「万引きを繰り返す」病人のノルウェー国会議員に集まる同情
ノルウェーの政治家が万引きをやめられずにいる。最初は「泥棒だ」と批判的だった市民だが、「助けが必要な病人」として市民の評価が変化してきている。
ビョルナル・モクスネスは優秀な政治家だ。極左政党「赤党」の党首であり、与党を批判する野党の顔として長年活躍を続けてきた。政策や価値観に同意するかは関係なく、彼自身が赤党のプロフィールを磨いて、ノルウェー政界で重要なご意見番として活躍してきたことを否定する人はあまりいないだろう。
衝撃が走ったのはノルウェー統一地方選挙が迫る直前の夏だった。モクスネスはオスロ空港の売店でサングラスを盗難。その盗難の様子は動画としても記録されており、全国の市民に閲覧されることになる。問題を深刻にさせたのは、彼が正直な証言を警察にも、同僚にも、市民にも、メディアにもしなかったことである。
当初は盗難を否定するなど、発言を何度も変えて、多くの人々を混乱させた。しかも「疲労していてレジで支払いを忘れた」と説明していたが、実際は「値札をわざわざ外して」サングラスをスーツケースに入れていたことも判明。警察は「意識的な盗難」としていた。
「泥棒」だけではなく「嘘つき」とも批判される。本来は貧しい人々など、社会の弱者のための政党であるはずの政党の顔が、「高級ブランドのサングラスを盗む」ということも衝撃を与えた。
その後、モクスネス議員は病気休業に入り、党首を辞任した。新しい女性党首が、赤党のイメージ挽回に励む中、11月中旬になり、新たなニュースがさらに衝撃を広げる。モクスネス議員は万引きを今でも「やめられない」という。
10~11月にわたり、オスロのスーパーでチーズや養殖サーモンなど、少額の食品の盗難を少なくとも5回は繰り返し、警察から罰金支払い命令も出たことが報道された。
モクスネス議員は「精神的な問題を抱えている」「個人的に難しい数年間を過ごし、結果、自己破壊的な行動に走るようになった」と告白。
ここで市民の評価が一気に変わり始めた。
これまでは極左政党の顔が「高級サングラス」を盗難して虚偽の証言を重ねたことは批判対象であり、SNSでは嘲笑の対象ともなっていた。「ちゃんと支払いはしましょうね」と、サングラスの絵文字だけで「皮肉」を意味することが、事情を知るノルウェー市民の間では暗号として読解可能なまでになっていた。「モクスネス・サングラス」まで商品販売されそうにもなる。
しかし、盗難対象が少額であることや、メンタルヘルス問題をオープンに語ったことで市民の評価材料は大きく変わった。
「彼に必要なのはプロの手助けだ」と医療機関に通い、治療を受け、「病状が回復するといいね」、そう願う声が増加した。
「もはや笑い事ではない」「彼が抱えている問題は誰だって抱える可能性がある」。そう理解されるようになった。
ノルウェーでは薬物依存の人に対しても、「犯罪者」ではなく「助けが必要な患者」として接する。今回の流れは日本だと「スーパーで万引きを繰り返す人」という解釈をされるだろうが、ノルウェーのようにこれほど同情の声を集めることはないだろう。ちなみに「万引き依存症」という社会問題はノルウェーでは日本ほど広まっても折らず、知られてもいない。
「治療が必要な病人」という解釈が広まり、メディアの報道の仕方も変わった。心の問題を話す独占インタビューをしたVG紙は、彼が病人という「弱い立場」にいることも考慮して、文字の記事だけに限定し、同氏の様子が不安定だともわかる動画は公開しないことを発表した。
サングラス盗難を嘲笑する絵文字やミームの使用もSNSでは激減した。
- 「自分だったら絶対にオープンにしたくないだろうことを、公にしてくれて、ありがとう」
- 「早く良くなってください」
- 「プロの助けをもらってください」
- 「女性よりもメンタルヘルス問題を話したがらない男性がオープンに話すことには意味がある」
そういう評価が一気にSNSで増えた。各メディアも「病人の政治家に必要以上のストレスを与えないために報道を抑える」ことを強調し始めた。
モクスネス議員は今も病気休業中だ。赤党の党首は辞任したが、国会議員を辞任することは否定している。