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なめるなよ「0増5減」

田中良紹ジャーナリスト

ついに選挙無効の判決が出た。25日の広島高裁は昨年末の衆議院選挙を「違憲」として広島1,2区の選挙を無効とする判決を下した。翌26日には広島高裁岡山支部が岡山2区を選挙無効とした。2年前に最高裁が小選挙区の区割りを「違憲状態」と判断したにもかかわらず、その区割りのまま選挙をした事に対する断罪である。

私は昨年解散が決まった日のコラム「違憲総選挙の行方」で、「裁判所が選挙無効の判決を出す可能性」に言及し、「選挙無効になれば違憲選挙に踏み切った民主党だけでなく、違憲状態のまま早期解散を迫った自公両党の責任も問われることになる。国民は無効になるかもしれない総選挙を民主、自民、公明が3党で仕組んだことを腹に収めて投票に臨まなければならない」と書いた。

不幸なことに選挙が違憲である事の是非を巡る議論は巻き起こらず、選挙は民主党政権の実績評価だけが突出した争点となった。その結果民主党は惨敗したが、しかし自公も前回選挙より獲得票を大きく減らし、戦後最低の投票率に終わった。国民の中にはこの選挙に参加する事をためらわせる無意識の意思とでもいうべきものが働いていたのかもしれない。

ともかく昨年末の総選挙について、各地の裁判所は合憲とする判決を一つも出さず、無効とする判決まで下された事は、現在の政治の正当性に疑問符がつく。この選挙で当選した議員たちは胸を張れる立場になく「日陰者」である事を自覚すべきである。ところがその「日陰者」たちが「0増5減」案の早期成立を画策していると言う。

広島高裁判決の後で原告の弁護士が「裁判所としては『なめるのもいいかげんにしろ』という事ではないか」と語ったが、「0増5減」の公職選挙法改正案は政治が裁判所をなめているからこそ作られた弥縫策で、それを自公政権は反対の野党を国民に批判させる党利党略の道具にしようとしている。「日陰者」たちはそこまで裁判所をなめきっているのである。

2年前の最高裁判決は、09年の衆議院選挙での一票の格差2.3倍を違憲状態として、47都道府県に1議席を割り当てて残りを人口で配分する「一人別枠方式」を元凶と断じた。ところが選挙制度を改革する与野党協議はまとまらず、一方で消費増税を国際公約した野田政権は自公との3党合意を図るため早期の解散を約束させられた。

この時、民主党が考えていたのは抜本的な選挙制度改革と議員定数の削減だったが、自民党は一時的に格差を2倍未満に出来る「0増5減」を提案し、3党合意を優先するため民主党はそれを丸呑みにした。しかし「0増5減」は最高裁が格差の元凶とした「一人別枠方式」の見直しを行うものではない。つまり「0増5減」は裁判所の判断に従わず、努力するポーズを見せれば裁判所が「選挙無効」にしないだろうと高をくくった結論なのである。

昨年11月14日の党首討論で、野田総理は自公の「0増5減」案だけを先に成立させ、選挙制度改革と定数削減を次の国会で成立させる事を解散の条件にした。そして解散当日の16日に「0増5減」の公職選挙法改正案が急きょ成立した。それは与野党がこの違憲総選挙を「無効」にさせないためのアリバイ作りである。そこには選挙を「無効」にすれば政治の混乱を招いて国民生活に不利益になり、裁判所はそこまで出来ないと見た政治家たちの驕りがある。

しかし今回の判決で岡山支部は、昨年11月の「0増5減」の法案成立を「投票価値の格差是正のための措置を行ったとは言い難い」と批判し、議員不在になったとしても「長期にわたり投票価値の平等に反する状態を容認する弊害に比べて政治的混乱が大きいとはいえない」と踏み込んだ。政治の対応は司法をなめるにもほどがあるという事である。

一票の価値を巡っては、それを厳密にすると過疎地を代表する政治家の数が減り、地方が政治から切り捨てられると懸念する声がある。政治家は国民を代表するのか、地域を代表するのかという問題だが、昔、田中角栄氏は人口に面積を加味した選挙制度を作るべきだと主張していた。人口比例だけだと地方に政治の恩恵が行き渡らなくなると言うのである。人口と面積をどういう比率にするかを国会で決めるべきだと言っていた。

一方、アメリカでは国民の代表で構成される下院と州の代表で構成される上院があり、国民の代表が選出される下院は一票の格差を許さない。10年ごとの国勢調査で選挙区の区割りが変更され、一票の価値は平等になる。しかし上院は人口の多少にかかわらず各州2名の議員が選ばれ、こちらは一票の格差を問題にしない。

これを日本に当てはめれば衆議院は国民の代表、参議院を地域の代表にし、一票の格差をなくす衆議院と一票の格差を問題にしない参議院との組み合わせになる。ところが日本では参議院選挙の一票の格差も問題にされていて、衆議院と参議院の区別がつかなくなる。

戦後初の政権交代を巡って、国民は衆参の「ねじれ」による政治の停滞をいやというほど見せつけられてきた。それは日本の民主主義の設計に問題があるという事である。この際、衆議院と参議院に何を代表させ、どのような機能を持たせ、そのために選挙制度はどうするか、抜本的な民主主義の設計図を作成する作業に政治は取り組んだらどうか。

安倍政権が憲法改正を言うのなら直ちに必要なのは、与えられた民主主義ではなく、自らが作り上げる民主主義の設計図を書く事である。デフレ脱却は日銀の責任だし、TPPは官僚に任せれば良いわけだから、政治がやるべきは「0増5減」などという司法をなめきった弥縫策を党利党略に利用する事ではなく、歪みだらけの日本の民主主義を根本から作り直す作業に取り組む事である。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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