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ロシアが爆撃を開始して以降、シリア難民232,806人が帰国、国内避難民1,187,471人が帰還

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

 ロシア国防省は7月30日、難民受入移送居住センター(Centre for Refugee Reception, Distribution and Settlement)の会報を公開し、シリア難民と国内避難民(IDPs)の帰還状況を明らかにした。

 発表は、ロシアの国防省と外務省が20日に難民帰還を支援するための合同調整センターを設置し、ヨルダンやレバノンからの難民の帰還に向けた動きが本格化したのを受けたもの。ロシアの避暑地ソチで30日に開幕したアスタナ10会議(ロシア、トルコ、イランを保証国とするシリア政府と反体制武装集団の停戦協議)でも、ロシア・シリア軍の進攻が間近とされるイドリブ県の処遇ではなく、難民帰還問題が主要な議題となっている。

 ロシア発信の情報というと、「フェイク」「プロパガンダ」だとの断定や拒否反応が散見される。難民受入移送居住センターの会報についても、比較可能なデータが存在しないため、その真偽を検証することはできず、こうした批判を免れないだろう。とはいえ、会報によって明らかにされた難民・避難民の帰還状況は、今世紀最悪の人道危機と言われたシリア内戦の惨状が、若干であれ、緩和していることを確認し得る資料でもある。

 会報は「難民帰還」、「国内避難民」、「難民受け入れ態勢を整えた都市・村」、「インフラ復旧」、「人道支援」、「地雷撤去」、「難民受け入れに向けた準備」という7項目からなる。以下では、「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」で紹介されている関連情報などを踏まえつつ、「難民帰還」、「国内避難民」の内容を紹介する。

難民帰還

 7月18日以降、レバノン国内(ベカーア県バアルベック郡アルサール村一帯)で避難生活を送ってきたシリア難民2,994人がダマスカス郊外県西カラムーン地方に帰還した。このうち2,846人がザムラーニー国境通行所(ダマスカス郊外県)を、148人がジュダイダト・ヤーブース国境通行所(ダマスカス郊外県)を経由して帰国した。

 一方、ダルアー県で活動を続けてきた反体制武装集団がシリア政府との和解(ないしはイドリブ県への退去)に応じ、欧米諸国がホワイト・ヘルメットをイスラエルの協力のもとにヨルダンに脱出させたことを受け、ヨルダンに身を寄せていた318人がナスィーブ国境通行所(ダルアー県)を経由して帰国した。

 「確固たる情報」(consolidated information)によると、ロシア大使館がある45カ国で登録しているシリア難民は6,787,414人(2,070,979人が女性、3,520,665人が子供)。うち、以下の22カ国では、6,402,716人がUNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)に登録している。国別の内訳は以下の通り:

  • トルコ 3,541,572人
  • レバノン 976,065人
  • ドイツ 697,878人
  • ヨルダン 666,596人
  • イラク 251,157人
  • エジプト 129,737人
  • オランダ 74,998人
  • オーストリア 42,505人
  • スイス 6,702人
  • ベルギー 3,982人
  • ルーマニア 3,101人
  • スペイン 2,352人
  • アイルランド 1,729人
  • マルタ 1,289人
  • ポーランド 1,069人
  • ボスニア・ヘルツェゴビナ 711人
  • ルクセンブルク 663人
  • スロベニア 458人
  • ハンガリー 51人
  • スロバキア 43人
  • チェコ 39人
  • ラトビア 19人

 なお、UNHCRのホームページによると、難民申請したシリア人は7月29日の段階で、5,600,199人。内訳は、トルコが3,541,572人、レバノンが976,065人、ヨルダンが668,123人、イラクが129,737人、その他(北アフリカ)が33,545人となっている。

 一方、以下9カ国で帰国の意思を表明しているシリア人は推計で1,712,234人。国別の内訳は以下の通り。

  • レバノン 889,031人(91%)
  • トルコ 297,342人(8%)
  • ドイツ 174,897人(25%)
  • ヨルダン 149,268人(22%)
  • イラク 101,233人(40%)
  • エジプト 99,834人(77%)
  • デンマーク 412人
  • ブラジル 149人
  • オーストリア 68人(0.2%)

( )は各国の難民に占める割合。

 ロシアがシリア国内での爆撃を開始した2015年9月30日以降に帰国したシリア難民は232,806人(うち女性は69,803人、子供は118,672人)。

 なお、UNHCRのホームページによると2015年9月28日時点の難民の総数は4,055,839人で、2018年7月29日時点(6,402,716人)との差は2,346,877人となる。つまり、ロシアがシリア内戦に本格軍事介入して以降、20万人強が帰国したものの、200万人以上の難民が新たに発生したとの解釈も可能となる。

(出所)「シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(1 序説)」
(出所)「シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(1 序説)」

国内避難民

 国内避難民305人が帰還した。時期は明示されていないが、難民受入移送居住センターは7月29日付会報で、国内避難民4,032人が帰還したと発表しているので、過去1日(すなわち7月30日)に帰還した国内避難民の数と思われる。内訳は以下の通り。

  • ダマスカス郊外県東グータ地方 73,731人中91人(うち女性32人、子供53人)
  • ヒムス県 72,620人中214人(うち女性64人、子供109人)。

 7月29日に反体制派の支配下にあるイドリブ県の緊張緩和地帯(de-escalation zone)から、イドリブ県アブー・ズフール町に設置された通行所を経由して、アレッポ県に帰還した国内避難民の数は169人(うち女性31人、子供56人)に達した。また、2018年3月4日以降、国内避難民26,642人(うち女性8,873人、子供12,373人)がイドリブ県の緊張緩和地帯を離れた。

 南西部(ダルアー県、クナイトラ県)の緊張緩和地帯では、インヒル市(ダルアー県)から14,258人(うち女性4277人、子供7271人)が一時避難した。また、2018年6月27日以降、南西部の緊張緩和地帯から46,501人が一時避難したが、現在も仮設居住センターに留まっているのは1,399人(うち女性419人、子供713人)のみとなった。

 2018年2月8日以降、ダイル・ザウル県のフシャーム町の住宅復旧に伴い、7,255人が帰宅した(7月29日に帰宅した住民は9人)。また2017年12月4日以降、国内避難民46,754人がダイル・ザウル県東部に帰還した。

 2015年9月30日以降、国内避難民1,187,471人が帰還した(うち女性は356,211人、子供は605,559人)。

 なお、OCHA(国連人道問題調整事務所)のホームページによると、2018年4月15日時点の国内避難民は6,600,000人。またロシアがシリア国内での爆撃を開始する前の2015年6月30日に発表された国内避難民数は6,563,462人で、その差は36,538人。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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