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プーチン大統領がアサド大統領に退陣を呼び掛けたというのは本当か

室橋祐貴日本若者協議会代表理事
(写真:Kremlin/RIA Novosti/ロイター/アフロ)

FT紙が22日、露プーチン大統領が1月3日に急死したGRU(軍の情報機関)のセルグン長官を12月下旬頃シリアに送り、アサド大統領に辞めることを進言、アサド大統領が激怒して拒否していたと、報道した。西側諜報機関高官2名の証言だとしている。

だが、露の大統領府はこの報道内容を否定している。

その真偽はわからないが、プーチン大統領とアサド大統領の関係性は今どのような状況にあるのか、時系列順に見ていきたい。

アサド大統領がロシアを電撃訪問(昨年10月)

昨年10月20日、シリアのアサド大統領がロシアの首都モスクワを電撃訪問し、プーチン大統領と会談した。アサド大統領が国外に出るのは、2011年3月に内戦が始まって以来はじめてのことで、欧米メディアから大きな注目を集めた。国内でいつクーデターが起きても不思議ではないシリアで、アサド大統領が国外に出るのは異例のことだ。

この会談では、反体制勢力への軍事連携を確認、アサド大統領がロシアがISに対する空爆を開始したことに感謝したと伝えられている。

オバマ大統領がプーチン大統領にアサド大統領の退陣要求(昨年11月末)

昨年11月30日、プーチン大統領と米オバマ大統領が会談し、オバマ大統領がアサド大統領退陣の必要性を改めて訴え、ロシアがシリアで実施する空爆について、ISに標的を絞るべきだと主張した。

プーチン大統領がアサド大統領に退陣要求したと報道(昨年12月後半)

そして、既に述べた通り、プーチン大統領がGRUのセルグン長官を12月下旬頃シリアに送り、アサド大統領に辞めることを進言、アサド大統領が激怒して拒否した、と報道された。時系列で考えれば、オバマ大統領がプーチン大統領に求め、プーチン大統領がアサド政権に進言した、という可能性はある。

さらに、今年に入って重要な発言をしている。

プーチン大統領がアサド大統領のロシア亡命を受け入れてもいいと発言(1月中旬)

1月12日、独ビルド紙のインタビューで、プーチン大統領は、アサド大統領のロシア亡命についてこう答えた。

2013年にロシアに亡命したエドワード・スノーデン氏が亡命した時に比べれば、アサド大統領の方が容易だ。

出典:http://www.theguardian.com/world/2016/jan/12/putin-russia-assad-asylum-snowden

しかし、亡命を受け入れる準備をするには早すぎると付け加えている。

だが、昨年11月に18ヶ月以内に民主選挙の実施が米露などの関係国間で合意され、今月25日にはアサド政権と反体制派によるシリア和平協議が予定されており、アサド大統領の辞任プロセスを考え始めたのは間違いない(和平協議は反体制派のメンバー選定でロシアとサウジアラビアの意見が対立し、開催が遅れると見られているが)。

中東で影響力を増したいロシア

そして、ロシアにとっては、親露政権が重要なのであって、必ずしもアサド大統領である必要はない。

ロシアは昨年9月からシリア空爆に参加したが、その目的は中東におけるロシアの影響力の増大だ。シリアに介入したのは、アサド後のシリアでも影響力を行使するためだ。シリアには、東地中海で唯一のタルトゥース海軍基地が存在し、国益のためにこの基地を守らなければならない。

さらに、シリア介入やアサド大統領を支持することで、中東諸国に対し、アメリカと違って、民衆蜂起側ではなく、指導者と政府側に立つ、というメッセージを伝えようとしている。2015年後半にはエジプト、イスラエル、ヨルダン、クウェート、サウジアラビア、UAEの指導者たちがロシアを訪れ、関係を深めている。

ロシアの空爆参加によってアサド政権の勢力は増している

一方で、アサド政権は勢力を増している。今月20日、米軍のジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長は、弱体化していたアサド政権がロシアの軍事介入によってその立場が逆転し、反体制派から占領地の一部を奪回したと述べた。

アサド政権は昨年9月30日にロシアが介入するまで、反体制派に押し込まれ崩壊が近いと噂されていたが、ロシア介入によって戦況は一変した。ロシアは名目的にはISに対し空爆をしているが、実際は反体制派も含めて空爆を行っている。またISも欧米の空爆などにより劣勢に立たされている。

このような状況下で、欧米やサウジアラビアは1年半以内に発足されるシリアの新政権にはアサド大統領は入らないとしているが、ロシアやイランはアサドが必要だとしており、現状は、イランがアメリカに協力しない限り、アサド大統領に有利に動いている。

こう考えると、昨年末にプーチン大統領がアサド大統領に辞めることを進言した、というのは違和感を覚える。

しかし、事実である可能性も捨てきれない。

プーチン大統領がシリア内戦の解決で重要な役割を果たし、再び国際舞台で主要な国家になることを強く求めれば、アサド大統領には身の安全を確保する代わりに退陣してもらおうとした、と考えても不思議ではない。

欧州は難民受け入れに困惑しており、その原因はシリア内戦だ。もしロシアがこのシリア内戦を解決したとなれば、ロシアに対する評価も大きく変わると思われる。

だが、現在のシリアにはアサド大統領の後任になりうる存在はいない。今アサド大統領がいなくなれば、イラクなどと同様に崩壊してしまうリスクもある。またイランがアサド側に立つ可能性も高い。

そうなれば、ロシアはアサド大統領、そしてシリアを見捨てたと見られかねず、ロシアがそのリスクを負う可能性は低い。

死人に口なしで、真偽を確かめることは難しいが、ロシアの中東での立ち位置を不安定にさせ、アサドを大統領から降ろすために、欧米がこの情報を流した可能性が高いように思える。

だが、どちらにせよ、ロシアが再び主要な意思決定プレイヤーになりつつあることに違いはない。

日本若者協議会代表理事

1988年、神奈川県生まれ。若者の声を政治に反映させる「日本若者協議会」代表理事。慶應義塾大学経済学部卒。同大政策・メディア研究科中退。大学在学中からITスタートアップ立ち上げ、BUSINESS INSIDER JAPANで記者、大学院で研究等に従事。専門・関心領域は政策決定過程、民主主義、デジタルガバメント、社会保障、労働政策、若者の政治参画など。文部科学省「高等教育の修学支援新制度在り方検討会議」委員。著書に『子ども若者抑圧社会・日本 社会を変える民主主義とは何か』(光文社新書)など。 yukimurohashi0@gmail.com

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