プーチンの「嘘」より巧妙な米国の「嘘」に騙され続ける日本のメディア
フーテン老人世直し録(646)
皐月某日
9日にモスクワで行われた「対独戦勝記念日」の式典で演説したプーチン大統領は、ウクライナに対する軍事侵攻の正当性を改めて強調するとともに、ロシアの敵は米国を中心とする欧米諸国であると言った。ウクライナは欧米に利用されているだけとの認識である。
以前から書いているようにフーテンも同じ認識で、ウクライナ戦争は「プーチンvsゼレンスキー」ではなく「プーチンvsバイデン」の戦争と考えている。つまりこの戦争はバイデン米大統領の言う「民主主義対専制主義の戦い」の入り口である。それなら「民主主義対専制主義」という考え方が消えない限り戦争が終わることはない。
軍需産業が強い影響力を持つ米国政治は戦争がなければ生きられない。世界に戦争の種を見つけ、米国は攻撃されなくともその戦争に介入する。ウクライナ戦争でバイデンはウクライナに武器を提供して軍需産業を喜ばせ、また経済制裁を主導して欧州各国にロシア産原油を禁輸させ、米国のエネルギー資源を欧州に売りつけることを狙っている。
しかしバイデンが主導した経済制裁は、参加した国が欧米を中心とする47カ国と台湾だけで、国連加盟193カ国中4分の1未満であることが分かった。アジア、アフリカ、中東の大部分は制裁に参加しない。つまり「民主主義対専制主義」は、一握りの先進国と多くの新興国の対立が続くことを意味する。
同じ9日に米国政府でインド太平洋調整官を務めるカート・キャンベルは、米国のシンクタンクで講演し、「差し迫った関心は欧州に向いているが、21世紀の根源的な問題はインド太平洋地域にある」と述べ、次の戦場がアジアになることを示唆した。ウクライナ戦争はそうした目で見る必要がある。
プーチンは「戦勝記念日」の演説で、「昨年12月にロシアは安全保障に関する条約の締結を提案し、妥協による解決策を模索するための対話を求めた。しかしNATO諸国は耳を貸さなかった」と述べた。
ロシアの提案とは、昨年12月の米ロ首脳会談で、プーチンが「ウクライナとジョージアを将来は加盟させるとした2008年のNATO首脳会議の決議を取り消し、ロシアの近隣国に攻撃的な武器を置かないで欲しい」と要望したことを言う。
しかしバイデンは「NATO加盟問題にロシアが干渉する権利はない」としてこれを一蹴した。2008年のNATO首脳会議でウクライナとジョージアのNATO加盟を強く推したのはブッシュ(子)で、その背景には米国大統領選挙で民主党候補のオバマと戦っていた共和党候補マケインを有利にさせる思惑があった。
マケインはソ連崩壊後に米国の政界に勢力を伸ばしたネオコンの一人で、米国の価値観を武力を使ってでも世界に広める使命感を持つ。そのマケインと共にウクライナをロシア敵視に変えたのが、現在のバイデン政権の国務次官ヴィクトリア・ヌーランドだ。だからバイデンがプーチンの提案に耳を貸すはずはない。
そこでプーチンの演説はこう続く。「彼らには全く異なる計画があった。ドンバス、クリミアを含む我々の歴史的な土地への侵攻に向けた作戦が準備されていた。ウクライナ政府は核兵器取得の可能性を発表し、NATOはロシアと隣接した土地で軍事開発の準備を始めた。NATO諸国から最新鋭の兵器が供与され、危険は日々増大した。ロシアが侵略に先制的な反撃を与えたのはやむを得ず、唯一の正しい決定だった」と。
つまりNATO軍に侵略されそうになったから先制攻撃を仕掛けたという理屈である。侵略されそうになったのはロシア本国ではなく、ウクライナの中の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」だと思うが、両国と同盟関係にあるロシアは集団的自衛権を使って軍事侵攻した。
しかしこの演説に西側メディアは一斉に厳しい批判を浴びせた。大国が国境を越えて小国に軍事侵攻したのだから、まぎれもなく国際秩序を破壊する侵略戦争だと断罪し、どんな理屈をつけようがそれはプーチンの「嘘」だとなる。西側メディアではプーチンの話は頭から最後まですべてが「嘘」だと全否定される。
そして西側では異口同音に「力による一方的な現状変更を許さない」とプーチンの行為を批判する。しかし冷戦の終わりから米国議会の議論を見てきたフーテンは、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争などを通じ、米国が他国に先制攻撃を仕掛けて「力による一方的な現状変更」を行っても、西側メディアは誰もそれを批判しないことを知っている。
湾岸戦争だけは国連が認めた戦争だったが、アフガン戦争もイラク戦争も国連が承認しない米国の勝手な戦争である。しかも両方とも先制攻撃によって相手の政権を倒し、米国の傀儡政権を樹立したのだから、まぎれもなく「力による一方的な現状変更」だ。
ところがアフガン戦争にはNATO軍が参戦し、日本はインド洋で海上自衛隊が米軍の給油活動を支援した。イラク戦争では英国、ポーランド、オーストラリアが参戦し、日本の自衛隊も復興支援活動と称してイラク現地に入った。
そもそも米国は「イラクが大量破壊兵器を保有している」という「嘘」をでっちあげ、先制攻撃を仕掛けてサダム・フセイン大統領を捕まえ処刑したのだが、これを西側メディアは「力による一方的な現状変更」と言わず、独裁政権を打倒する正義の戦争と報道した。
フーテンはサダム・フセイン政権時代のイラクを取材したことがある。サダム・フセインはイスラム社会では珍しく「男女平等」を取り入れ、成績順で官僚を採用するため行政府には女性が多かった。
またシーヤ派とスンニ派の宗派対立もなく、社会は分断されていなかった。ただサダム・フセインがユーロでの石油決裁を認めたため、ドル基軸通貨の崩壊を恐れた米国にとって邪魔者になったとフーテンは思う。そこで独裁者の烙印が押され、戦争を仕掛けられた。
つまり米国が支配する世界では、先進民主主義国の戦争はすべて正義であり、発展途上の国々の多くは独裁政権だから、それがやる戦争はすべて悪にされる。そして米国政治は嘘をつく。しかも嘘のつき方がうまい。それにメディアは騙される。特に日本のメディアの騙され方はひどい。
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