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なぜ「カワウソ」は賢いのか〜実験でわかった彼らの社会学習

石田雅彦科学ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 草食動物や被捕食生物が群を作るのはよく知られている。だが、肉食生物の多くは単独行動だったり、あまり社会的な群を作らない。

集団で狩りをするカワウソ

 肉食の生物で群を形成する場合、資源量が豊富だったり、社会的な行動で共同して狩りをするなどの理由がある。ライオンやオオカミといった肉食哺乳類の例をみればわかるが、資源量と狩りを成功させる方法に依存した微妙なバランスで群が生存できるというわけだ。

 資源量は捕食する対象の数と大きさにも影響される。狩ることのできる獲物がたくさんいれば相手の身体は小さくてもいいが、肉食獣の身体の大きさや群の個体数をまかなうためにより大きな獲物を必要とする場合もある。ライオンやオオカミはヌーやキリン、シカなど、自分よりも身体の大きな獲物を狙う傾向があり、アシカやアザラシなどの海棲哺乳類は資源が豊富な海で暮らすため小魚でも量を確保できるだろう。

 カワウソも肉食で、その多くの種が共同して狩りをする。オオカワウソ、ビロードカワウソ、コツメカワウソなどは両親とその子どもという数匹から十数匹程度の家族単位で生活することが知られ、群で小魚や甲殻類などの獲物を囲い込んで捕食する。

 英国のアングリア・ラスキン大学などの研究者が、アジアのビロードカワウソとコツメカワウソで調べた研究(※1)によれば、ビロードカワウソでは若い個体が大人の真似をすることで学び、さらに社会学習によって獲物の狩り方を新たに考え出す可能性のあることがわかった。一方、コツメカワウソでは社会学習の効果がわからなかったという。

 実験されたのは、英国の動物園やサファリパークで飼われている7頭のビロードカワウソの1群、コツメカワウソの5頭と6頭の2群、コツメカワウソの群ではない個体飼い6頭だ。研究者は、情報セキュリティでも使われるネットワークの挙動分析をベースにした検出エンジン(network-based diffusion analysis、NBDA)により、カワウソ同士のタスク・ソリューションを社会的な学習伝達の観点から評価した。

 カワウソたちは、タッパーのようなプラスチック製容器に入れられた餌をどのように採るかというタスクの解決が、社会学習や情報伝達、新たな方法の創成といった要素から観察された。ビロードカワウソの1群に対してのプラスチック製容器は、単純な蓋付きのもの、4カ所がクリップで閉じられたもの、スクリュー式の蓋のもの6種類のタスクが用意された。

 コツメカワウソにはこれらとは異なり、より難しいタイプのプラスチック製容器4種類のタスクで実験された。どちらのプラスチック製容器にも餌であるサカナの頭や昆虫の幼虫、ニワトリの脚が入っている。

方法を真似て情報を伝えるカワウソ

 実験の結果、ビロードカワウソの1群は与えられたタスクの全て、つまりネジ式の蓋がついた難しいタスクを含めた6種類のプラスチック製容器全てを開けた。その様子を評価したところ、7頭の個体がバラバラに試行錯誤をした結果、偶然に開いたのではなく、そのほとんどでお互いの開け方を真似ながら次第に開け方を工夫していたという。

 さらに、いったん開け方がわかると、その情報がほかの個体へ伝播し、拡がっていった。また、簡単な4種類のタスクでは、主に若い個体が協調して問題を解決する傾向があったのに比べ、より難しい2種類のタスクでは年代の違いは認められなかったという。

 コツメカワウソの実験では、真似したり相互に協力し合ったりする様子は少なく、個々バラバラにタスクを解決する傾向があった。個体ごとのネットワーク接続はほとんどなく、真似するようなことも見られなかったようだ。もっとも、タスクの解決に要した時間はビロードカワウソの群もコツメカワウソの3群もそれほどの違いはなかった。

 コツメカワウソに与えられたタスクのほうが難しかったことを考えれば、必ずしもビロードカワウソよりコツメカワウソのほうが劣っているわけではない。また、オスよりメスのほうがタスク解決の能力が優れ、それはコツメカワウソのメスでより顕著だった。

 研究者は、この2種のカワウソの比較は慎重に行わなければならないといっている。野生状態の観察ではないこともあるが、実験の方法が異なっていたこともあり、ビロードカワウソとコツメカワウソの採餌行動の違いも影響しているかもしれないからだ。

 また、ビロードカワウソが、より難しい最後の2つのタスクで社会学習を使わなかったことは、社会学習をしないことによるコスト回避の原則に反する。これは最初のより容易な4つのタスクで経験と学習を積んでいたためともいえるが、コツメカワウソで社会学習をしなくてもタスクを解決したことと照らし合わせ、タスク自体が簡単過ぎた可能性も捨てきれない。

社会学習の重要性

 つまり、カワウソ、そしてコツメカワウソは人間が考えていたよりずっと「頭がいい」というわけだが、カワウソを使った社会学習の研究はまだ始まったばかりだ。少なくとも若い個体が大人の個体の真似をし、社会学習をしてタクスを解決することはビロードカワウソの実験で明らかになったと研究者はいう。

 我々人間を含む社会的な生物は、他者との関係性を学びながら育つ。この学習では、親が子へ、兄弟姉妹同士が相互に、あるいは同じ種の大人が若い個体へ、といったように生きていくための情報を伝達することが多い。

 また、こうした学びから独自の行動へ発展させる個体もいる。これは一種のイノベーションだが、遺伝的に受け継がれてきた行動とは別に学習や経験をもとにして自分なりの方法を開発することも社会的な生物の特徴といえるだろう(※2)。

 生まれた直後や幼い期間に、親や兄弟姉妹、あるいは同じ種の仲間と引き離された個体は、こうした社会学習を学ぶ機会を逸してしまう。仲間と一緒の環境へ戻されても、なじめなかったり受け入れられなかったりするのはそのためだ。

 現在ではイヌやネコは出生後56日を経過しない個体の販売が禁止(動物愛護法22条の5)されているが、以前は生後すぐに飼い主へ引き渡される個体も多かった。そうしたイヌやネコは、咬む程度がわからず加減を知らなかったりする。

 長い時間をかけて家畜化されてきたイヌやネコでさえそうなのだから、カワウソなどの野生生物はなおさらだ。社会的な生態を持つカワウソは、同じ仲間と一緒に暮らすことが最も幸せだろう。

※1:Zosia Ladds, et al., "Social learning in otters." Royal Society Open Science, DOI:10.1098/rsos.170489, 2017

※2:Lauren M. Guillette, et al., "Social learning in nest-building birds: a role for familiarity." The Royal Society, Proceedings B, Vol.283, DOI:10.1098/rspb.2015.2685, 2016

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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