
3日夕方以降のMSMの計算結果を追いかけると、3日20時半頃に出力される予測以降、紀伊半島方面が大雨のピークと予想されるようになり、23時半頃に出力される予測では、大阪府内からは大雨の区域(赤色域)が南にズレる予想になった。4日未明の時点では紀伊半島北部の大雨の区域もだいぶ弱まる予想となり、実際の推移と近い状況が予想されるようになったと思われる。
つまり、今回の大雨予想に関しては、4日に日付が変わる深夜頃になってやっと、「4日明け方に、京阪神以北では極端な大雨の起こる可能性は小さい」とある程度の信頼性をもって判断できるようになった、ということである。残念ながら、3日の明るい時間のうちに大雨の可能性が小さいと判断することは、かなり難しかったと振り返っている。
■ 幅のある予測をどう伝えるか、どう受け止めて活用するか
当然ながら、我々気象技術者は、一層の技術の研鑽や開発に努め、より早い段階で、より的確な予報を発表できるように不断の努力を続けていく必要がある。そして、実際に、今も日夜そうした取り組みが継続している。
また、気象解説者など情報の伝え手や、情報を伝える役割が昨今一段と重要視されるようになった気象台では、幅があり不確実さを伴う予測をどのような形で伝えることが望ましいのか、今まで以上にしっかりと検討する必要があると痛感する。社会的に大きな影響のある現象については、その可能性が低くとも積極的に伝えていく方針が示されているが、丁寧かつ分かりやすい解説が伴わなければならないと感じる次第だ。もちろん、情報の受け手である、住民の方々や市町村、マスコミなどからも「使い勝手」をお聞きし、より良い形に一層のブラッシュアップを検討すべきだと思う。確率で示す形式が良いのか、「最悪の展開」を併記する形式が良いのか、実際にその形式での発信が実現可能なのかなど、まだまだ議論すべきことは多いように感じる。
さらに言えば、情報の受け手の皆様の防災リテラシー(読み解く力)の向上も、とても大事なことだと考える。予報・情報の意味やその精度など、さらにはその上手な使い方についても知識を深め、利用する経験をぜひ重ねてほしい。自分の命は自分で守るという考え方を基本に、そのサポート情報である各種の気象情報等を積極的にご活用いただきたい。
今回、筆者が本稿を執筆しようと思った動機もこの点にある。日々の予報・情報がどのような手順で作成されて発表・解説に至るか、特に予報と実際の差が大きかった場合には、そのフォローアップとなるような振り返りの解説が決して多くはない現状を危惧している。「出しっぱなし」でその後の丁寧な検証がないと、極論すれば「いつも適当なことばかり言っている」と思われかねないと感じるのだ。予測情報を上手に活用していただくに当たり、その情報の出し手・伝え手への「信頼」が薄れるということは致命的である。
ここまで読んでいただいた方々にはお分かりいただけたと思うが、様々な気象予測の情報は、当然ながら、薄い根拠で発表しているのではない。上述した内容は予報作業の一部でしかないが、数多くの気象資料を読み解き、気象技術者の過去の経験・知見もフル活用して、ベストな予報を出せるように日々、力を尽くしている。
今回、情報の作成や解説に至る手順をなぞっていただき、それに至った考え方をお知りいただいて腑に落ちて理解していただくことにより、情報の意味や理解を一層進めていただけるはずだと思って筆を執った次第である。「外れたことに対する言い訳だろう」というご指摘は、甘んじて受けたい。しかし、予測と実際が違った理由についてお伝えすることで、次へとつなげていくことができると信じている。
今回は、大雨を予想していながら実際は懸念していたほどにはならずに済んだ地域が近畿では多かった。しかし、「次もきっとそうだ」とは絶対に思わないでほしい。次回は、逆のパターンにならないとも限らない。起こり得る未来のひとつとして、最悪の事態が少数派ながらも予想された場合に、その危機感をどういった形でお示しするか。気象技術者・解説者としても引き続き熟考し、少しでも防災・減災に資する解説をしていきたいと、改めて想いを強くしている次第である。