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トランプ再選は日本にとって悪夢。対中政策は、ハリスのほうがトランプより強硬になる!

山田順作家、ジャーナリスト
支持率でトランプを上回ったカマラ・ハリス 候補(写真:ロイター/アフロ)

■ハリスの外交方針を伝えにサリバンが訪中

 なぜか日本の保守派は、トランプ支持である。中国嫌い、すなわち「嫌中派」が圧倒的に多いからで、トランプのほうがハリスより中国に対して強硬姿勢を取ることを疑っていない。

 しかし、それは本当だろうか?

 たしかに、これまでの経緯から見ると、トランプは対中強硬派である。なにしろ、「中国からの輸入品には関税を60%課す」と断言している。一方、ハリスのほうは、いまだにはっきりした外交政策は打ち出していない。トランプほど強硬派はではないと思われているだけである。

 実際、8月27日から3日間、北京を訪問したサリバン大統領補佐官は、中国側にハリスがバイデン路線を継承することを伝え、そのうえで、両国の競争が紛争や対立に繋がらないように管理していくことで“共通認識”を得た旨を会見で明らかにしている。

 北京側の報道も、ほぼ同じトーンで、トランプより穏健とされるハリス政権の誕生を歓迎するようなムードであったという。

■ハリスにニューサムのスタンスを期待する中国

 北京がハリス政権に期待しているのは、昨年10月23~29日の約1週間、中国を訪れたカリフォルニア州の民主党知事ニューサムとハリスが同じスタンスを取ることだ。

 この訪問でニューサム一行23名は、香港、深圳、広州、北京、塩城、上海を巡り、習近平とも直接会談した。当時の報道によると、ニューサムは、経済はもとより文化面、気候変動対策などで交流を強化することで中国側と合意し、中国側から大歓迎されている。

 なにしろ、経済が落ち目になった中国にとって、アメリカはいまもなお貿易相手国第1位であり、昨年(2023年)の貿易額は5060億ドル(前年比13.0%減、シェア14.8%)である。

 [ちなみに、2位は香港で2787億ドル(7.8%減、8.1%)、3位は日本で1581億ドル(8.7%減、4.6%)]

 いくら欧州、ロシアやグローバルサウスなどがあるとはいえ、アメリカは中国にとってかけがえのない存在である。トランプの言う制裁関税を課せられたら、中国経済はたちまち行き詰まる。

■対中強硬派のブリンケンがハリスの教師

 ただし、はっきりしているのは、バイデンもハリスもこれまで1度も習近平と公式会談したことがないことだ。バイデンにいたっては、このままいくと、カーター元大統領以来、在任中に中国を訪問しなかった初のアメリカ大統領となる。

 ただ、2022年11月にタイで開かれた「APEC」(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議で、ハリスは習近平に会っている。このときは、短時間だが会談した。そしてハリスは、中国側に「開かれた対話」を維持すると伝えたという。これを持って、対中穏健路線を取るという見方があるが、はたしてそうなるだろうか?

 いずれにせよ、大統領候補になるまで、副大統領としてのハリスの評価は低かった。とくに外交面においては、同盟国を訪問するだけで成果に乏しいとされた。ハリスの外交を支えたのは、ブリンケン国務長官である。

 ハリスは、副大統領に就任後しばらくブリンケンと毎週昼食をともにして、レクチャーを受けたという。ブリンケンはユダヤ人であり、対中強硬派である。

■関税のメインターゲットが中国なだけ

 それでは、ここからトランプの対中政策を見ていきたい。前大統領時代から、トランプは中国を度々非難してきた。しかし、習近平に関しては、「終身大統領となった習氏は偉大だ」と発言したりして、非難したことはない。

 トランプは、「中国からの輸入製品には関税を60%課す」と主張してはいるが、それ以前に「すべての輸入品に一律10%の関税をかける」としている。つまり、メインターゲットは中国だが、日本のような同盟国からの輸入品にも関税を課すのだから、単なる保護主義である。

 もちろん、関税ばかりではない。中国から輸入される電子機器、鉄鋼、医薬品などを4年間で段階的に削減するとし、中国企業がエネルギー分野やハイテク分野でアメリカの不動産やインフラを所有することを禁止するとしている。

■人民元も円もトランプの頭の中ではいっしょ

 また、トランプは為替レートについても言及し、ドル安を目指すとしている。人民元に対してのドルのレートは不当であるとし、プラザ合意のような大規模なドル切り下げを行うと言ってきた。

 これは、人民元だけではない。トランプの主張は以前から変わらず、中国と日本は貿易黒字を助けるために意図的に通貨安を維持してきたという。

 彼はかつてこう言った。

「日本はそうやってつくられた。中国もそうだ」

 このとんでもない認識は、いまも変わっていない。

 トランプの頭の中は、常にアメリカが儲かればいい。そのためには関税だろうと、対内投資禁止だろうと、為替操作だろうと、なんでもやるということだ。メインターゲットは中国だが、日本も含まれているのを忘れてはいけない。

■台湾を守らないうえにウクライナを見捨てる

 アメリカの対中強硬派は「ドラゴンスレイヤー」と呼ばれるが、トランプ前政権のときは、その代表的な人物、マイク・ポンペオ国務長官やピーター・ナバロ国家通商会議議長、ロバート・ライトハイザー通商代表などが対中政策に関わっていた。 

 しかし、彼らのアドバイスを受けてきたというのに、トランプはときにまったく逆の「パンダハガー」(親中派)としか思えない主張をする。

 その一つが、「台湾を守らない」である。

 トランプは、今年6月ブルームバーグのインタビューで、このことを表明し、こんなふうに述べた。

 「台湾がわれわれの半導体ビジネスの約100%を奪った」「台湾はわれわれになにも与えてくれない。台湾は9500マイルも離れている。中国からは68マイル離れている」

 この言い方だと、トランプは日本も守らないことになる。かつてトランプは、韓国からアメリカ軍を撤退させるとも言った。

 なによりもトランプは、同盟国、敵国などおかまいなしに、あらゆるところから“みかじめ料”を取ろうとする。いまも、「NATO(北大西洋条約機構)の目的と使命を根本的に見直すべきだ」と言っている。

 極め付けは、ウクライナ戦争である。トランプは「当選すれば24時間以内に戦争を終結させることができる」と述べている。ただ、具体的な方法には言及していないから、単純に受け取れば「ウクライナを見捨てる」ということになる。

■トランプよりバイデンのほうが対中強硬

 それでは、ハリスの対中政策を検討してみたい。

 まず、日本の保守派が誤解しているのは、バイデンの対中政策がトランプに比べて穏健であるという点だ。じつは、そんなことはない。トランプ前政権時より、より強硬になっている。

 なによりもバイデン政権は同盟国を巻き込んで対中包囲網を強化した。これはアメリカの世界覇権維持のためにも必要で、中国を次の覇権国にはさせないという意思がはっきりしている。

 バイデン政権になって、半導体の輸出規制に加え、太陽光パネルや綿花などを扱う中国企業からの輸入を禁止。半導体輸出規制に関しては、日本ばかりか、オランダ、韓国、ドイツまで巻き込んで、同様の措置を取らせた。

 この路線をハリスも継承するのは間違いない。彼女は経済・ビジネスには弱いと思えるが、アメリカの安全保障、アメリカの世界覇権の維持という点では、左派だけに明確だ。

■横須賀基地で「台湾を守る」とスピーチ

 今年2月のミュンヘン安全保障会議で、ハリスは、「アメリカのNATOに対する神聖なコミットメントは鉄壁であり続ける。アメリカが自らを孤立させれば脅威は増大するだけだ」と述べている。

 また、6月に開かれたウクライナ問題を話し合う平和サミットでは、「ロシアに代償を払わせ続ける」と述べている。

 そして、台湾に関しては、2022年9月に安倍晋三元首相の国葬に参列するため来日したおり、横須賀基地を訪れ、ミサイル駆逐艦「ハワード」の船上でスピーチし、台湾を守ることを強調している。

 ハリスは、中国が東シナ海と南シナ海において「憂慮すべき振る舞い」をし、台湾海峡では“挑発行為”に及んでいると非難した。続けて「アメリカは、台湾海峡の平和と安定が自由で開かれたインド太平洋に不可欠な要素だと考えている」と述べたのである。

 このようなことから見えれば、日本の安全保障を考えた場合、トランプよりハリスのほうがはるかに安心である。

■検事で人権派の議員だったことと「TPP」参加

 ハリスの対中政策を考えるとき、もっとも注目すべきは、彼女が民主党左派であるということだろう。しかも、彼女は元検事である。つまり、人権問題、労働問題には、極めて敏感だ。

 ハリスは、上院議員時代には、「香港人権民主主義法」と「ウイグル人権政策法」の共同提案者となっている。そして、人権を守らない中国への制裁発動を支持している。

 バイデン政権は、2022年6月、「ウイグル強制労働防止法」に基づき、新疆ウイグル自治区での強制労働に関わった企業からの輸入を禁止する措置を取っている。

 さらに、ハリスがトランプとは違うと思われるのは、今年の12月に新たに英国が加わって発行する「TPP」(環太平洋パートナーシップ協定)に加入する可能性があることだ。

 TPPは貿易協定だが、当初から中国の排除(対中包囲網の形成)が念頭に置かれていた。しかし、トランプはこれが理解できず、2017年1月「TPPから永久に離脱する」とした大統領令に署名した。トランプには地政学的な観点はなく、アメリカと当事国の2国間のディールにしか興味がない。

■副大統領候補ウォルズは「親中派」なのか?

 ただ、ハリスの対中政策を考える場合、懸念されることがある。副大統領候補ティム・ウォルズの存在だ。これまでの彼の実績を見ると、ウォルズはハリス以上の左派で「極左」(radical left)と呼ぶメディアもある。

 ウォルズは下院議員時代に、労働者寄りの法案を徹底して支持しており、ミネソタ州知事としては、2023年に州内の不法移民に運転免許証を与える法案に署名している。

 このようなことから、トランプ陣営は、ウォルズを危険な人物とし、「親中派」で「極左」と言い始めた。ウォルズは、天安門事件が起きた1989年から1990年にかけて、中国広東省で英語教師をしていた経験があることも、問題視されている。

 しかし、ウォルズが本当に親中派であるかどうかはわからない。それよりも、ハリスの母親が中国とは敵対的なインド出身であることのほうが、私には重要だと思えるが----。

■対中強硬派エマニュエル駐日大使の政権入り

 ハリスの対中政策に関して、もう1人、重要と思われる人物がいる。ラーム・エマニュエル駐日大使である。彼は、生粋の対中強硬派の1人として知られ、これまで日本の対中政策に大きな影響を与えてきた。

 先日、長崎市が主催した「原爆の日」の平和祈念式典にイスラエルを招待しなかったことを理由に、西側諸国の大使とともに欠席して 一躍“時の人”となったが、彼がハリス政権に入る可能性が高いのである。

 共同通信の8月9日の報道によると、エマニュエルは11月下旬に離任する意向を周囲に伝えているとされ、サンクスギビング前後に日本を離れるという。そして、その後はハリス政権が誕生した場合、政権入りするというのだ。

 彼はこれまで日本の防衛費増強を強く求め、上院外交委員会のヒアリングなどでは中国の拡張政策を激しく非難してきた。米上院外交委員会は2021年に、「南シナ海・東シナ海制裁法案」を可決している。

■中国ディカップリングをさらに進めるべき

 このように見てくると、トランプが大統領に返り咲くことは、日本にとって、いや世界にとって悪夢と言えるだろう。

 トランプ前政権時代は、トランプが中国に対して貿易戦争を吹っかけたため、日本の保守、経済関係者は安心して見物できたが、今度は「巻き添え被害」を被る可能性がある。それを考えると、バイデン政権継承のハリスのほうがましである。

 はたして、次期アメリカ大統領はどちらになるのか?

 どちらになるにせよ、日本は中国ディカップリングをさらに進めるべきだろう。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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