BTS「Dynamite」が世界的大ヒット 韓国ではマイナス点も、現地の評価は?
3月8日に公開から200日を迎えたBTSの「Dynamite」。
BTSはこの曲の大ヒットもあり、日本時間15日午前9時から授賞式が始まるアメリカ最高峰の音楽賞グラミー賞の候補に。そこで公演を行うことが決定している。また公式MVの再生回数も伸び続け、10日に9億ビューを突破するなど、まだまだ勢いは止まらない。
2020年8月21日に韓国の7人組グループが英語で発表した楽曲。”世界的大ヒット”という点はすでに知れ渡っている。これについてずっと気になることがあった。
韓国人はこの楽曲をどう評価しているのか。国内でこの楽曲の作品性がどう評価され、そしてどういった影響を与えているのか。
この点を調査・リモート取材してみた。
もちろん世界同時発売となったこの楽曲、韓国国内でも”怪物クラス”の結果を残している。国内大手の音楽配信サイト「GAON」では、今年1月中旬の時点で「史上初の7週連続総合ランキング第1位」、同じく「史上初の計11回の総合1位」を記録しているのだ。
いっぽう、Dynamiteには韓国のこれまでの流れとは明らかに違うものがある。これがどう捉えられているかも気にかかっていた。
【参考記事】韓国のK-POPデータ調査サイトは、同曲の公式MV43億ビュー到達時点で「国別アクセス数では韓国はインドネシア、アメリカ、日本などに次ぐ『6位圏』」と発表。
GANGNAM STYLEとは大きく違う世界的ヒットへの道のり
2020年8月21日にデジタルシングル(インストゥルメンタルと同曲別アレンジの計6曲収録)として発売となった。スポーツ京郷のイ・ユジン記者が言う。
「Dynamiteはそれまで韓国語の楽曲のみを発表してきたBTSが発表した初めての英語の楽曲です。そこにはアメリカのビルボード『HOT100チャート』を狙った戦略がありました。このチャートは現地ラジオでの放送回数が大きなポイントとなるんですが、アメリカのラジオ局は外国語の曲は流さない傾向にあるのです。結局BTSはコアなファンの力に加えて、幅広い層からの支持を得て、ビルボード『HOT100』の1位を記録しました」
これは、同じく韓国人歌手の楽曲で2012年にビルボード2位にまでなったPSY(サイ)の「GANGNAM STYLE」とは大きく違う点だ。この楽曲はパッケージのアルバムが発売となり、PSYは韓国の音楽ランキング番組にも出演。楽曲のテーマも韓国社会の格差の悲哀を歌うものだった。そしてサビ部分の「馬乗りダンス」という象徴的なダンスもあった。
GANGNAM STYLEの大ヒット当時、ソウル市役所前で大型ライブを開催した当時の様子
いっぽうで、Dynamiteは前述の通りデジタルシングルだから手に取れるアルバムは存在しない。英語で歌われ、この楽曲での韓国の音楽ランキング番組での活動は一切なかった(年末の特別番組には出演)。また韓国で「ポイント振付」といわれる象徴的なダンスもなく、そして歌詞の内容では韓国のみを歌っているのではない。
コロナ時代のヒーリングソング
韓国の大手音楽配信サイト「メロン」では、楽曲が公開された当初から「国内向け」としてこういった説明があった。
「防弾少年団が8月21日にデジタルシングル[Dynamite]を全世界で同時に発売する。明るく軽快な雰囲気のジャンル『ディスコポップ』により、ファンのための希望のメッセージを込めた。新型コロナによる無気力感や虚脱感に打ち勝つ”突破口”として防弾少年団はデビュー以来初めて英語で楽曲をこなす新しい挑戦に出た」
コロナからの”突破口”が括弧つきで記されている。イコール「ダイナマイト」ということだ。この曲を、突破口を切り開く気持ちにさせる「ヒーリングソング」とした上で、説明がこう続いている。
「歌詞は些細な日常の瞬間を通じ、日々の暮らしの大切さと人生の特別さを語る。何も計画通りに行かず、時間がただ止まってしまったように見え、大きな声で笑ったのもいつだったのか思い出せない今。誰かの力強い応援を望むときでもある。まるで駆け出したはいいものの、躓いてしまったすべての人の支えとなる曲。重たくはない愉快な言葉で綴られており、聞く人には思わず微笑みが浮かぶだろう」
日常を綴り、それを照らすと歌う
確かに楽曲の冒頭部分では「些細な日常」が描かれている。
「朝 目覚めて靴を履いて ミルクを一杯 さあ始めようか」
さらにサビの部分では
「今夜、僕は星の中にいるから」「僕が照らし出すから」という。
韓国のことだけを歌っているというわけでもない。またこの楽曲はイギリス人が作詞作曲を手掛けた。グループのウリのひとつでもあった「自分たちが作詞作曲」でもない。だからこそ、韓国内でどう捉えられているのか気にかかっていた。
韓国での人気となっている意外な要素とは?
韓国での全般的な反応については、やはり外せない点がある。「スポーツ京郷」イ・ユジン記者はいう。
「Dynamiteはやっぱり韓国の大衆には『ビルボード1位になった曲』としてイメージされていますよね。ファンである"ARMY"以外は「世界1位なら聞いてみようか?」というケースが多いです。また、明るいメロディと歌詞もあって韓国のテレビ局がバラエティのBGMとして多く採用しました。いまや、バラエティにDynamiteが流れていることはすっかりおなじみというところですね」
昨年9月10日には韓国政府文化体育観光部(省)がDynamiteの韓国への経済効果を「1兆7000億ウォン(約1626億円)」とした。米国でのヒットにより、韓国のイメージがアップ。化粧品や食品が3717億ウォン(約356億円)、より多く売れる。これらにより8000人分の雇用が増加するのだと…。
さて、今回は記者以外の5人からも話を聞いた。意図的に若者の音楽を聴きそうにない40代~50代にターゲットを絞った。多くが「自分はそんなに聴かないんだけど」というなかで、どういった印象があるか聞いた。
「私の40代の友人にも結構、カカオトーク(韓国で最も有名なチャットアプリ)のプロフィールページのBGMに使っている人がいますよ。元々のK-POPファンでなくとも。ああ、流行っている曲なんだなと感じさせますね」(ソウル在住の日本エンタメ関係者/女性)
「周囲の同年代、30代や40代の人たちが、『まったくこのジャンルに興味はなかったけど、この曲がきっかけで少し聞くようになってきた』という話を聞きますよ。自分自身もそうですが!」(プサン在住の30代男性)
「新鮮な感じがする曲ですよね。既存の韓国内の流れとは違う感覚というか。韓国内では、道を歩いていても聞こえてくるし、カフェや食堂、ショッピングモールでも本当に聞く機会が多い。コロナのせいで沈んだ雰囲気のなかでこの曲がかかるといい感じになるし、歩いていてもなんだか前に進んでいける気持ちになるんですよね」(ソウル在住の新聞記者/30代男性)
「個人的に関心がなかったのですが、Dynamiteを聴いて、この曲は楽しむようになりました。ダンスのコンセプトが少しレトロな感じがするので、中年の世代にも違和感なく受け入れられました」(ソウル郊外で出版社を経営するキム・ヨナンさん/40代男性)
レトロ、という点は先の曲紹介にあった「ディスコポップ」という点とも一致する部分がある。80年代に流行ったものだからだ。
この点はまた、2020年前半の韓国でのトレンドの流れに乗ったという面もある。
韓国版の演歌といえる「トロット」のオーディション番組が大流行したのだ。1月17日からケーブルテレビの「TV朝鮮」で放映された「明日はMr.トロット」。アマチュア(主におじさん)がチャレンジする姿が大きな共感を呼んだ。最高視聴率35.7%を記録(3月16日放映分)。その後地上波「SBS」での「トロットの神、現れる」などに続いていった。
Dynamiteはその後に韓国社会に現れた「ちょっとレトロな雰囲気もある曲」だったのだ。
「明日はMr.トロット」(TV朝鮮)
「伝わっていない点」もある!
ただし、「英語のみ」「韓国での音楽番組出演は基本的になし」という点の影響のちょっとしたマイナス点は、はっきり言ってある。
この楽曲のメッセージ性「コロナ時代のヒーリングソング」という点は今回の取材ではあまり伝わっていなかった。
「その話、いま初めて聞きました」(ソウル郊外の華城市在住男性/40代)
「後付けの話ではないでしょうか? パッと聞いてコロナ時代のヒーリングソングだという感じはしませんね…BTSが歩んできた道自体が、韓国国民にとっては清涼剤のようなもの。サッカーのソン・フンミンと似ていますよね。だからこの曲が全世界で影響力を持った事自体が『ヒーリング』。そういう意味なのでは?」(ソウル在住の新聞記者男性/30代)
加えて、この曲のヒットにより「韓国ではなかなか観られないグループ」のイメージも定着しているようだ。
「韓国では、簡単な契約で300ものケーブルテレビのチャンネルが観られるのですが、なかなかBTSは出てこないですね…。広告モデルとして見る人たち、というイメージもあります。テレビでは『超高級マッサージチェア』のCMに出演しているのですが…若い彼らが『凝ってるんだよね~』と口にする。周囲の友人と『若いんだから~もう』と言って笑ったこともありますね」(韓国在住の日本エンタメ関係者)
ただし、
「世界的なグループ、とも認識されているから仕方がないと思いますよ。Dynamite公開後にも幾度かテレビで観たような気がします…そのなかでもKBSの9時のニュース出演したことがあって。印象的でした。プライムタイムのニュース番組にボーイズグループが出演、ということが驚きで。新鮮に映りましたね」(ソウル在住の新聞記者男性/30代)
2020年9月20日の「KBSニュース9」出演時。冒頭でキャスターは「非常にお呼びするのが難しい方々を、スタジオにお招きしました」
「国内の確固たる基盤なし」というリスクを甘受しつつ、「最初からアメリカ狙い」という新しい戦略が成功。この点は新しい。「GANGNAM STYLE」、古くは日本の「スキヤキソング(上を向いて歩こう)」とも大きく違う点だ。ただし英語だけに歌の細かいニュアンスまでは伝わりきれていない、という点はある。「スポーツ京郷」のイ・ユジン記者が言う。
「Dynamiteはレトロなポップという現在のPOP市場のトレンドに合わせ、大衆的な人気を狙いました。彼らが主に発表してきたヒップホップダンスというジャンルではないんですよ。結果、いつ聞いても、飽きないスッキリしたリズムとビートが特徴になっていますよね。既存のBTSのファンでなくとも違和感なく聴ける曲だと思います。一言でいうと、Dynamiteはビルボードの順位選定方法と、大衆のトレンドの分析という戦略下に生まれた曲と言えます」
当然、韓国でもそのインパクトは大きかったという。イ記者が続ける。
「BTSは以前なら『ただのアイドルグループ』として彼らを観ていた韓国の男性にも大きな好感を持たれていると思います。なぜなら彼らがアメリカのメインストリームの文化で『東洋の男性』に対する認識変化に大きな印象を与えたと見ているからです。少しずつBTSのグローバルな評価(ビルボード、Spotify、ユーチューブでの最多アクセス数記録)を見て…これはすなわちBTSがPOPミュージックシーンで認められているのだと。これで”代理満足”のような気分を感じているのだと思います。実際に『東洋人の男性の地位が上がった気分』という意見が多いです」
グラミー賞の受賞はなるだろうか? POPジャンルでの授賞式での公演は、韓国の歌手としては初めてだという。
(了)
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】