梅雨空の日にはプラネタリウム
夜空を毎晩、見ていると、星座の間を火星や土星のような惑星(プラネット)が複雑な動きをしていることに気づきます。プラネタリウムはそもそも、この複雑な惑星の動きを再現するために開発された装置です。しかし、現在では「地球上のあらゆる場所から見る恒星(星座を形作っている星のこと、自ら光を放っている)や、惑星、月、太陽などのすべての天体をドーム状のスクリーンに映し出す装置のこと、またはその装置を設置した部屋や建物のことをプラネタリウムと一般的には呼んでいます。
さらに、近年の投影技術のデジタル化、コンピュータ化によって、プラネタリウムは天文現象のみならず、森羅万象あらゆるものをドーム空間に可視化できる装置、すなわち「ドームシアター(全天周シアター)」へと進化しつつあります。
プラネタリウムの歴史
恒星と恒星が形作る星座を球体の表面に書き込んで、天球上での動きを再現しようとする天球儀は、すでに紀元前から制作されていました。確実なものとしてBC600年頃、ミレトスの哲学者タレスが天球儀を制作しています。また、BC250年前後、アルキメデスは天球儀の内部に星座を描き、惑星や太陽・月の運動をも示せる機械を製作したと伝えられています。
歯車を組み合わせ、時計仕掛けの動きで、個々の天体の周期的な動きを再現する機械を一般に「オーラリー」と呼びます。例えば、1901年にエーゲ海のアンティキシラ島沖の沈没船から発見された紀元前100年頃のものと推察されるオーラリーは、すでに30個以上の歯車で恒星・惑星・太陽・月の位置を示すことができる精密機械でした。17世紀以降は精密な太陽系模型としてオーラリーが作られています。
一方、17世紀に北欧では、人が中に入れる巨大な天球儀(ゴットルプの天球儀)が登場しました。さらに18世紀末、オランダのアイス・アイジンガは、自宅を改造し居間の天井に太陽を中心とする惑星の軌道模型を作りぶら下げ、惑星と地球を回る月が軌道上を実時間で運行するようにしました。この巨大な惑星運行儀を含むアイジンガの自宅は現在では博物館として展示されています。
現在のプラネタリウム、すなわち、スクリーン張りのドーム空間に光学的に天体を投影する現在の光学式プラネタリウム装置は、1923年にドイツで発明され、次々と改良・発展し世界中で利用されるようになりました。
プラネタリウムが日本に初めて設置されたのは、1937年に大阪市立電気科学館でした。翌1938年には東京有楽町に東日天文館がオープンしましたが、1945年に空襲で焼失しています。代わって1957年、渋谷に天文博物館五島プラネタリウムが開館しました(なお、五島プラネタリウムは惜しまれながら2001年に閉館しています)。その後、明石市立天文科学館(1960年)や名古屋市科学館(1962年)など、現在でも活躍中のプラネタリウム館が相次いで開館しました。
学習装置としてのプラネタリウム
都会ではきれいな星空を見ることが出来ないため、都会に住む人たちや子どもたちのなかには、田舎や高原、海などで、満天の星空を見て、思わず「プラネタリウムみたい」とつぶやく人がいます。そもそも本末転倒な表現ではありますが、このことは、多くの日本人が、子どもの頃にプラネタリウムを一度は体験していることと密接な関係があります。
日本はプラネタリウム大国なのです。現在、国内には350館を超えるプラネタリウム施設があり、設置数では米国に次いで第2位です。年間の観客数はサッカーJ1の観客数、約5百万人を大きく超え、約900万人と推定されています。この年間900万人を超える利用者数のほとんどは、「学習投映」といって小学校や中学校では学びにくい夜間の天体観察の代わりに、昼間、児童・生徒が地域の科学館を訪ね、天体の動きや最新の天文学に触れる機会なのです。まさに、子どもたちが宇宙に夢を馳せ、地球や自然の素晴らしさに目覚める場所とも言って過言ではないでしょう。理科教育や情操教育のツール、地域の学習拠点としてプラネタリウム館は重要な役割を担ってきました。今後もぜひ、少子化の大波の中ではありますが、地方自治体および地域の皆さんの理解と支持によって、地域の教育用プラネタリウム施設が維持・発展していくことを願っています。
進化し続けるプラネタリウム
日本ではバブル経済の崩壊後、プラネタリウム施設のような文化施設が相次いで閉館や休館、運営規模の縮小などに見舞われましたが、そのような中、2010年代に入って天文ブームが到来するとともに入館者が復調し、活気を取り戻しつつあります。2011年3月には、常設のプラネタリウム施設としては世界最大規模を誇る直径35メートルドームの名古屋市科学館がリニューアルオープンしました。現在も毎日、満員御礼の状態。休日にはいまでも朝から行列が並ぶ人気です。
このような大型プラネタリウム館の人気を支えている理由の一つが、プラネタリウム装置の進化です。1980年代に入ると、それまでのプラネタリウム独特の光学機器(スター・ボール)を使わず、光学プロジェクターとコンピュータの組み合わせで星空をドームスクリーンに映し出すデジタル・プラネタリウム装置が開発されました。デジタル装置は、スター・ボールによる光学式と異なり、天体の運行のみならず、森羅万象さまざまな事象をドームスクリーンに映し出す事が出来、多くのプラネタリウム館が美しいスター・ボールによる星々に加えて、ドーム全面で展開する映像コンテンツを競い合う時代になりました。
例えばですが、仮に大人気のアニメ映画「アナと雪の女王」をプラネタリウム用に制作し、ドーム空間の中で全天に投影して見たらどうなるでしょう?自分が物語の主人公たちと一緒に、まるで、その物語の中にいるような感覚で、没入感高く、作品を楽しくことが出来るのです。新しい、エンターテイメントツールと言えましょう。ドームで立体視映像が見える3Dのプラネタリウムもあります(国立天文台の4D2Uドームシアターなど)。
一方、スター・ボールも進化して、現在では1億4000万個もの星を写し出せる装置さえあります。まるで国際宇宙ステーションから眺める星空のようです。
プラネタリウムを身近に
休日や夕暮れ時に、カップルや親子連れで、写し出される人工の星々の美しさと、森羅万象、多様なテーマのドーム作品を余暇として楽しむ人びとがさらに増えていくことを期待しています。子どもの頃、訪ねたプラネとはまったく異なる進化したドーム空間を大人になってからも楽しんでほしいと思います。さあ、星の見えない日はお近くのプラネタリウムに出掛けてみてください。