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なでしこリーグ今季最多の観客が酔った鮮やかな逆転劇。ベレーザがリーグ5連覇に前進

松原渓スポーツジャーナリスト
ベレーザ(緑)とINAC(赤)のハイレベルな攻防に観客が沸いた(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【土壇場での逆転劇】

 日テレ・ベレーザ(ベレーザ)がなでしこリーグ史上初の5連覇に向けて大きな一歩を踏み出した。

 10月20日に味の素フィールド西が丘(東京都)で行われた第16節で3位のINAC神戸レオネッサ(INAC)に2-1で逆転勝利を収め、続く23日には台風で延期されていた4位のジェフユナイテッド市原・千葉レディースとの試合にも2-1で勝利。この結果、同勝ち点の浦和レッズレディース(浦和)を得失点差で上回り、ついに首位の座を奪った。

 リーグ戦は残り2試合で、いよいよ史上初のリーグ5連覇へのカウントダウンが始まっている。

 両チーム合わせて代表選手16人が競演するベレーザとINACの対戦は、「Lクラシコ」(※)とも言われる注目カードだ。勝てば逆転優勝に望みをつなぐベレーザと、負ければ逆転優勝の可能性が完全に潰えるINAC。どちらにとっても勝利が必要なこの一戦で、ベレーザはMF籾木結花を中心に、スタジアムを観客で埋める「5000人満員プロジェクト」を実施した。 

 その成果もあって今季最多の4,496名がスタンドを埋め、立ち見も出るほどだった。

 そして、試合は劇的な結末を迎えた。

 開始早々にINACが右サイドを崩し、MF中島依美のクロスにファーサイドから走り込んだサイドバックのDF守屋都弥(もりや・みやび)がヘディングで鮮やかに決めて先制。

 ベレーザは64分にFW小林里歌子の折り返しを籾木が右足で豪快に蹴り込んで同点にすると、その後は永田雅人監督が攻撃的な交代カードを次々に切ってペースを掌握。ゲームメーカーのMF長谷川唯(腹部の負傷で前節は欠場)が61分にピッチに立つと、チームの雰囲気が変わり、チーム全体の推進力が増した。67分には高さ、スピード、質の高いクロスを搭載したMF遠藤純、77分にはスピードに乗ったドリブルが持ち味のFW植木理子を投入し、縦横のラインに深みが生まれた。タイプの異なるアタッカーが加わったことで、前線に明らかな変化が生まれた。

 そして後半アディショナルタイム、セットプレーの流れから籾木があげたクロスを、虎視眈眈とゴールを狙っていた植木が高さのあるジャンプからヘディングで美しく合わせ、ネットを揺らす。その直後、怒号のような歓声とともに西が丘のスタンドが揺れた。

 6月のフランス女子W杯ではメンバー入りしながら本番直前のケガで涙を飲んだ植木は、第15節の日体大FIELDS横浜戦の2得点に続く2試合連続ゴール。ケガからの完全復活を印象づけた20歳のストライカーは、歓喜に沸くサポーターの前で渾身のガッツポーズを見せた。

(※)「L」はレディースのL。クラシコはレアル・マドリーとFCバルセロナのナショナルダービーに由来している。

 白熱した90分間を制した最大の要因は、控えメンバーにも代表クラスがずらりと並ぶ選手層の厚みと、その強い個性を効果的に組み合わせて試合の流れを引き寄せた永田雅人監督の采配力だろう。

 前半はINACが質の高い攻守を見せ、ボールを支配する時間も長かった。ベレーザは失点場面以外に2つほど大きなピンチを迎えているが、GK山下杏也加のスーパーセーブもあり、失点を1に留めたことは大きい。そして後半は、交代選手が躍動。永田監督は「4枚(交代の)選択肢があって、どの順番で行くかは試合の流れで考えていた」と振り返り、「スタイルを変えて(従来の4-1-4-1から)2トップにしてでも、高さを使ってでも強引にゴールを取りにいきました」とも語っている。結果へのこだわりは滅多に口にしない永田監督だが、結果がすべてとも言えるこの一戦で、勝負師の一面を示した。

 

【失点の多さは進化の過程】

 今季、ベレーザはリーグ戦16試合でリーグ最多の51ゴールを決めている。これは過去10年で最多だが、失点も「15」と例年に比べて多い。二桁失点は実に5年ぶりだ。

 上位の浦和とINACとの対戦データは興味深い。それぞれリーグとカップ戦で3度ずつ対戦したが、ベレーザは6試合すべてで先制を許している。だが、結果的には浦和に2勝1敗、INACに対しては今回の試合も含めて2勝1分と勝ち越している。ちなみに、浦和戦の8ゴール中7ゴール、INAC戦の6ゴールすべてが後半に決まっている。

 なぜ、今季のベレーザは失点が多く、そして後半に逆転できるのかーー。

 個々の運動量や選手層の厚みに加えて、その理由は、永田監督のこの言葉からも見えてくる。

「若い選手が多いだけに、(立ち上がりから相手陣内に)突っ込んで、パワーを使いすぎて難しい状況になることがあるので、相手や時間をコントロールしながらいつ(点を取りに)行くべきか、ということを見ながらプレーすることに取り組んでいます。(その結果、)90分間が終わった時に“鼻差”でもいいから勝っているようにしたい。(そう考えて)粘り強くやろうと思っていると、今日のような(先制される)試合の入りになります」

 2カ月ほど前、チームの練習を終えた永田監督に、同じような問いをぶつけてみたことがある。その時に、競馬の話が出たのが印象に残った。

 競馬ではスタートの出足が遅れても、勝負所で一気に攻め、勝つ馬がいる。永田監督は、最後の直線を驚異的なスピードで駆け抜けるレースで数々の伝説を作り、「平成最強の馬」と謳われたディープインパクト(今年7月に死去)にインスピレーションを受けたことを話していた。

 後攻めのレースが得意だったディープインパクトは、最後尾からスタートしても、最終局面で次々と抜き去って圧倒的な強さで一着になることが多かった。永田監督はそこにサッカーを重ね、90分間、相手も含めてゲームをコントロールすることを目指していると話していた。

 たとえリードされても、最後に“鼻差”で勝つーー結果的に、そんな試合はドラマも生まれやすい。そうした取り組みの成果が、この逆転劇を必然にしたとも言えるだろう。

 

 また、ベレーザの選手には、この試合の勝利に対する強いモチベーションがあった。DF岩清水梓の存在だ。ベレーザで20年目を迎え、13度のリーグベストイレブンにも輝いたベレーザの大黒柱は、33歳の誕生日を迎えた10月14日に一般男性との結婚と妊娠を発表した。予期せぬ嬉しい報告に、女子サッカー界が沸き立った。一方で岩清水は、自身が抜けることになった最終ラインを少なからず心配していただろう。

「チームとしてもイワシさんのために、『ベレーザは大丈夫ですよ』ということを見せたかったので。ギリギリでしたが、勝利という形で終われて良かったです」

 1ゴール1アシストで勝利に貢献した籾木は試合後にそう語った。

 岩清水は出産後、来年中の現役復帰を目指すことを公言しており、自身の子を抱いて入場するのが夢であることも明かしている。なでしこリーグでは前例が少ない、子供を持つ選手としての新たなキャリアを切り拓こうとしているレジェンドの復帰を楽しみにしたい。

【2度目の集客プロジェクト】

 今回の集客プロジェクトをリードした籾木は、ピッチ内だけでなく、オフザピッチでも女子サッカーの魅力を様々な形で発信してきた。

上:INACとのコラボデザイングッズを作成(左から清水梨紗・土光真代・田中美南・籾木結花・長谷川唯)/下:来場者には清水(一番右)プロデュースのオリジナルTシャツをプレゼントした(C)東京ヴェルディ
上:INACとのコラボデザイングッズを作成(左から清水梨紗・土光真代・田中美南・籾木結花・長谷川唯)/下:来場者には清水(一番右)プロデュースのオリジナルTシャツをプレゼントした(C)東京ヴェルディ

 今回の試合に向けては、特典がついたプレミアムシート(1万円)、オリジナルステッカー(来場者に配布)、選手がデザインしたベレーザのロゴ入りのTシャツ(来場者先着5,000名にプレゼント)に加え、なんとINACの協力も得てタオルマフラーやクッション、キーホルダーなどのコラボデザイングッズを販売した(すべて完売)。魅力的なグッズ展開や、選手たちが趣向を凝らしたSNSでの発信を行った結果、理想的な決戦の舞台を作り上げた。

 去年のINAC戦で集客プロジェクトを行った際は4,663人の観客を集め、結果は0-0のドローだった。そのことを振り返り、籾木はこう語った。

「去年よりも今年の試合展開の方が面白かったと思うので、観客の声援やスタジアムのどよめき具合が今年は違うなと感じました。今日みたいな試合は楽しんでもらえると思いますし、選手である自分たちは『サッカーで見せる』ことを常に意識しています」(籾木)

 スタジアムの雰囲気、ハイレベルな駆け引きや迫力あるゴールシーンなど、今回の一戦にはサッカー観戦の醍醐味のすべてが詰まっていた。このような試合が多くなれば、観客が観客を呼び、リピーターも増えていくだろう。

「籾木選手を中心にベレーザの選手、スタッフが(試合を)盛り上げてくれて、この(大勢のお客さんの入った)場に立てたと思います。ホームではINACのスタッフや周りの人たちに感謝しながら、少しでも自分たち(選手)の力でお客さんを増やせるようなサッカーができるように頑張りたいと思います」

 INACのFW岩渕真奈は試合後、悔しさを露わにしつつも、集客プロジェクトによって最高の雰囲気を整えてくれた相手に感謝の言葉を添えることを忘れなかった。

 リーグ戦は残り2試合。優勝争いは、ベレーザと浦和の2チームに絞られている。ベレーザは27日にホームの西が丘でAC長野パルセイロ・レディースと対戦。11月2日(土)にアウェーのユアテックスタジアム仙台でマイナビベガルタ仙台レディースと対戦する。

 過密日程のダメージもある中で、ベレーザはリーグ5連覇という偉大な記録を達成することができるだろうか。

 いよいよフィナーレを迎える優勝争いから目が離せない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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