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【解読『おちょやん』】明日海りお演じるルリ子が凄かったアドリブ合戦 鶴亀は次のステップへ

碓井広義メディア文化評論家
(写真:grandspy_Images/イメージマート)

「鶴亀家庭劇」の旗揚げ公演に向けて動く、千代(杉咲花)や一平(成田凌)たち。

しかし、千之助(星田英利)は黙っていません。一平が書いた台本に代って、自作を上演することを主張。

しかも舞台では、その台本通りの芝居をせず、皆を混乱させます。

『おちょやん』第10週(2月8日~12日)は、「喜劇」の面白さに目覚めていく千代の奮闘記でした。

「手違い噺(ばなし)」は実在の芝居!

「鶴亀家庭劇」の旗揚げ公演。演目は千之助が書いた『手違い噺』です。

この芝居のポイントは、泥棒に斬り落とされた、旦那(千之助)の腕と使用人(一平)の腕を、ヤブ医者(曾我廼家寛太郎)が取り違えてくっつけてしまったことにあります。

旦那が右手を上げようとすると、使用人の右手が動いてしまう。困った2人の掛け合いが笑いを呼ぶはずでした。

しかし、意気込みだけはあるものの、寄せ集めのメンバーで構成された「鶴亀家庭劇」。とても一枚岩とは言えず、芝居そのものも、お客さんにウケません。

焦った千之助は、「見せ場」になると、台本を無視してアドリブに走ります。

「見せ場」とは、旦那の浮気現場に妻の高峰ルリ子(明日海りお)が踏み込んでくるところです。

千之助は段取りとは異なる場所から登場したり、セリフも瞬間的に作っていきます。他のメンバーは大混乱ですが、お客さんは大笑いでした。

実は、この『手違い噺』という芝居、当時の「松竹家庭劇」で上演された、実在のものなのです。

ドラマの千代は女中さんの役ですが、モデルの浪花千栄子が演じたのは旦那の妻の役でした。

松竹新喜劇は、『手違い噺』を戦後になっても上演を続け、夜の部の最後を飾る演目になったりしていました。創始者たちへのリスペクトを感じますね。

女優・高峰ルリ子の「反乱」

第10週で一段と存在感を高めたのが、新派劇出身の女優・高峰ルリ子であり、それを演じる宝塚出身の明日海りおさんです。

あの強烈な「カメラ目線」からは誰も逃げられません。

千之助の芝居観や喜劇観と最も対立したのがルリ子でした。

千之助、いわく・・・

「喜劇はな、お客さん笑かして、なんぼや!」

さらに、

「ホン(台本)なんて、見取り図に過ぎん!」

と豪語します。

「やっぱり喜劇なんてやるんじゃなかった!」と出ていくルリ子。しかし、彼女がいないと芝居が成立しません。

悩んでいる千代にヒントを与えてくれたのは、「岡安」の女将シズでした。

「相手に笑って欲しかったら、まず自分が笑わんとな」

千代はルリ子と2人だけで話をしてみます。

ルリ子が語ったのは、かつて劇団の主宰者で恋人だった男性と主役の座の両方を、映画出身の若手女優に奪われた過去でした。

ルリ子が何より傷ついたのは、若手女優が流した噂(自分を絞め殺そうとしたなど)を、愛した男が信じてしまったことだったのです。しかも、その女優が千代に似ているのだと。

そんなルリ子に向って千代が言います。

「うちは裏切ったりせえへん。こないなことで女優やめたらあかん!」

千代の真情は、ルリ子の凍りついた心を、じんわりと溶かしていきました。

そうそう、このシーンのラストに登場した猫。ほんと、いい芝居してましたね(笑)。

千代たちと千之助の「笑かし勝負」

ルリ子は戻りましたが、一同と千之助の対立は「笑かし勝負」に発展します。客に投票用紙を配り、よかった役者の名前を書いてもらって、その数によっては千之助が座長になるというのです。

ところが、みんながどんなに頑張っても、千之助を超えることは出来ません。ルリ子も「悔しいけど、(千之助は)すごい」と認めます。

そんな千代たちの前に現れたのが、なんと師匠の山村千鳥(若村麻由美)でした。

「なぜ、ここに?」と聞く千代に、

「嫌がらせに決まってるでしょ!」

と千鳥。やはり、いいですねえ、若村さん。

ここで千鳥は、千代たちにとって、決定的なアドバイスの言葉を残します。

「演じるということは、役を愛した時間そのものよ!」

千代たちは、これまで自分たちが演じる人物像について、深く考えてこなかったことに気づきます。それぞれに、役の「深掘り」を始めました。

『手違い噺』の千秋楽。芝居小屋には、「岡安」や「福富」の面々だけでなく、大山社長(中村鴈治郎)や須我廼家万太郎(板尾創路)も来ています。そして、舞台袖には千鳥の姿も。

この日の千之助は、いつも以上に過激でした。旦那が、浮気しているのは自分ではなく、取り巻きの一人でもあるヤブ医者だと言い出したのです。

千代も、ルリ子も「開眼」!

台本と違っているだけでなく、それまでのどんなパターンよりも難しい局面でした。

しかし、千代もルリ子も香里(松本妃代)も、自分自身ではなく、役柄の人物として考え、言葉を発し、動いていきます。みんなが役を生き始めたのです。

火花散る、アドリブの応酬。

千之助が心の中で「さあ、どうする?」と言いながら投げたボールを、千代たちも心の中で「うん、そう来たか!」と言いながら打ち返す。

そんな心の声である「インナーボイス」も炸裂し、みんなが弾けまくります。

特に、ルリ子が凄かった。妻が旦那への思いを語るくだりで、かつて恋人に裏切られた時の気持ちを重ね、役柄を通じて自分をさらけ出したのです。

「首絞めたりしてへん! ただの噂だす。誰に、どない思われようと構しまへん。あなただけは信じて欲しかった」

しかも、つい「彦一郎さーん!」と、かつての恋人の名前を呼んでしまい、「しもた」と漏らします。この瞬間のルリ子が可愛い。

「しもたと言うたら、あきまへんがな」と千代がフォローして、客席は大爆笑。結果的に芝居は大成功でした。

千代たちに声をかけずに去ろうとする千鳥。鶴亀社員の熊田(西川忠志)に呼びとめられて、言います。

「会っても言うことないから」

初めて千代を認めてくれたんですね。おおきに、千鳥はん!

さらに楽屋では、千之助がみんなに告げます。

「わしと一緒にやるねんやったら、次はもっと笑かさな、承知せえへんぞ!」

さすが、『半沢直樹』の脚本家、八津弘幸さん。この第10週も、起伏にあふれた展開と、大事な場面での名セリフが堪能できました。

次週、千代たち「鶴亀家庭劇」は、次のステップへと進んでいきます。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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