なぜサラリーマンは新幹線に乗るとビールを飲みたくなるのか? (しかも昼間から)
毎年、100回以上も新幹線に乗る機会があるため、新幹線の中でサラリーマンたちが美味しそうにビールを飲む姿を毎日のように見かけます。私自身は飲まないですが、ビールを飲む姿に昔から違和感を覚えたことはありません。新幹線の中で何を飲もうが乗客の自由であるし、そもそもホームの売店でも、車内販売ワゴンサービスでもビールを売っているわけですから、出張帰りについついビールを飲みたくなる気持ちはわかります。
しかし私は、あるときから違和感を覚えはじめました。
東京から名古屋へ向かう最中に、隣に座るサラリーマンがビールを取り出して飲みはじめたのです。時刻を見ると夕方の4時。
「4時か……」
新幹線でビールを飲むのはけっこうだが、夕方の4時から飲むか? と純粋に思ったのです。そして「もしかして我慢できない人?」「アルコール依存症?」などと勘繰りはじめました。
「この人は名古屋で降りるのだろうか。名古屋には夕方の5時40分過ぎに到着するから、もし名古屋に本社があるなら出社せずにそのまま帰宅するのだろう。新大阪まで行くのなら6時半か。それならいいのかもしれないが。いや、待てよ。新大阪まで乗るなら4時からビールを飲んでもいいのだろうか。いくら移動中とはいえ、いま、業務時間中なのではないか?」
いろいろなことを私は考えてしまいました。いつも早朝か、夜遅くにしか新幹線に乗らなかったため、4時からビールを飲むサラリーマンの姿にとても違和感を覚えたのです。ところがその後、昼過ぎとか夕方に新幹線に乗って、ビールを飲んでいる人を見かけるときがあり、あのときのサラリーマンは珍しくないのだということを知りました。
「3時だよ、おい。いま3時だよ、昼の。どうしてこの時間からビールを飲むわけ? 午後から年休をとってるのか?」
隣の席からシュポッ!と缶ビールを開ける音が聴こえると、なんだかしっくりこないものを感じます。まだ昼間だからです。風貌を見ても、普通のサラリーマン風の方。アルコールに依存しているようには見えず、単純に新幹線に乗ると何となくビールを飲みたくなる的な感覚で、ビールを買ってつまみを頬張りながらビールを楽しんでいる、そんな感じです。周囲を気にする様子もありません。しごく当たり前のように500mlのビールを2本ぐらいグビグビいくのです。
一度、疑問に思いはじめると、ドンドン周囲を観察する癖がつきます。昼の2時や3時から新幹線の中でビールを飲むサラリーマンは少数ではありますが、その後、想像以上には多いことがわかりました。決して珍しくはありません。昼の11時ぐらいから飲んでいる人がいますが、さすがに特殊なケースでしょうか。スーツを着ているので、一般的な出張のために新幹線を利用していると想像しますが、午前中からビールなんて、ちょっと驚くなという感想を持ちます。業務時間内でも新幹線で移動中ならビールはOKなのか? ここに上司が現れたら「部長、部長もビール一杯いきますか?」などと誘うのだろうか? いや、誘わないだろう。新幹線の中では堂々と飲んでいますが、職場の人に見られたらマズイはずだ、と私は思っています。
この「新幹線に乗ったらビール」というのは、「文脈効果」という心理効果が働くからです。
マーケティングにおける「文脈効果」はとても興味深い現象です。商品が同じでも、見せ方や周囲の環境によって、商品の価値が変動する心理効果だからです。海の家へ行けばラーメンが食べたくなり、コンサート会場へ行けばパンフレットを買いたくなり、観光地へ行けばお土産が欲しくなる。多かれ少なかれ、こういう経験は誰にでもあることでしょう。前後の刺激の影響で、対象となる刺激の知覚が変化するのです。
●●へ行くと、ついつい▲▲▲をしたくなる
という心理現象を「文脈効果」と言います。私はお風呂屋さんに行くと、ついついコーヒー牛乳が飲みたくなります。それと同じように、一定数のサラリーマンは新幹線に乗るとついついビールを飲みたくなるのです。
普段から、夕方の3時や4時からビールを飲むかというと、そうではないのでしょう。新幹線に乗ると何となく欲しくなる。それが普通だよね、という不思議な心理現象が「文脈効果」なのです。ビールは当然、ジュースやお茶に比べて単価も高く、利益率もいい。しかもビール単体ではなく、お菓子やチョコレートよりも高額なおつまみも一緒に購入してもらえる。ビールを2本も買えば、客単価が1000円近くになる場合もあるでしょう。マーケティング的には”おいしい”話です。
この心理効果は、JR東海やJR東日本、JR西日本などに膨大な収益をもたらしています。日本経済の大動脈である新幹線の中で、膨大な量のビールが消費され、経済を潤しているかもしれませんが、昼過ぎからのビールはあまり健康によくなさそうですので、ほどほどがよいように思います。