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珍しいロシアと韓国の「喧嘩」 帰らざる河を渡ってしまうのか?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
韓国の地対空迎撃ミサイル(韓国国防部配信)

 米朝と南北の「脅し合い」は日常茶飯事であるが、ロシアと韓国の「威嚇合戦」は極めて珍しい、両国が1990年に国交を結んで以来、初めてである。裏を返せば、それだけプーチンの24年ぶりの訪朝までは露韓関係は比較的順調だったということでもある。

 今回の露朝首脳会談の結果に一番ショックを受けたのは韓国であろう。そのことは首脳会談で発表された「包括的戦略パートナーシップ条約」の中身が明らかになると、韓国は珍しく政府声明を出して、ロシアを非難していた。「そこまでは踏み込まないだろう」と思っていた軍事支援事項が条約の中に盛り込まれていたからである。

 朝鮮半島有事の際にロシアが「躊躇うことなく直ちにあらゆる手段を用いて軍事的及びその他の援助を提供する」条項(第4条)は韓国にとってはロシアが越えてはならないレッドラインであった。

 韓国政府が怒っているのはそれだけではない、プーチン大統領が次の訪問地・ベトナムで「西側諸国のウクライナ支援に対抗し、我々も第三国に武器を供給する権利がある。北朝鮮との合意でもこのことについては排除していない」と発言したことにも不満を露わにしていた。

 というのも、この発言について「ブルームバーグ」が「プーチンはロシアが北朝鮮への精密兵器の供給を排除しないことを示唆した」と伝えているからだ。このことから韓国政府内では最新戦闘機の供与のみならず、軍事偵察衛星や現在建造中の原子力潜水艦への技術支援が行われることへの危惧が高まっている。

 「軍事介入」と北朝鮮への先端軍事技術の支援は韓国の安全保障への深刻な脅威になるがゆえに韓国政府とすれば、直ちに国家安全保障会議(NSC)常任委員会を開き、「対抗措置を取る」と公言せざるを得なかった。

 韓国政府が検討している対抗措置としては対露経済制裁の強化やNATOとの軍事協力の強化などもあるが、ロシアに最も深刻な打撃を与えられる「報復措置」として真剣に検討しているのがウクライナに対する殺傷兵器の供給である。

 ウクライナには殺傷兵器の供給を行わないというのが尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の一貫した原則的立場で、これまで米国や当事国のウクライナ、さらにはNATO諸国からの要請があっても韓国は拒んできた。

 実際に、これまでウクライナとNATOは小銃から対戦車ミサイルなど殺傷兵器100~150品目にわたる支援を韓国に要請していた。中でも低高度で浸透する敵の航空機を迎撃する携帯用対空誘導兵器「新弓(シングン)」やアラブ首長国連邦(UAE)に輸出されている地対空迎撃ミサイル「天弓(チョングン)」及び短距離地対空ミサイル「天馬(チョンマ)」を欲しがっていた。この他にも韓国にはウクライナ軍が直ぐに使用できる「T―80U」戦車を含め旧ソ連製兵器が相当数ある。

 しかし、韓国の支援はこれまで防弾ヘルメット、テント、毛布や衣料品など非殺傷用軍需物資あるいは人道支援に限られ、兵器は一切送っていない。155mm砲弾や戦車などは米国やポーランド、北欧には送ってはいるもののウクライナには直接供与していない。

 プーチン大統領は6月5日、サンクトペテルブルクで各国の主要通信社の代表と面会した際、「韓国が(ウクライナ)紛争地域に武器を直接供給しないことにした決定を高く評価する」と、尹政権を讃えたうえで「我々は露韓関係が悪化しないことを希望する。両国関係の発展に関心があり、我々側ではチャンネルが開かれており、協力を続ける準備ができている」と、これからも武器をウクライナに送らないよう釘を刺していた。

 韓国政府のウクライナへの武器供与はロシアにとっては座視できないレッドラインであるが、ロシアが韓国のレッドラインを越えた以上、韓国としてもロシアのレッドラインを越えざるを得ないであろう。

 韓国のこうした動きを意識したのか、プーチン大統領はベトナムでの記者会見で「韓国がウクライナに殺傷武器を支援すれば、大変なミスになる。そのようなことになれば、我々は相応の決定を下すことになり、それは韓国の現指導部にとっては快く思わない決定となるであろう」と、韓国を強く牽制していた。

 「快く思わない決定」が何を指すのかは明らかにしなかったが、いずれにせよ韓国がウクライナに武器を供与すれば、帰らざる河を渡ることになるのは間違いないようだ。

 口先だけなのか、それとも本当にウクライナへの武器供与を実行に移すのか、尹政権の本気度が試されるが、仮に実行した場合、今度はプーチン政権が本当に「快く思わない決定」を下すことができるのか、まさに「度胸勝負」という様相になってきた。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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