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TPP“茶番”国会がスタート。さあ、どんな論戦になるのか注目だ!

山田順作家、ジャーナリスト
大筋合意後の首脳会合(写真:ロイター/アフロ)

■オバマ大統領はひっくり返って喜ぶ?

4月がやって来る。これから、日本の国会では「TPPに関する一括法案」の特別委員会による審議が始まる。これまでの報道を見ると、自民・公明の与党側は、GW前に衆院を通過させ、参院でも5月下旬には承認・成立させたい意向のようだ。

これに対して、TPPそのものに反対の共産党と社民党を含む野党側は、例によって審議時間の延長作戦をやったり甘利明前TPP担当相の招致要求をしたりして、参議院選挙前に得点を稼ぐ戦術に出るのは間違いない。

つまり、これから国会はTPPをめぐって、壮大な“茶番劇”が繰り広げられる可能性が大だ。

もし、この“TPP劇場”に与党側が勝って、予定どおり法案が国会の承認を得られれば、これは“歴史的な出来事”になる。おそらくオバマ大統領はひっくり返って喜ぶだろう。なぜなら、自分ができそうもなくなった議会による承認を日本が先にやってくれることになるからだ。

■議会も大統領候補もみなTPPに反対

これまでオバマ大統領は、新しい世界の貿易と投資のルールをつくるにあたってのアメリカの役割について、何十回、何百回も熱く語りまくり、昨年のTPP大筋合意発表の際には、「国際的な舞台でのアメリカのリーダーシップの勝利だ」と、自我自賛した。

ところが、アメリカ議会は大統領には冷淡。民主、共和両党の多くの議員たちがTPP承認反対にまわり、次期大統領候補もみな反対にまわった。

とくにトランプ候補は「破滅的な合意だ」と言い、発効すれば日本車がアメリカに溢れるという“妄想”に凝り固まっている。ヒラリー・クリントン候補は、一時は賛成していたが一転して反対にまわり、労働者と弱者の味方を自認する社会主義者のサンダース候補は、「TPPは労働者の賃金に対する企業の勝利である」なんてことを訴えまくっている。

■TPPとTTIPで両面作戦をとるアメリカ

日本ではTPPばかりが報道されているが、アメリカはTPPと同時に、欧州との間で貿易と投資を完全自由化するTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)を同時に進めている。つまり、太平洋と大西洋の両面作戦を取っている。

TTIPもまた、一部に楽観論はあるものの反対論も根強い。欧州もまた、こうした協定が国家主権や民主主義を無視しているとして、多くの国が反対している。

要するに、TPPが本当に成立して発効するには、あと何年もかかりそうな雲行きになっている。それなのに、日本だけが世界で真っ先に国会承認をしてしまいそうなのだから、これは“快挙”だ。

■もっとも遅れてやって来た国が最初に議会承認

そもそもTPPは、2006年にシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4カ国間で発効した「P4(パシフィック4)」と呼ばれる「経済連携協定」(EPA)が発端だ。それが、2009年にアメリカが“ハイジャック”してガラリ一変した。アメリカに続いてオーストラリア、ペルー、ベトナムなどが参加し、名称もTPPに変更。2010年にはマレーシアも加わった。

日本は2013年3月15日に、“最後の1国”として参加した。そうしてこれまで、“タフな交渉”を繰り広げてきたことになっている。

したがって、もっとも遅れてやって来た国が最初に議会承認するのだから、これはやはり“快挙”と言うほかにないだろう。

■スティグリッツ発言を報道しないメディア

かつては日本の大手メディアのなかにも、TPP反対論を唱えるところがあった。しかし、最近はそれがなくなった。先日、安倍内閣は、アメリカの著名な経済学者を招いて「国際金融経済分析会合」なるものを開催した。

これは、大手メディアによると、「来年の消費税増税を取りやめるお墨付きをもらうためのもの」となっていたが、学者たちはそれを言うためにだけに極東のこの国までやって来たわけではない。

自意識過剰のクルーグマン教授は、「世界経済は弱さが蔓延している。各国政府は収支を気にせず財政出動を」などと言って、日本の財政事情などお構いなしに自説を展開した。要するに、「あとは野となれ山となれ」と言ってのけた。

グローバリズムに反対のスティグリッツ教授は、消費税増税は見送るべきという見解を示したが、それよりも「TPPは悪い貿易協定だというコンセンサスが広がりつつありアメリカ議会では批准されないだろう」と言った。

しかし、このスティグリッツ教授のTPPに関する発言は、大手メディアではまったく報じられなかった。意図的に報じなかったどうかは、明らかではない。

■恩恵を得られるのはグローバルビジネスだけ

これまで、日本のメディアや政治家は、「国益、国益」ばかりを叫び続け、TPPが日本の国益を損ねるかどうかいう点だけに注目してきた。しかし、TPPやTTIPの本質は、関税や障壁なしの自由貿易と市場原理の世界徹底化だから、国家の枠組みを超えるものだ。つまり、どの国にとっても国益を損ねる面もあれば促進する面もある。アメリカですらそうだ。

このルールでもっとも恩恵を得られるのは、国家の枠組みを超えたグローバルビジネスだけである。

とくに問題化しているISDS条項は、経済力の強い国が弱い国の市場をこじ開ける武器になる。だから、日本ばかりか多くの国が危惧している。しかし、ある分野が弱ければアメリカですら訴えられるのだから、国家の枠組みで「国益」を叫んでみても、ほぼ無意味だ。そんなに国益が大事なら、鎖国して自給自足でもやっていればいい。

農業にこだわったり、医薬品や知的所有権などにこだわったりすればするほど、世界経済が向かう方向からは遅れをとる。

■モノの貿易のルールはすでに時代錯誤

21世紀になって、世界の貿易のかたちは変わってしまった。モノを輸出入して決済する貿易は、ネットの進展もあって、サービス中心に移行した。そのため、WTOによるドーハ・ラウンドは“安楽死”した。農産物と工業製品の取り決めをいくらやっても機能しなくなった。

いまや金融はフィンテックになり、ものづくりには3Dプリンターが登場し、ネットの世界には国境などない。ドーハ・ラウンドが“安楽死”した後、世界は2国間によるFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に走ったが、それでもダメなので、TPPやTTIPなどのブロック間における協定交渉が登場した。

TPPは中国が参加したくてもできないようになっている。中国型国営資本主義は認められないからだ。だから、TPPは「中国排除」の側面を持っている。

■耳を澄ませて聞きたい反対論

こうしたことも含めて考えると、今後、国会で展開される議論の“茶番劇”を、私たちは“よーく”耳を澄ませて聞いておく必要がある。

「アメリカの言いなりになっていいのか」「アメリカができないのになんで日本が先にやる必要があるのか」「日本の農業のダメージは計り知れない」「政府の試算は間違っている」「国益を損ねるのは明白だ」などの意見が続出するだろう。

だから、誰がそれを言ったのか?言った本人のアタマのなかはどうなっているのか?を見極めるべきだ。TPPは、愛国心、国益、国家主義、新自由主義、保守、左翼などを超えた問題だから、そういうものにこだわるほど、視野狭窄に陥っていく。

■未来のために思い切り審議してほしい

いずれにせよ、現在たしかなのは、TPPは各国が署名した今年の2月4日を起点に2年以内に加盟国が国内手続きを終えれば、その60日後から発効するということだ。

もし加盟国すべての手続きが終わらなくとも、手続き完了国のGDPの合計が全体の85%を超えれば発効する。つまり、日米両国の議会承認が鍵を握る。

はたして、TPPにより、グローバルビジネスだけがトクをし、加盟国の労働者(一般国民)がソンをするのかどうかは、やってみなければわからない。そんななかで、デジタルエコノミーだけは国境を越えてどんどん進展していく。  

この先、「自動運転車の実用化」「AI(人工知能)が人間から仕事を奪う」などの未来が、私たちを待っている。それなのに、PCも持ち込めず、持込めるパネルを指して質問している日本の国会議員は、まさに“世界遺産”そのものだ。どうか、思い切り、気が済むまで審議してほしいと、切に願う。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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