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「私はジャンヌダルクになる」? 朴槿恵前大統領の心境を読む

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
憲法裁判所で罷免された後に朴前大統領の逮捕を求める集会(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

憲法裁判所の罷免宣告を受けて失職し、大統領官邸を去った朴槿恵前大統領は側近を通じて「大統領としての使命を最後まで果たせず、申し訳ないと思っている」との遺憾の意を表明し、また「時間はかかるだろうが、真実は必ず明らかになると信じている」と述べたようだ。これは、裁判の決定への事実上の「不服宣言」でもあり、同時に今後「法廷闘争」を行うことを宣言したことに等しい。

熱狂的な支持者ら1千人以上が集まったソウル・三成洞にある私邸への帰宅はまるで勝利者か英雄の凱旋を彷彿させるような光景だった。落胆、失望し、憔悴しきていると思いきや、意外にも満面に笑みを浮かべていた。国民の中には悲嘆するあまり検察出頭直前に崖から飛び降り自殺した盧武鉉元大統領の二の舞にならなければと心配する向きもあったが、杞憂に過ぎなかったことがわかる。

それでも精一杯の作り笑いのように見えてならない。おそらく、罷免された瞬間は怒り、一人泣き崩れたのではないだろうか。というのも本人にとって罷免判決は想定外だったからだ。そのことは、万が一のための引っ越しの準備を事前に一切行っていなかったことからも窺い知れる。

青瓦台関係者の話では、朴前大統領は5対3か、最悪でもその逆の3対5で確実に棄却されると信じていたようだ。そう信じるのも無理もない。というのも、8人の裁判官のうち6人が保守派と言われ、そのうち2人は大統領自らが任命し、もう一人も与党(セヌリ党)から指名されているからである。少なくとも3人が罷免に反対すれば、棄却されるはずだった。それが事もあろうに8人全員が罷免賛成だったから受けた衝撃は計り知れなかったはずだ。

実は、朴前大統領が憲法裁判所の判決前に電撃的に辞任するのではとの見方が一部では流れていた。罷免という汚名を着せられるよりも、自ら辞任という名誉ある道を選んだほうが今後にプラスに作用するとみられていたからだ。親朴派議員や朴前大統領周辺でもそうした期待感があった。しかし、肝心の朴前大統領には馬耳東風だった。それもこれも絶対に勝てると確信していたからに他ならない。

(参考資料:朴槿恵大統領はなぜ、かくも強気なのか

朴前大統領が憲法裁判所の判決に承服しない理由は「国のための良かれとやったことだ。私自身は一銭ももらってない」と一貫して身の潔白を主張していることに尽きる。

46歳で政界入りした朴前大統領は野党時代の2004年にはハンナラ党の党首に就任。女性の党首としては39年ぶりの「快挙」であった。苦戦を伝えられていた2012年4月の総選挙を陣頭で指揮し、善戦したことで与党では「セヌリ党のジャンヌダルク」と称されるほど逆境には強かった。この年の12月に行われた大統領選挙でも序盤でリードを許していた対立候補(文在寅候補)に逆転勝利し、当選を果たしている。「雌鶏泣くと国滅びる」との「諺」が闊歩している男尊女卑の封建的な風土が残存している韓国社会にあって女性元首の誕生はまさに快挙であった。

朴前大統領と初対面したオバマ前大統領は「想像以上に強情な人との印象を受けた」と朴前大統領について語っていたことがある。この言葉を聞いて一瞬、強硬な政治姿勢から「鉄の女」の異名を取ったことで知られる英国のサッチャー元首相を連想したが、身内でもある金鍾泌元総理も彼女について「一筋縄ではいかない。誰も言うことも聞かない」と彼女の人物像を語っていた。

国会で4分の3議員の投票で弾劾されても、毎週土曜に100万人規模の弾劾デモが起きても、支持率が歴大統領過去最低の4%台に落ち込んでも、罷免されるまで大統領の座に居座り続けたのも「自分は間違ったことはしていない」との強情な彼女の性格によるものかもしれない。

今後の朴前大統領の去就だが、早ければ来週中にも検察への出頭を要請されるかもしれない。本人は過去2回にわたって「検察の捜査には協力する」と約束しながら、応じることは一度もなかった。逮捕、訴追を免責される大統領とは違い、私人となった以上、もはや拒むわけにはいかない。検察への出頭を拒めば、検察を非難して、故郷に戻ったところ拘束され、強制的に拘置所に収監された全斗煥元大統領の二の舞になる恐れが大だ。

(参考資料:韓国の大統領はなぜこうなるのか?

朴前大統領の私邸を訪れた親朴派議員は「朴前大統領は大統領官邸を出るとき足を痛めたようだ。体調もすぐれないようだ」と朴大統領の現状を伝えていたが、事実ならば、検察への早期出頭は困難だ。もしかすると、熱狂的な支持者に囲まれたまま自宅に籠城する腹積もりかもしれない。仮に強制的に連行され、逮捕され、裁判に掛けられれば、今度は「悲運の政治犯」として保守派らの結集を呼びかけ、獄中から「政治闘争」に訴えようとするかもしれない。

ジャンヌダルクはイングランドとの百年戦争で重要な戦いに参戦して勝利を収め、後のフランス王シャルル7世の戴冠に貢献するなど英雄となったが、その後、「不服従と異端」の疑いで審問に掛けられ、最後は処刑され、生涯を投じている。しかし、死去して25年後にジャンヌの復権裁判が行われ、無実と殉教が宣言されている。

「時間はかかるだろうが、真実は必ず明らかになると信じている」と述べた朴前大統領はまさかと思うが、本当にジャンヌダルクを夢見ているのかもしれない。

(参考資料:朴槿恵大統領VS特別検察官 大統領の犯罪を立証できるか

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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