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「ハリスの旋風」で再注目される「アメリカ副大統領」とは何だ

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
わからなくなってきた(写真:ロイター/アフロ)

 6月の討論会でバイデン大統領(民主党)が著しく精彩を欠き、トランプ前大統領(共和党)が「もしトラ」どころか「ほぼトラ」とまで差が付いたかにみえた米大統領選挙。結局は翌月、大統領が選挙戦から撤退を表明するとともにカマラ・ハリス副大統領支持を表明しました。現状ではハリス副大統領の評判は上々で、接戦にまで押し戻した気配です。

 ところでハリス氏の就く「副大統領」とは何でしょうか。他にも両党の副大統領候補にも注目が集まっているので、この際、改めてその職を掘り下げてみました。

人類が発明した最も取るに足らない役職

 副大統領に就任してからの最大の仕事は「現職大統領が欠けた(死去や辞任など)時に元気で生きている」に尽きます。その時がもし訪れたら大統領へ自動昇格し、前職の残余任期を全うするという物凄くレベルが上がる任務が待っているのです。

 強い権限を持った大統領制を敷く国でも珍しい制度。例えばフランスだと欠けた直後しばらく代行が暫定的に務めるものの、すみやかに新大統領を選ぶ選挙に入ります。

 だから万が一にもともに死去するような状態は作りません。移動は正副大統領別々。アメリカ大統領専用機といえば「エアフォース1」として有名ですが、副大統領は「エアフォース2」が用意されているのです。大統領が一般教書演説を行う上下両院合同会議に副大統領も同席するものの席はなるべく離します。

もう1つの役割が「上院議長」。ただし議会へベタ貼りする義務はなく実務の多くが仮議長代行(別人)によって進められるのです。議長として唯一の明確な仕事は可否同数の表決の際に決裁する1票を行使するぐらい。

 言い換えればヒマといえます。初代大統領に仕えた、これまた初代副大統領のアダムズが「人類が発明した最も取るに足らない役職」と慨嘆したという逸話があるほど。もっともアダムズは後に2代大統領へ就任するのですが。

大統領が欠けて昇格した副大統領は8人で確率約18%

 こうした役職を置いたのは米大統領選挙独自の仕組みに根拠があります。4年に1度の選挙で民主党・共和党の2大政党は、現職が2期目を目指す場合を除いて、まず党内で熾烈な予備選を展開するのが通例です。候補が1人にほぼ固まると、その者が「副大統領候補の候補」を発表。全国党大会で正副大統領候補として正式に決定するのです。

 民主vs共和の本選挙に入ると副大統領候補は伴走者として当選へ向けてまい進します。11月の一般投票で正副大統領はペアとして同じ票を得たとの扱い。ここが副大統領が昇格する根拠となるのです。

 この規定に基づいて大統領が欠けて昇格した副大統領は歴史上8人います。現在のバイデン大統領は45人目の46代(※注)。約18%だから結構な確率です。最も最近の例はニクソン大統領の辞任にともなって昇格したフォード大統領(1974年)となります。

現職副大統領が次期大統領選に勝利したのは5人

 副大統領として仕えた後、前任者の退任に基づき次の大統領候補として立候補して勝利した現職副大統領は4人。うち2人が前述のアダムズ(2代)とジェファソン(3代)と「建国の父」のいわば持ち回りなので現代の参考にはあまりならないでしょう。もう1人も19世紀半ばの人物。最後が父ブッシュ大統領(在任1989年~93年)。レーガン政権の副大統領を8年勤め上げた後でした。ハリス副大統領が勝ったら5人目です。

 副大統領を退任して時間を空けて大統領を射止めたのが2人。1人がアイゼンハワー政権のニクソン副大統領で直後に共和党候補を射止めるも1960年の本選で民主党のケネディ候補に敗北。68年の本選で雪辱を果たします。

 もう1人がバイデン現大統領。オバマ政権の副大統領で16年選挙の有力な候補者であったものの家庭の不幸などがあって出馬しなかったのです。

案外と「副大統領止まり」が多い理由は

 大統領の次席として欠けた際に昇格するのが多いのはわかるとして、案外と「副大統領止まり」が多いとわかります。その理由は大統領候補者にない能力・適性・地域性などを持った者が選ばれやすいから。たった今争っているハリス候補は「女性・非白人・西海岸出身」でバイデン大統領の「男性・白人・東海岸出身」を補完するタイプです。その属性ゆえに副大統領としてはハマっても、大統領候補となると? という場面がしばしば出来します。

 今回の民主党のティム・ウォルズ・ミネソタ州知事は「男性・白人・中西部」とやはりハリス候補を補う要素を持っているのです。

近年増加傾向の副大統領からの大統領候補

 ただし近年は本選で相手候補に負けたにせよ2大政党の候補者になる副大統領が増加傾向にあります。古い過去に数人、大統領予備選に出たものの選ばれなかったところ、ジョンソン政権のハンフリー副大統領(副大統領任期65年~69年)、カーター政権のモンデール副大統領(同77年~81年)、クリントン政権のゴア副大統領(93年~2001年)の3人は予備選を勝ち抜いて民主党候補として本選に挑み、共和党候補に敗れています。

 ここに当選した前述の父ブッシュ大統領とバイデン現大統領を加えると近年の副大統領は次期大統領候補として有力なチケットになりつつあるのです。

 背景には大統領の職務が増加傾向で、副大統領はヒマで担務もさほどないとはいえ格式は高いので仕事をドンドン分担している結果、以前よりも脚光を浴びやすくなってきたから。例えば安倍晋三元首相の国葬にはハリス副大統領が来日しました。日程が近かったエリザベス英女王の国葬は大統領が列席。別に日本を軽く見たのではなくて英女王は現職の元首で、安倍氏の務めてきた首相は元首でなく、かつ元職であったがゆえの判断でしょう。

※注:22代クリーブランド大統領は再選で敗れた後、24代として復活している。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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