東海道新幹線 2時間半の移動を”支える”座席の進歩
スピードアップと共に進む座席の改良
例年と同様、今年も3月にJRをはじめ多くの鉄道会社でダイヤ改正が行われた。
今改正での最もホットな話題は、なんといっても相模鉄道(相鉄)と東急電鉄(東急)の新横浜線が開業し、相互直通運転が開始されたことだろう。両線を介して相鉄沿線と東京都心~埼玉方面が直結されたのもさることながら、相鉄や東急の沿線から東海道新幹線へのアクセスが飛躍的に向上。名古屋や大阪方面がぐんと近くなった。
東海道新幹線を運営するJR東海にとっても、両線の開業は大きな変化だ。同社では、新横浜駅から東海道新幹線を利用する人々の需要に応えるため、同駅始発となる早朝の下り「のぞみ」を新たに設定。今後、同駅の重要性はさらに増すことだろう。
ところで現在、「のぞみ」は東京~新大阪間を最速2時間24分で駆け抜ける。1964年の東海道新幹線開業当初は4時間、線路が安定した翌年以降でも3時間10分を要していた。新幹線の開業前に至っては、在来線特急「こだま」で6時間50分かかっていたことを考えると、まさに隔世の感である。
とはいえ、逆の見方をすれば乗客は約2時間30分の間、座席に座り続けることになる。飛行機よりも座席の間隔にゆとりがあり、またトイレなどで席を立つこともあるとはいえ、「じっとしていなければならない」というのはやはり負担だ。今も東京~大阪間の移動で飛行機が一定のシェアを保っている理由は、「多少狭くても座っている時間が半分以下(約1時間)で済む」という点が大きい。
一方、新幹線での約2時間30分の移動を「それほど苦にならない」と感じる人も多いのではないだろうか。その理由の一つは、座席の改良。通勤車両も含め、近年は座席の進歩が目覚ましい。なかでも面白いのが、座席内部のクッション材である。
綿からウレタン、エラストマーへと”進化”
かつて鉄道車両の座席は、綿などの詰め物と金属バネでクッション性を確保し、その上に表地を張るという構造が一般的だった(もちろん、最初期の座席はただの板張りである)。だが、この構造は重さがかなりあり、メンテナンス時に苦労するだけでなく列車の高速化を図るうえでも障壁となっていた。やがて、軽量で反発性が良いウレタンなどをクッション材として使用し、金属バネを省略するという方法も取られるようになったが、こちらは劣化しやすく、また厚みによっては十分な弾力性が確保できない。時おり、通勤電車で座席の土台部分までお尻が沈み込み「ゴツン」と感じる、あの感触だ。
超高速で移動し、また長時間座り続けることになる新幹線の座席は、もっともシビアな性能が求められる。座席メーカーは様々な試行錯誤を重ね、より座り心地の良い形状や素材を工夫してきた。
近年、鉄道車両の座席クッション材として使われているのが、ポリエステル系エラストマーという素材を使ったものである。このうち先駆者的存在である東洋紡エムシーの「ブレスエアー」は、1990年代に開発がスタートした。
「ポリウレタンのクッション材は通気性や透水性に課題があり、蒸れやすく洗浄が大変という面がありました。また、ポリエステルは耐久性が確保できず、すぐにへたってしまいます。エラストマーを繊維状にして網状に成形することで、優れたクッション性とともに通気性や耐久性も確保することができました」と、同社生活資材営業ユニットブレスエアーグループの金子幸生マネジャーは話す。
クッション材として成形された製品は、太さ1ミリほどのエラストマー繊維が複雑に絡み合った構造。隙間が多く、見るからに通気性がよさそうだ。一部では「樹脂バネ」と表現されているが、まさにバネのような弾力性と復元性。実際に座ってみると体重をしっかりと受け止め、支えてくれているのが実感できる。
リサイクルで「環境にやさしい座席」に
「ブレスエアー」を使った鉄道車両の座席は、2001年に埼玉高速鉄道で本格的に採用。その性能が認められ、次第にシェアを広げてゆく。2007年には東海道・山陽新幹線を走るN700系の全座席で採用されたが、新幹線の座席素材には軽量性や耐久性、清掃のしやすさ、高速走行時の微振動の吸収など、前述の通り最もシビアな性能が要求される。「新幹線の座席に採用されたというのは、非常にうれしいことでした」(金子さん)
その後も東急や東京メトロなどの通勤車両、JR西日本の「サンダーバード」「はるか」といった特急用車両、さらにはE5系新幹線の「グランクラス」まで、様々な座席で使われるようになる。常に改良も行われており、たとえば繊維を中空に成形することで更なる軽量化を可能としたが、ここには繊維メーカーである同社ならではの加工技術が生かされているという。
「開発のきっかけである“環境にやさしい”という面でも、製造工程で発生する端材や規格外品を原料として再利用する技術を確立しました。もともとウレタンは現在はリサイクルが難しく、廃棄時の処理も課題となっていました。『ブレスエアー』の開発も、脱ウレタンの動きが必ず起こるという考えのもと、『環境にやさしいクッション材を作ろう』というところがきっかけです。現在は、使用済の製品を回収して再び原料とする、水平リサイクルの研究も進めています」(金子さん)。世界が環境保護に舵を切った現在、こうした取り組みも評価されていると言える。
フェリーや野球場にも”進出”
「ブレスエアー」は東海道・山陽新幹線の最新形式であるN700Sでも引き続き採用されているほか、同様に長時間の移動で利用されるフェリー、あるいは寝具や車いすのクッションなどに用途を広げている。変わったところでは阪神甲子園球場のシート、スキー場の衝突安全壁などにも採用。様々な場面で、そのアドバンテージが生かされている。
「販売開始から25年以上が経ちますが、その間に快適性だけでなく環境面など様々な機能が要求されるようになりました。近年は新型コロナウイルスの感染拡大などもあり、さらなる抗菌性や清掃しやすさなどが求められています」と金子さんは話す。ライフスタイルに大きな変化が訪れているなか、今日もこの樹脂バネが、文字通り人々の移動を“支えて”いる。