コロナ禍の中、来日してくれた白い馬の陣営に、今回のジャパンCについて伺った
実績的には苦戦必至と思えたが……
今年のジャパンCに出走したフランスのウェイトゥパリス。同馬は後に凱旋門賞を勝つソットサスの2着した事があった。しかし、問題なのは何に負けたか?ではなく、誰に勝ったか?だ。ソットサスの2着となったレースは5頭立てで、破った3頭はいずれもG1未勝利馬。3着馬は直後のイスパーン賞(G1)では8頭立ての最下位8着、4着馬はG1どころか重賞での好走歴すらない馬、5着馬は続く準重賞で7頭立て7着。
残念ながらこの傾向は勝利したサンクルー大賞(G1)でも同様の事が言えた。5頭立てのこのレースで破った相手のほとんどがG1では実績のない格下といえるメンバー。唯一、骨っぽいと思われたオールドペルシアンが半年以上の休み明けで最下位に敗れており、正直、相手関係に恵まれたと言わざるを得なかった。
「固い馬場になれば……」と言う声も聞かれたが、日本のそれは次元が違う。東京の良馬場では追走に一杯になる事が容易に考えられ、故に海外競馬を少しでもかじっている人なら、残念ながら馬券にはほど遠い存在であると予想出来た。
しかし、それでも今回、同馬が海を越えて来てくれた事は“ジャパンカップ”にとって大きな意味があった。
2年連続外国馬未出走の危機を救う
40年前、JRA初の国際G1として産声をあげたジャパンカップ。当初は海外から参戦した馬達の独擅場だったが、近年はその様相を180度、変えている。日本馬のレベルの向上と共に海外からの遠征馬は減少。2019年はついに史上初めて遠征馬が皆無。日本馬だけの“純ジャパン”カップになってしまった。
その傾向が続くと思われた今年は、おりからのコロナ禍に見舞われた事もあり、尚更、海外からの遠征馬を迎え辛くなった。2年連続の日本馬のみによる決戦やむなしと、誰もが思っていた矢先、フランスから参戦してくれたのがウェイトゥパリスだった。同馬の調教師、アンドレア・マルチャリスは言う。
「来日を決めたのはサンクルー大賞を勝ってからです。指定競走という事で、ジャパンCでは様々なボーナスが出るとJRAの人に聞きました。固い馬場が得意な馬なので断る理由がありませんでした」
自らは来日できないなど、コロナの影響をまともに受けた。しかし「日本の皆さんは親切で、スタッフ達は何も困らなかったようです」と続けた。
そのスタッフのうちの1人がライダーのゾエ・フェイユ。1992年12月生まれで現在28歳の彼女は昨年までは騎手だった。競馬先進国の矜持というか、それが普通とばかり、パドックをハイヒールで曳いた彼女は言う。
「検疫で長い間、1頭だけで過ごしていたため、当日は他の馬を見て少し興奮し、イライラしていました。それでもパドックでは何とか集中して歩いてくれました」
日本の3強、すなわちアーモンドアイとコントレイル、デアリングタクトについてはどの程度の知識を有していたかを聞くと、彼女は答えた。
「アーモンドアイはよく知っていたわ。ドバイでも勝っていたからね。でもコントレイルとデアリングタクトについては正直、日本に着いてから調べて、凄い馬だと分かったわ」
ミルコ・デムーロを乗せ、馬場入りすると、彼女はスタンドに移動。ゴールポストに近い位置で真っ白な相棒を見守った。
「とても心配だったわ……」
そう語ったのはスタート前のゲートインについて伺った時だ。5分に及ぶ枠入り拒否。眉間に皺を寄せて見ていたという彼女は続けて言った。
「皆に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちと、ウェイトゥパリス自身が心配でとても長く感じたわ。途中、ロープを後ろにまわして押し込もうとした時と、目隠しを外した時がとくに心配になったわ」
日本流のやり方である事は理解していた。しかし、その上で「とても心配になった」と言った。
何とかゲートインを終えると、日本の各馬がさくさくと入る。そして前扉が開くと、今度は日本馬が皆、出て行ったのに対し、ウェイトゥパリスは行き足がつかず。予想出来た事といえ、最後方から追走する形となった。それでもゾエは「決してスピード負けしたわけではない」と口を開いた。
「ミルコが抑えて、前へ行こうという姿勢を全く見せませんでした。もう少し押していけばついて行く事は可能だったと思います」
馬群とその1番後ろに続いた愛馬の姿を1コーナー過ぎまで目で追った。そして、その後はターフビジョンに視線を移した。
「そこからは大型ビジョンを見続けたけど、4コーナーを回り最後の直線に向いた後は、ビジョンと実際のトラックを交互に見ながら応援したわ」
大敗も、日本に感謝
その目には懸命に追い上げようとする真っ白な馬体が映った。速い流れを人気馬が早目に捉まえに動いた事で、最後はスタミナの要求される流れになった。前後半の半マイルはそれぞれ46秒6-49秒9。上がりの方が3秒3もかかる展開は後ろから行く馬には本来、有利といえる流れ。だから最後方追走のウェイトゥパリスはバテた馬達をかわせたが、それでも10着まで上がるのが精一杯。残念ながら予想通りの完敗に終わってしまった。
しかし、ゾエは愛馬を「私の可愛い子猫ちゃん」と例えて旗幟鮮明に言う。
「勝ったアーモンドアイと同じくらいの脚で上がっているのだから不完全燃焼のレースでした。私の可愛い子猫ちゃんには『よく頑張ったね。負けたけど、あなたは何も悪くないのよ』と伝えました」
「フランスでレース映像を見ていた」と言うマルチャリスはアーモンドアイの強さに呆れたと語る。
「アーモンドアイは本当のチャンピオンですね。血統も良いし、ここまでの実績も素晴らしい。トップジョッキーのクリストフ・ルメールも完璧な騎乗でした。これでは歯が立たなくても仕方ありません。でも、ウェイトゥパリスも一所懸命に走ってくれました。幸い、レース後も順調なようなので、この後は予定通りアイルランドで種牡馬になります。まずは無事に競走生活を終わらせる事が出来てホッとしています」
これにて日本を後にするゾエも異口同音に語る。
「彼は最後までチャンピオンだったわ。これで彼と別れなければいけないのは寂しいけど、こんなに頑張ってきた彼には牧場で素晴らしい生活をする権利があるから仕方ないわね。沢山の良い女の子に出会える事を祈っているわ」
ここで改めて今回の遠征を総括してもらうと、次のように語った。
「少し難しい面のある馬だから、最初は一緒に遠征をして過ごす事に少しの不安はあったわ。でも、経験を積みながら日に日に成長していく彼を間近に見ていると、私もとても嬉しく思えたの。それは本当に素晴らしい経験で、ウェイトゥパリスには感謝しかないわ」
こう語ると、最後に「日本の皆様にメッセージがあるの」と続け、次のように〆た。
「今回の遠征は私自身、グレートな経験をさせてもらいました。日本人は皆、親切で、おもてなしも普通ではないくらい素晴らしかった。日本の文化を知れたのもとても貴重でした。また、Twitterやインスタグラムを通して、数え切れないほど多くの日本のファンがウェイトゥパリスの挑戦を応援してくださった事にも感謝しかありません。今回は強い日本馬にやられてしまいましたが、私自身、戻って来てもう1度、挑戦したいです。その時は、皆さん、また応援してください!」
コロナ禍の中、日本に来てくれたウェイトゥパリスとその陣営にはむしろこちらが感謝をしなくてはいけないだろう。3強対決で沸いた陰で、ひっそりとジャパンCの威厳を維持してくれた白い馬体は4日の金曜日に日本を発つ予定でいる。
(文中敬称略、電話取材。写真撮影=平松さとし)