北朝鮮大使館襲撃事件、スペイン当局は韓国人実行犯の身柄引き渡し求めず
北朝鮮の金正恩体制の打倒を目指す反体制組織「自由朝鮮」の集団が2019年2月にスペイン・マドリードの北朝鮮大使館を襲撃した事件に関連し、スペイン司法当局は韓国政府に対し、事件実行犯の韓国人の身柄引き渡しを求めていないことが分かった。
「スペインは韓国に対し、いかなる容疑者の身柄引き渡しを要求していないと報告されている」。大使館襲撃事件に関連し、スペイン司法当局がアメリカ司法省に提出した6月1日付の裁判文書がこう明確に示した。
犯罪の捜査権限を持つスペイン高等裁判所の予審判事は2019年3月、大使館襲撃事件の実行犯10人のうち、ウー・ランリーと称する少なくとも1人の韓国人が事件に関与していることを明らかにした。
また、別の実行犯の1人として、アメリカ海兵隊出身のクリストファー・アン被告が既にアメリカで逮捕・起訴された。米連邦検察は、スペインとの犯罪人引渡条約に基づき、アン被告の身柄をスペインに引き渡すことを要求している。
アン被告は、これに抗して米カリフォルニア州ロサンゼルスの連邦地裁で争っている。身柄引き渡しでアメリカを離れれば、北朝鮮工作員の手による「復讐殺人」(リベンジキリング)に直面し、生命の危険があると強く主張している。
アン被告は今年2月に連邦地裁に提出した文書で、事件が襲撃を見せかけた「やらせ」であったと主張した。アン被告によると、大使館に勤務する北朝鮮外交官の1人が「誘拐事件に見せかけて北朝鮮から亡命をしたい」と「自由朝鮮」創設者でリーダーのエイドリアン・ホン氏に事前に依頼していた。そして、そのような「やらせ」を行ったのは、この北朝鮮外交官が亡命後に北朝鮮政府からのあらゆる報復を防ぐためだったという。
しかし、襲撃事件時に大使館内にいた大使館職員の妻が窓から脱出し、スペインの警察官が大使館に駆け付ける事態にまで発展。さらに、事件時には大使館内の電話が鳴り続いていたことから、この北朝鮮外交官が恐れおののき、亡命を希望してホン氏を招いたものの、土壇場で寝返って亡命を固辞したとアン被告は主張している。
アン被告は住居侵入、不法監禁、脅迫、暴力と威嚇を伴った強盗、傷害、組織犯罪の6つの容疑で逮捕・起訴された。しかし、米カリフォルニア州ロサンゼルスの連邦地裁は5月25日、このうち強盗容疑を棄却した。
スペイン司法当局が韓国人の身柄引き渡しを求めない一方で、アメリカ国籍のアン被告の身柄引き渡しを求めているのはなぜか。その答えは明確になっていない。
ただ、米タフツ大学のイ・ソンユン教授はNKニュースの取材に対し、「これは私が裁判で知ったことだが、スペインによる事件関与の韓国国民の身柄引き渡し要求を韓国政府が証拠不十分として拒絶した」と述べている。
なお、襲撃事件の主犯格のエイドリアン・ホン氏は依然、逃走中で捕まっていない。ロサンゼルスの地方検事補は事件から2カ月後、スペインとの犯罪者引渡条約に基づき、ホン氏を不法侵入、不法監禁、強盗、脅迫、窃盗など7つの罪で告訴した。最高で懲役28年に当たる罪だ。
ホン氏は2005年にアメリカの名門、エール大学を卒業した。2009年には世界各国の革新家が名を連ねる「TEDシニアフェロー」にも選ばれ、その後は何度もTEDのイベントで登壇していた。
ホン氏は大使館襲撃事件直前の2019年1~2月に2度も極秘に来日していたことが分かっている。日本にいるホン氏のビジネスパートナーで親友の在日コリアンが筆者の取材に対し、明らかにした。起業家としてキックスクーター・ビジネスの日本展開の打ち合わせなどが来日の主な目的だったという。
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