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賭け麻雀問題に現場記者らが声をあげた 組織超え署名集め、信頼される報道を目指した公開シンポを開催へ 

古田大輔ジャーナリスト/ メディアコラボ代表
noteで公開された「ジャーナリズム信頼回復のための提言」

報道のあるべき姿とは何か。新聞記者と東京高検検事長の「賭け麻雀」事件を受けて、現役・元記者やメディア研究者らが実名で声をあげた。「ジャーナリズム信頼回復のための提言」をまとめて公開。日本新聞加盟社に送付し、17日にはシンポジウムを開催するという。

組織の壁を超え、現場の声も交えた改善への動きは、これまでほとんどなかった。提言書には発起人6人と、賛同人135人の名前が連なっている(7月11日現在)。

賛同者をさらに募っており、その入力フォームも公開している。

提言は今回の賭け麻雀が単独の問題ではなく、日本メディアの職業文化に根ざしていると指摘し、抜本的な改革を求めている。

問題視されている職業文化とは何か。

「オフレコ取材」偏重が生む5つの問題

記者が関係者に水面下で関係者に近づいたり、閉ざされた記者クラブ内の懇談で共有されたりして得た情報を匿名で報じる「オフレコ取材」が重視され、評価される。提言書はそういう現状が5つの問題につながっていると指摘している。

  • 権力との癒着・同質化
  • 記者会見の形骸化・情報公開制度の活用軽視
  • 組織の多様性の欠如
  • 市民への説明不足
  • 社会的に重要なテーマの取りこぼし

水面下取材で関係性を作ろうとするあまり癒着や同質化を招くという批判は、昔からあった。そういったオフレコ取材の偏重が「表の取材」つまり、記者会見での質問や情報公開制度の活用の軽視につながっているという批判も長年続いている。

今回の提言ではそれに加えて「多様性の欠如」「説明不足」「テーマの取りこぼし」が指摘されている。これらは何を意味するのか。

水面下の取材は、早朝や深夜に取材相手の自宅や食事などの密会が常套手段だ。それは、長時間労働やセクシャルハラスメントの温床ともなってきた。結果として辞めたり、違う持ち場を選んだりする人たちもいる。残った人たちはその取材手法をある程度受け入れることとなり、多様性を欠いていく。

多様性を欠き、早朝深夜の取材に忙殺される現場では、新たな社会課題に取り組む余力も失われていく。

そして、今回の問題も含め、取材現場はいかなる原則や手法で情報を得ているのかの市民への説明不足は、信頼感の喪失に繋がる。情報源が新聞やテレビや雑誌やラジオに限られていた時代とは違う。新聞やテレビも検証される時代だ。

では、これらの問題をどのように改善していくべきか。6つの方針が提言されている。長いが、重要な部分なのでそのまま引用する。

開かれたジャーナリズムを目指す6つの提言

●報道機関は権力と一線を画し、一丸となって、あらゆる公的機関にさらなる情報公開の徹底を求める。具体的には、市民の知る権利の保障の一環として開かれている記者会見など、公の場で責任ある発言をするよう求め、公文書の保存と公開の徹底化を図るよう要請する。市民やフリーランス記者に開かれ、外部によって検証可能な報道を増やすべく、組織の壁を超えて改善を目指す。

●各報道機関は、社会からの信頼を取り戻すため、取材・編集手法に関する報道倫理のガイドラインを制定し、公開する。その際、記者が萎縮して裏取り取材を控えたり、調査報道の企画を躊躇したりしないよう、社会的な信頼と困難な取材を両立できるようにしっかり説明を尽くす。また、組織の不正をただすために声を上げた内部通報者や情報提供者が決して不利益を被らない社会の実現を目指す。

●各報道機関は、社会から真に要請されているジャーナリズムの実現のために、当局取材に集中している現状の人員配置、およびその他取材全般に関わるリソースの配分を見直す。

●記者は、取材源を匿名にする場合は、匿名使用の必要性について上記ガイドラインを参照する。とくに、権力者を安易に匿名化する一方、立場の弱い市民らには実名を求めるような二重基準は認められないことに十分留意する。

●現在批判されている取材慣行は、長時間労働の常態化につながっている。この労働環境は、日本人男性中心の均質的な企業文化から生まれ、女性をはじめ多様な立場の人たちの活躍を妨げてきた。こうした反省の上に立ち、報道機関はもとより、メディア産業全体が、様々な属性や経歴の人を起用し、多様性ある言論・表現空間の実現を目指す。

●これらの施策について、過去の報道の検証も踏まえた記者教育ならびに多様性を尊重する倫理研修を強化すると共に、読者・視聴者や外部識者との意見交換の場を増やすことによって報道機関の説明責任を果たす。

課題意識は当事者たちの間に広がっている

筆者(古田)も当初、この提言案の議論に加わった。記者会見や情報公開のさらなる活用と制度改善を盛り込みたいと強く訴えた。

新型コロナウイルスの問題でもわかる通り、そもそも政府や自治体などからの情報提供のあり方に問題があり、いまだに紙やPDF形式の情報提供や、正式発表前の不透明で不必要な報道機関への情報先だし(いわゆる「リーク」)が蔓延している。ネットメディアやフリーランスの記者が情報にアクセスしづらい状況もほとんど変わっていない。

この機会に取材だけでなく、情報提供のあり方も変えていくことが、報道業界だけでなく、社会全体にとってプラスになる道だと考えた。

公文書の改竄や廃棄などの問題からもわかる通り、政府や官公庁は情報提供に消極的だ。現状では、表の取材だけではなく、様々な手法で情報源に近づく必要があるのは個人的に理解ができるし、自分もそうしてきた。その点で異論もあったために、今回の提言書の発起人・賛同人には最終的に入らなかった。

ただ、提言書の最後の6つのポイントには完全に同意する。提言書が完成していくまでに、30人を超える記者や元記者、メディア研究者らと議論したが、そのほぼ全員が提言書が指摘する問題点や改善へ向けた方向性には概ね同意していた。少なくとも、現状に課題があるという点では一致していたと感じている。

社や業界の壁を超えた開かれたシンポを改善のスタートに

ジャーナリズムは世界中で試練の時を迎えている。インターネットによって情報の流通が多様化した副作用として、寡占市場だった報道業界の生態系は不安定となり、新聞の廃刊やネットメディアも含む記者のリストラが広がる。

再生への鍵となるのが「信頼」だ。信頼がなければ読者・視聴者はついてこないし、影響力は衰え、結果として収入も細っていくからだ。

世界中のメディアが経営者や編集局長クラスも含め、いかにして信頼を獲得し、民主主義社会に貢献していくかを議論している。日本はこの問題と提言をきっかけに議論を広げようと、草の根で運動が始まった。

提言書への賛同を求めるフォームでは、新聞協会加盟社の社員だけではなく、ネットメディアやフリーランス、メディア関係者以外の声も集めている。必要なのは、新聞協会加盟社の内側で閉じるのではなく、開かれた議論だ。それが信頼にも繋がる。

7月18日(土)午後8時から、映像プロジェクト「Choose Life Project」のユーチューブチャンネルで、オンラインシンポジウムが開催される。民主主義社会に不可欠な信頼される報道とは何か。議論の場がユーチューブで公開されること自体が、ジャーナリズムを改善するための第一歩となっている。

ジャーナリスト/ メディアコラボ代表

早稲田大政経学部卒。朝日新聞社会部、アジア総局、シンガポール支局長などを経て、デジタル版担当。2015年に退社し、BuzzFeed Japan創刊編集長に就任。2019年に独立し、株式会社メディアコラボを設立。2020年-2022年にGoogle News Labティーチングフェロー。同年9月に日本ファクトチェックセンター(JFC)発足とともに編集長に。その他、デジタル・ジャーナリスト育成機構事務局長、ファクトチェック・イニシアティブ理事など。USJLP2021-2022、ニューヨーク市立大ジャーナリズムスクール News Innovation and Leadership2021修了

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