圧勝して当然の井上尚弥が4団体統一戦でバトラーに勝つ最大の価値とは?
関心は何ラウンドで仕留めるか
WBAスーパー・IBF・WBC世界バンタム級統一王者井上尚弥(大橋)vs同級WBO王者ポール・バトラー(英)の4団体統一タイトルマッチまで2ヵ月を切った(12月13日・有明アリーナ)。海外のオッズメーカーが出す数字は40―1ないしそれ以上の差で圧倒的に井上が支持される。中には井上の勝利を前提に井上が何ラウンドでKOするかが賭けの対象になりそうな様子さえ感じられる。
両者の背景や実績から、それはやむを得ない現象だろう。それでも試合が正式発表されると米国ファンもこのカードに熱視線を送っている。「イノウエがこの試合でノニト・ドネア戦に続く破壊的なパフォーマンスを見せれば“ファイター・オブ・ジ・イヤー”(年間MVP)に選ばれるだろう」と記す者もいる。また「彼はバトラーを1ラウンドで仕留めることもできるだろうが、おそらく4、5ラウンドまで試合を引き延ばすのではないか」とコメントするファンもいる。
少し横道に逸れるが、彼らの中には「日本でイノウエの試合を観戦した」、「ニューイヤー・イブ(大みそか)に日本へ試合を観に行った」あるいは「後楽園ホールでトモキ・カメダの世界タイトルマッチを観た」というボクシングマニアも存在する。聞くところによれば、米国のビジネスマンにも日本へ出張すると、日本のプロ野球観戦を楽しみにしている人がいるという。ボクシングファンもお金に余裕がある人は井上vsバトラーをライブで観たがっているようだ。さすがモンスターだと存在感に納得してしまう。
あの男との対決を観たかった
さて、昨日(10月15日)ニューヨークのバークレイズ・センターで上位ランカーのゲーリー・アントニオ・ラッセル(米)に10回負傷判定勝ちした元IBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)は井上、バトラー両者と対戦している唯一の選手。ロドリゲスはIBF王座決定戦でバトラーに判定勝ちして王者に就いたが、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)準決勝で井上に2回KO負け。この結果からもバトラーはモンスターの敵ではないことが鮮明になる。予想を聞かれたロドリゲスは「イノウエは私が戦ったベストなファイターで一番、爆発的な選手。バトラーは5ラウンドまで持たないだろう」と語る。
バトラーは所属のプロモーション「プロべラム」を通じて「仕事の重要さに関して幻想は抱いていない」、「イノウエは驚嘆すべき選手だけど、私のスキルと決定力は過小評価されている。日本で私はスポーツの歴史に名前を刻む」と気丈にコメントする。だが今回、WBAバンタム級王者時代にジェイミー・マクドネル(英)、フアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)をそれぞれ1ラウンドで撃沈したKO劇の再現も井上には期待できる。率直に言ってバトラーは4団体統一戦の相手として力不足ではないだろうか。
そうは言っても現在、井上のライバル王者はバトラー一人。ランキングボクサーを見渡しても対抗できる選手を探し出すのは難しい。返す返す残念なのは前WBO世界バンタム級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)が自滅したことである。もし今回、バトラーの代わりにカシメロが対立コーナーに陣取れば、たとえ予想が井上断然有利であっても、はるかにイベントのボルテージが上がったことだろう。
「カシメロは論議を巻き起こす話題で王座をはく奪された。悲しいのは、イノウエが“前”が付き、おそらく正当と思われるWBOチャンピオンと対決することなく、バンタム級を去ってしまうことだ」(ボクシングシーン・ドットコムの討論ページから)
謎の急病による直前のすっぽかし、英国で禁止されているサウナを使用した減量でバトラー戦を2度キャンセルしたカシメロ。井上と対戦する権利を失い、バトラーが暫定王座獲得を経てWBOの正規王者にシフトした。バトラーはラッキーだった……。米国でもカシメロ待望論が渦巻く。バトラーにないパンチャーとしての魅力、醸し出すヒールの雰囲気、これまでの因縁といったものが彼を引き立たせる。
WBOの優遇策
しかし今、ないものねだりをしても始まらない。「もはやカシメロは118ポンド(バンタム級リミット)に落とせない男」と割り切って考えるしかない。もし今後、井上との対決が浮上しても122ポンド(スーパーバンタム級)以上の体重になるはず。カシメロが次戦で対戦が有力な赤穂亮(横浜光)もスーパーバンタム級ランカーの一人だ。
では1972年7月、エンリケ・ピンデル(パナマ)が達成した全ベルト統一(当時はWBAとWBCのみ)以来50年ぶりとなる快挙だけが井上のバンタム級における置き土産となるのか? いや、井上がバトラーに勝つ意義はまだある。
井上はバトラー戦を最後にスーパーバンタム級進出が既定路線。早くも同級WBO・WBC統一王者スティーブン・フルトン(米)、WBAスーパー・IBF統一王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)への挑戦が話題を集めている。この2人はプロモーターが同じ(PBC=プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)という背景から4団体統一戦の締結が待たれている。しかし今のところ決定のニュースは聞かれない。
現在WBOスーパーバンタム級1位は、あのルイス・ネリ(メキシコ)。ネリはIBF同級1位マーロン・タパレス(フィリピン)とのIBF挑戦者決定戦が有力な状況。そしてWBOは最近、軽い階級から次のクラスへ転向する実績や人気のあるチャンピオンを優先的に1位に据え、王者に挑戦させる方針を打ち出している。フェザー級王者からスーパーフェザー級で2階級制覇に成功したシャクール・スティーブンソン(米)らがそのパターン。井上がバトラーを下して王座を返上、スーパーバンタム級転向を決意すれば、ネリに代わって1位を占める公算が大きい。
フルトン挑戦は目の前?
そうなれば、現在ファンがもっとも井上の相手に望むフルトンとの一騎打ちが実現に近づくことになる。井上は指名挑戦者というポジションになる。WBC王座もいっしょに懸けられれば一石二鳥。井上を警戒してフルトンが王座を返上、フェザー級へ進出するのではないかという憶測さえ流れるほどだ。
同時にスムーズボクサーで、やりにくさも武器のフルトンよりも、より噛み合うと推測される攻撃型のアフマダリエフを井上は選んだ方が得策だと指摘する向きもある。裏を返せばフルトンの実力が評価されている証拠で、一段と観戦意欲を刺激される。
米国ではモンスターの絶頂期は122ポンドではないかという意見が多い。その活躍の場に第一歩を記すためにも上記の理由で、バトラーを破ってWBO王座を獲得する価値は非常に大きいと思われる。いつもながらテーマが未来へ飛躍するところが井上の本領。1年後のモンスターの姿を想像するのも楽しみになってきた。