【コーヒーの歴史】日本に渡った黒い液体!―コーヒーが紡ぐ文化と喫茶の歴史―
日本に初めてコーヒーが伝来したのは、江戸時代の徳川綱吉の頃とされております。
長崎の出島でオランダ人が振る舞ったのが最初と伝えられ、大田南畝はその味を「焦げ臭くて味わうに堪えない」と評しているのです。
コーヒーが日本人の舌に馴染むには、まだ長い時が必要でした。
明治に入ると、横浜や神戸で外国人によるコーヒーハウスが営業を始め、コーヒーは西洋文化の象徴として庶民にも徐々に広まっていったのです。
現代の喫茶店の原型ともいえる「可否茶館」が開店したのは1888年のことでございます。
外務省を辞した鄭永慶が東京・上野に開いたこの店は、トランプやビリヤード、新聞などを揃えた複合型の空間で、文化交流の場を目指しました。
しかし、蕎麦が一銭で食べられる時代にコーヒー一杯が一銭五厘という価格設定では、庶民にとっては高嶺の花。
経営が振るわず、鄭は事業の失敗と共に日本を去ったのでございます。
その後、大正から昭和にかけて喫茶文化は次第に成熟を見せました。
銀座には美人給仕を揃えた「カフェー・ライオン」、学生街の神田には知的な雰囲気の店が軒を連ねたのです。
一方で、飲食以上のサービスを提供する「特殊喫茶」も現れ、カフェ文化は「純喫茶」との二極化が進んでいきました。
しかし、戦時体制の影響で1938年にはコーヒーの輸入が制限され、代用コーヒーが用いられるようになり、喫茶店の多くが閉店を余儀なくされます。
戦後、日本に喫茶店文化が復活を遂げるのは1947年頃からでございます。
米軍の放出品や代用コーヒーが提供される中、1950年の輸入再開によって本格的なコーヒーが再び庶民の手に戻りました。
1960年代には個人経営の喫茶店が大流行し、店主のこだわりが店ごとの個性として人々を惹きつけたのです。
そして1970年代以降、チェーン店の登場やセルフスタイルのカフェ、さらに平成にはシアトル系カフェの波が押し寄せ、コーヒーはすっかり日本の生活に欠かせないものとなりました。
日本に伝来したコーヒーは、時代と共にその姿を変えながら人々の暮らしに溶け込み、今では誰もが日常で楽しむ飲み物となったのです。
その一杯には、異国からの旅路と日本で紡がれた文化の物語が込められているのでございます。
参考文献
マーク・ペンダーグラスト著、樋口幸子訳(2002)『コーヒーの歴史』河出書房新社