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アンタッチャブル復活劇は伝説に!『全力!脱力タイムズ』が世間を驚かせ続ける理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

山崎弘也と柴田英嗣の2人から成るアンタッチャブルは、2004年の『M-1グランプリ』優勝以来、テレビを中心に活躍していた。だが、2010年に女性問題で柴田が1年間の謹慎処分に入ってからは、コンビとしての活動を事実上休止していた。

そんな彼らが復活を果たしたのは2019年11月29日放送の『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ)だった。この番組でゲストとしてスタジオにいた柴田の前に、山崎が突然姿を現したのだ。山崎の姿を見た瞬間、柴田は「うわー!」と叫び声をあげ、驚きのあまりその場に仰向けにひっくり返った。その後、彼らはセンターマイクを挟んで向き合い、アドリブで漫才を演じていた。

この出来事で改めて『脱力タイムズ』という番組にも注目が集まった。この番組ではもともと、ゲストの芸人を驚かせるようなドッキリ企画が行われることが多い。今回の復活劇は、その中でも特に印象的なものとなった。

この復活劇が世間でこれほど騒がれた理由の1つは、視聴者に対して何の予告もなく、突然行われたことだ。リアルタイムで番組をたまたま見ていた人にとっては特に衝撃が大きく、それが「事件」として記憶に刻まれることになった。

番組側がここでサプライズ演出を選んだのは、そうすることであの驚きを柴田と視聴者が分かち合うことができると考えたからだろう。明らかにその方が見ている人にとってのインパクトは強い。実際、山崎を見て柴田が床にひっくり返ったあの瞬間、多くの視聴者も柴田と同じ驚きを感じたのではないか。

報道番組の皮をかぶったコント番組

『脱力タイムズ』は2015年4月に始まった。報道番組のようなセットで、有田哲平演じる「アリタ哲平」がキャスターとして進行役を務めている。向かって右手には元経済産業省官僚の岸博幸、犯罪心理学者の出口保行、侵入生物専門家の五箇公一など、報道番組でも解説役を務めるような各分野の専門家が「全力解説員」として並んでいる。向かって左手にはゲストの俳優と芸人がいる。スタジオの雰囲気だけは硬い報道番組そのものだ。

世界や日本のさまざまな社会問題を取り上げて論じる、というのがこの番組の表向きのテーマだ。しかし、それが真正面から論じられることはまずない。全力解説員はテーマとは関係ない専門分野の話を始めたり、ツッコミどころの多いふざけたVTRが流されたりする。

ゲストの芸人はこのような展開に戸惑い、あきれながら、ツッコミをいれていく。普段バラエティ番組に出ていないようなゲストの俳優も、突然ふざけた言動をしたりする。それが芸人をさらに困惑させる。

実は、この番組ではゲストの芸人以外すべての出演者が仕掛け人となって、決められたシナリオを演じている。芸人だけには偽の台本が渡されているため、予想外の展開にうろたえることになる。いわば、大がかりなコントのようなことが行われているのだ。ゲストの芸人は、視聴者の代弁者としてその場にいて、彼らにツッコミをいれる役目を果たしている。

ゲストの予想を裏切って意外な展開に持ち込む

この番組がどういう番組なのか知られていない初期には、戸惑う芸人のリアクションが新鮮だった。番組全体で一丸となってここまで大がかりなドッキリを仕掛けてくるような番組はほとんどないため、百戦錬磨の芸人もどう振る舞えばいいのかわからず、混乱したりしていた。

番組の存在が徐々に知れ渡ってくると、ゲストとして出る芸人もそれなりの心構えをしてくるようになる。そこからは、その予想を裏切ってさらに意外な展開が起こるように、何重にも手の込んだ企画が行われるようになってきた。アンタッチャブル復活劇もその1つだ。

最近のテレビでは、コント番組やネタ番組など純粋にお笑いをやる番組は減少傾向にある。だが、そんな中で、『脱力タイムズ』だけはストイックにお笑いをやっている。その姿勢が視聴者にも評価され、安定した視聴率を保っている。

かくいう私自身も「全力解説員」の一員としてこの番組に出演したことがある。収録現場に行ってみて実感したのは、有田氏の芸人としての能力の高さだ。この番組の性質上、仕掛けたことに対してゲストの芸人がどういう反応を返すのかは事前に予想できない。有田氏は場の空気を読んで臨機応変に対応して、笑いを生み出していく。その頭の回転の速さと瞬発力は驚異的だった。

ぶれないコンセプトの硬派なお笑い番組

アンタッチャブル復活は確かに驚くべきことだった。だが、個人的には『脱力タイムズ』でアンタッチャブルが復活したこと自体にはそれほどの驚きはなかった。この番組ならそのぐらいのことはやってくれるだろう、と思っていたからだ。

『脱力タイムズ』という番組の偉大なところは「ぶれない」ということだ。番組が始まった当初から、コンセプトが一切ぶれていない。細かい企画や演出の面ではブラッシュアップが行われているが、根本にある精神は全く変わっていない。だからこそ、視聴者の根強い支持を得ているのだろう。攻めの姿勢を貫く硬派なお笑い番組として今後も末永く続いていってほしい。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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