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成長期の「野球肘」をAIで初期に高精度の検出。京都府立医大などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 小中高校生やリトルリーグなど、成長期の野球選手に特有な怪我(障害)がいわゆる「野球肘」だ。初期の診断が難しい病気だが、京都府立医科大学と兵庫県立大学の研究グループが超音波画像とAI(人工知能)によって初期段階で高精度に検出するアルゴリズムを開発した。

成長期に多い野球肘

 野球は依然として国民的スポーツの位置づけであり、就学前から野球を始めるような選手も少なくない。小中高校やリトルリーグなど、成長期の野球選手によくみられるのが野球肘(上腕骨小頭離断性軟骨炎)だ(※1)。

 野球肘は、主にボールを投げる動作によって生じる肘の関節の軟骨組織や骨軟骨の怪我(障害)のことだ。肘の障害は、傷害が起きる部位によって内側型、外側型、後方型に分類されるが、野球肘は主に外側の障害で肘の外側が痛くなったり、肘が伸びにく、あるいは伸びないといった症状を引き起こす。

 日本で小中学校時で野球肘(上腕骨小頭離断性軟骨炎)と診断される割合は、調査によって異なるが全選手の3%前後とされる。野球肘に限らず、単に肘の痛みを訴える選手でいうと、これまでの大規模調査では、6歳から13歳までを対象にしたもので36.6%、6歳から17歳までを対象にしたもので20%、中高生を対象にしたものでは57%だった(※2)。

 野球肘のような症状は、いわゆるテニス肘のように野球に限らず他のスポーツでもみられるが、症例の報告は圧倒的に野球が多い。他のスポーツでは自然治癒するケースが多いが、野球を続けることで肘の関節への負担も継続され、野球肘が悪化するようだ。

 野球肘は、発症の初期段階で自覚症状はそれほどなく、痛みなどの症状があらわれた時にはすでに病気が進行し、外科手術が必要になるようなケースも少なくない。初期に検出できれば、数ヶ月から1年程度、投球動作をしないことでその多くが回復するが、進行した場合に治る割合は約半数という。

野球肘をリアルタイムで自動検出

 多くの画像診断には専門的な技術や経験などが必要だが、野球肘を初期に検出するための超音波検査も同様で、検出できる割合もまだ低く、専門医も不足している。そのため、発見が遅れ、進行した状態でプレーを続ける選手も多くなっている。

 超音波検査は医師以外の医療職でも資格を持っていれば可能なので、野球肘の超音波検査の経験が浅い場合でも簡単に利用することができ、専門医と同じ程度の高い診断精度を持つ診断支援システムがあればもっといい。

三次元CTによる野球肘(上腕骨小頭離断性軟骨炎、赤円)と超音波検査による画像診断の様子(右下図の白三角が野球肘)。京都府立医大のリリースより
三次元CTによる野球肘(上腕骨小頭離断性軟骨炎、赤円)と超音波検査による画像診断の様子(右下図の白三角が野球肘)。京都府立医大のリリースより

 そのため、京都府立医科大学と兵庫県立大学の研究グループ(※3)は、超音波検査の画像から野球肘を早期に検出するリアルタイム自動検出のアルゴリズムを開発し、デジタル医療分野の国際雑誌に発表した(※4)。これは、AI(人工知能)の深層学習(ディープラーニング)と物体検出アルゴリズムを使った技術で、学習データには成長期の野球選手の肘関節後方長軸の超音波画像を使用。また、精度を高めるため、京都府立医科大学の野球肘治療の専門医(運動器機能再生外科学)からもより正確な学習データが提供された。

 超音波検査の画像は全体から野球肘を識別せず、検出精度を上げるために専門医の診断と同じように骨表面に限定して野球肘の有無を識別した。そのため、画像全体からの識別より高い正確度で検出することができたという。

AIによる超音波検査画像の野球肘の検出。左の赤く表示された部位が野球肘。京都府立医大のリリースより
AIによる超音波検査画像の野球肘の検出。左の赤く表示された部位が野球肘。京都府立医大のリリースより

 野球肘の原因はまだよくわかっていない。リスク要因としては、ポジションは投手・捕手、投球数過多、年齢、身長の増加、遺伝、血行障害、内分泌異常などが考えられているようだ(※5)。

 野球肘は初期に発見し、適切な治療を受ければ治る。最近になって、全国各地で整形外科の医師や理学療法士、栄養士などによるリトルリーグや小中高校の野球選手を対象にした野球健診が行われ始めているが、超音波検査の画像で簡単に正確な診断ができる技術は野球を続けられなくなる選手を一人でも少なくするために重要だろう。

 同研究グループは、AIによるリアルタイム自動検出システムが導入されれば、野球肘の検出効率を大幅に向上させることが期待でき、健診の時間短縮、人的資源やコストの効率化や削減などもできる可能性があるという。今後も研究を継続するため、産学連携などによるシステム開発も歓迎しているそうだ。

※1:B G. Brodgen, et al., "Little League elbow" American Journal of Roentgenology, Vol.83, 671-675, April, 1960
※2:Kenichi Otoshi, et al., "Age-Specific Prevalence and Clinical Characteristics of Humeral Medial Epicondyle Apophysitis and Osteochondritis Dissecans: Ultrasonographic Assessment of 4249 Players" Orthopedic Journal of Sports Medicine, doi.org/10.1177/2325967117707703, 24, May, 2017
※3:京都府立医科大学大学院医学研究科運動器機能再生外科学(整形外科学)木田圭重助教、同大学院生、髙辻謙太、高橋謙治教授、兵庫県立大学先端医療工学研究所、小橋昌司所長ら
※4:Kenta Sasaki, et al., "" International Journal of Computer Assisted Radiology and Surgery, doi.org/10.1007/s11548-023-03040-8, 17, January, 2024
※5-1:堀内俊樹ら、「野球肘健診の調査結果と今後の展望」、理学療法科学、第33巻、第6号、969-973、2018
※5-2:長澤誠ら、「野球健診で発見された上腕骨小頭離断性骨軟骨炎例の特徴」、肩関節、第42巻、第2号、2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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