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改正特措法「緊急事態宣言」発令が何を引き起こすか

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
出るべき人が出てきたのか(写真:つのだよしお/アフロ)
画像制作:Yahoo!ニュース
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 新型インフルエンザ等対策特別措置法(2012年可決成立)改正案が3月13日、国会で可決成立、翌日から施行(効力を持つ)されました。東京都など新型コロナウイルス感染者の急増もあって同法が規定する「緊急事態宣言」についての関心が高まっています。実際に宣言するとどうなるのか、いかなる効果を生じるか、生活への影響は?といった身近な問題を考えてみます。

宣言した場合は

 改正によって特措法の対象に「新型コロナウイルス感染症」を追加されました。根幹部分は変わっていません。付帯決議で宣言に際して「やむを得ない場合を除き、国会へ事前に報告する」や専門家の意見を踏まえて慎重に判断するといった内容が追加されています。

 同法に基づき首相が緊急事態宣言をすれば、宣言に特定された区域の都道府県知事はさまざまな要請・指示ができます。首相の動静と小池百合子東京都知事の発言がセットで報道されるのはそのためです。

1)不要不急の外出の自粛(要請)

2)学校や保育所などの使用の停止も含む制限(要請)。応じない場合は指示も可能

3)大勢の人が集まる催しものの開催制限(要請)。応じなければ指示も可能

 もっとも指示を出すには単に「応じない」だけでなく「正当な理由がない」などの条件が必要です。

 他は病医院が満杯となってしまうような事態に備えて必要な土地や建物の使用が場合によっては強制できます。いわゆる野戦病院。後は鉄道や物流を担う会社に治療薬などの輸送するよう要請・指示したり、医薬品や食品を確保するために保管・売り渡しなどの要請も可。この点は強制収容もできるのです。

 「他は……」の部分は伝染病が途方もなく広がったり、買い占め・売り惜しみなどで「薬が足りない!」といった事態発生に備える方策なので、そうなった場合に国民へ負の影響を与えるとは考えにくい。生活への直接的影響があるとすれば1)2)3)でしょう。

法改正時点と現在との違い

 改正法成立の時点ではただちに宣言が出される環境ではありませんでした。というのも安倍晋三首相がすでにイベントの自粛や全国への一斉休校を要請し、大半がしたがっていたから。違いは首相の先の要請に法的根拠がなかったのに対し、特措法に基づいた発令となる点。法的根拠がなくて実現している現状がそう変わるとも思えなかったのです。

 変化があるとすれば知事が安心して後追いできるとか、明らかに不要不急の外出を促そうとしている団体に(いたとして)「止めてほしい」と要請するのが可能となるぐらいでした。 例えば法は床面積が1000平方メートルを超える大きめ施設への使用制限や催しの中止なども要請できます。「百貨店や映画館はすべて休業してほしい」ぐらいの要請が出たら相応のインパクトがあるしれない、程度だったのです。

 しかし東京都で1日に40人を超える感染者数を記録し、小池知事が外出の自粛を要請するなど状況は明らかに悪化しており、改めて宣言を出すかどうか真剣に考慮すべき新段階に至ったという見方が日々強まっています。

「要請」と「指示」とは

 例えば不要不急の外出の自粛は「要請」できる、まで。要請とは「お願い」を強めたといった意味合いです。「催しものの開催制限」で可能な「指示」はワンランク上で「して下さい」あたり。反しても罰則はありませんし「しなさい」=命令ではないのです。

 ……というのはあくまで辞書的な解釈。実際には法的根拠もなく「直接専門家の意見をうかがったものではない」と首相が国会で答弁した一斉休校「要請」ですら大半がしたがいました。まして法律をバックとし、専門家の知見も踏まえて出される「要請」であれば「しなさい」に事実上匹敵しましょう。

 とはいえ、このところ盛んに比較されている欧州のケースとは異なるという点は留意しておくべきです。特措法に基づいて強制的に外出を禁止したり店舗営業を閉じさせることを日本ではできないのです。小池知事が「ロックダウン(都市封鎖)を招く」と発言しましたが字義通りの「都市封鎖」をする権限は誰にもありません。

 小池知事もそれを知らぬはずはなく良く取れば緩み出した緊張感を都民に取り戻してほしいという意図を記者会見での全文を読めば感じられます。ただ首相の動きも含めて「外出禁止令が出るぞ」といった危機感を募らせてパニックが起きる怖れも十分に考えられる様相を呈しているのも事実。「正しく怖れる」と言うは易く行うは難しを痛感させられます。

「宣言」がなされる前提条件

 特措法は「緊急事態」を、

・国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に限る

・全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態

とします。では「政令」にあたる施行令の「新型インフルエンザ等緊急事態の要件」を読むと季節性インフルエンザと比べて「症例の発生頻度が」「相当程度高いと認められる」と明記。年間3000人の死者が出てもおかしくない季節性インフルエンザより現時点で死者が100人にも達していない新型コロナウイルスの頻度が明らかに高いといえるのでしょうか。

 さらに12年成立の特措法の立法事実を振り返ってみます。所管の厚生労働省は1918年から翌年に流行したスペイン風邪(H1N1型インフルエンザ)並みの感染、致死率および死者数を念頭にしていました。致死率2%で死者約64万人です。今回の感染症がさほどに凄まじいといえましょうか。

 「まん延」の定義があいまいという批判もつきまとってきました。特措法改正審議の時に国会で参考人として出席した尾身茂新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長は「感染経路が追えなくな」る状態という見解を示しています。加藤勝信厚労相もほぼ同様の発言をしており、ここが重要なターニングポイントのようです。

新型コロナが厄介なわけ

 新型コロナウイルスの脅威の源泉はいまだ「未知」という点に尽きます。潜在している感染者がどれだけいるのかわからないし、今後信じがたいほど広がる不安も致死率が突如高まる危険性も否定できないのです。何しろ「未知」なので。季節性インフルエンザは十分に命取りとなる病気とはいえワクチンも抗ウイルス薬も存在します。新型コロナは正体不明で人類側が武器を持たず、手洗いやうがいといった回避行動しかわかっていません。

 ゆえに感染経路が追えなくなると端的にいえば「どこで何が起こっているのかわからない」という底知れぬ心配のどん底へ突き落とされます。法改正時は万一の用意として宣言する余地を残しておきたいという意図もあったでしょう。何人増えたかより重要なのは経路不明の患者数の数および率。そこが厚くなると「万一」に該当するかもしれません。

 神里達博千葉大学教授(2月26日『日刊建設タイムズ』)や矢野邦夫浜松医療センター副院長(3月17日『デイリー新潮』電子版)といった有識者の所見を拝察する限り感染力の強さと致死率の低さはどうやら相関しています。ウイルスは宿主がそこそこ元気であって初めて存在し得るからです。バタバタ死なれてしまってはウイルス側も困ります。その点、新型コロナは感染しても症状が出ないケースすら多々あって、そうした者の行き先で本人も知らぬまに他へ広めてしまうという「利口さ」が小憎らしい。結果、感染者という分母が極大化すれば致死率が低くても死者という分子も増えてしまうのです。実に厄介な敵といえます。

 こうした性質を認識して無類の効果を挙げるには日本に住まう者すべてが活動を停止して「1億総逼塞」すれば、いかにえげつないウイルスでも宿主探しができなくなって退治できるでしょう。その点で宣言は有効かもしれません。

本来、行政は国民を安心させるためにある

 でもその反作用はいうまでもなく甚大。たちまち最低限の生活すらままならなくなってしまいます。法の目的である「国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにする」にも反するのです。

 そこで法は宣言する前提として「国民の自由と権利に制限が加え」るにしても「対策を実施するため必要最小限のものでなければならない」と定め、付帯決議も特措法に基づく私権の制限を「必要最小限のものとする」と「必要最低限」を明示。宣言を行う場合も「科学的根拠を明確にし、恣意的に行」ってはならないと歯止めをかけています。

 ところで首相の一斉休業要請に法的根拠がなく、法改正したという流れには既視感も。他ならぬ特措法そのものが同じ経緯で成立しているからです。

 09年、WHO(世界保健機関)が今回と同じく「パンデミックだ!」と叫んだ新型インフルエンザ流行の際に政府は法を持たず「行動計画」策定の状態で対応しました。自治体ごとに休校やイベント自粛要請がわかれ、誰がどのような責任を負って号令をかけるかもハッキリしません。そこで全国知事会が「法的根拠が必要」と政府に要請したのが始まりです。

 11年の東日本大震災発生も後押しします。買いだめや売り惜しみなどでモノ不足に陥ったからです。やはり非常時における行政の権限を明確にしておかなければ必要物資の供給まで滞ると危機感が増大。そこで病原性の高い新型ウイルスを「国家的危機」ととらえる特措法が誕生しました。

 今回も法的根拠のない首相の要請で混乱を生じてマスクやトイレットペーパーが品薄になるなど物資供給に問題を生じ、あわてて法改正で「根拠」を得ようとしているようにみえました。特措法が作られるまでの反省が生かされなかったのは残念としかいいようがありません。今後やむを得ず宣言するにしても買いだめを誘発したり必需品が店頭から消えるといった事態を加速させたら本末転倒。国家権力たる行政府が法にのっとり要請するから安心して適切に振る舞えるという形にならなければ。

 政府と自公両与党はコロナ禍を受けての緊急経済対策を議論しています。商品券発行や旅行などの割引制度などが検討されているようですが、自粛要請との整合性がチグハグ。いくら商品券をもらっても病対策のマスクや消毒液、体温計や生活必需品の店棚ががらんどうでは不安は解消されませんし新たなデマの「証拠」にさえされてしまいます。智恵を絞って「ブツは嫌ほどあるぜ!」といった現実をみせつけるような政策こそ緊急事態の対応として求められるはずです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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