参議院議員「ガーシー先生」が議員資格を失う「除名」になりそうもない理由は闇深い
先の参議院議員通常選挙で当選したYouTuberの「ガーシー」こと東谷義和参議院議員が滞在している中東のドバイから帰国しないまま議員活動をするとして物議を醸しています。果たして可能なのでしょうか。一部では国会議員の地位を剥奪される「除名」もささやかれているのですが、この処分は憲政史上に重大な意味を持っています。
その身分は「正当に選挙された」「全国民」の「代表者」
憲法は国会を「全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」「国権の最高機関」で「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」すると定めています。ゆえに「院内の秩序をみだした議員を懲罰」できるとも。
つまり「正当に選挙された」「全国民」の「代表者」として活動するのが国会議員。いうまでもなく国会が開かれるのは議事堂ですから、その場(日本国内)にいなければ(=ドバイにいたら)働きようがないのです。
帰国しない理由として東谷議員は詐欺容疑で自身が警察の捜査対象になっていて逮捕される恐れを挙げています。
たいていは「何が悲しくて当選したのに登院せず罰せられるのか」
この理由が通用するか否か以前に、国会法が「議員が正当な理由がなくて召集日から7日以内に召集に応じ」ず「議長」が出した「招状を」「受け取つた日から7日以内に、なお」登院しなければ議長が院内の懲罰委員会に付すると定められている点が、まず問題になりましょう。後述するように最も重い懲罰は「除名」=国会議員の地位剥奪です。
直近の臨時国会は8月3日から3日間。参議院は正副議長や常任委員長の選出といった院の構成の確定と議席の指定あたりで終わり。3日しかないので「7日以内」に該当しないので、ここではセーフでしょう。
ちなみに「招状を」「受け取つた日」から7日以内もドバイ在住ゆえ守れないという事態があり得ます。このケースもたぶん一定期間許容されましょう。
なおこの規定で重い懲罰を受けた衆参両院議員は過去に皆無。理由は簡単で「何が悲しくて当選したのに登院せず罰せられるのか」だから。国会の一員になりたくて当選したわけですから行くに決まっています。よって同規定を用いて東谷議員を今後の国会期間中に懲罰委にかけるとしたら初めてのケースとなります。
海外に住んでいたら逮捕されないというわけでもない
次に帰国したら逮捕されるという理由が召集に応じなくていい「正当な理由」に該当するか。常識で考えて厳しいでしょうね。
東谷議員はどうやら「院外の現行犯逮捕」を恐れているようですが何罪で現行犯となるのかわかりません。まさか詐欺の現行犯でもなかろうし。まあ刑事訴訟法を厳密に検討すればありえなくもないけど……。
もし警察が逮捕に踏み切りたければ逮捕状の発付を得るのみ。海外にいれば大丈夫というわけでもありません。国際刑事警察機構(ICPO)を通して国際手配をかけ、同時にその旨を外務大臣に通報すれば旅券法の規定でパスポートを失効させられます。
よく「日本は犯罪人引き渡し条約を他国とほとんど結んでいない」と問題視されますが、ここで対象となるのは「外国籍の者が日本で罪を犯し、主に国籍のある国に帰ってしまった」ケース。ゴーン事件が代表的です。東谷議員は日本国籍(でないと国会議員になれない)だから国際手配された上に旅券が失効したら滞在国から強制送還されるのは必至です。永住権などをお持ちであれば別ですけど。
現時点でそうなっていない何らかの訳が捜査当局にあるはずで、言い換えると帰国即逮捕(しかも現行犯で)はほぼあり得ません。だとしたら、ありもしない不安に脅えている=正当な理由とは言い難いと思われるのです。離日前にそうなる気配を感じる事態(任意同行を求められたなど)を東谷議員が経験されていたら話は異なってくるとはいえ現時点で第三者にははかりかねます。
帰国後即現行犯逮捕されたとしても
東谷議員は選挙中に不逮捕特権へ触れていました。そうなのです。それが国会議員にあるのは間違いないから帰国すればいいのに。
例えば今後、長期にわたる臨時国会が開催されたり1月から必ず始まる通常国会ならば召集日以降に戻ってくれば逮捕されません。逮捕許諾請求が内閣に出されて閣議決定され、最終的に院が是としたら逮捕が認められますが、さほどに容疑が濃ければ上記のように国際手配するだけの話のはず。
反対に仮に帰国後即現行犯逮捕されたとしても会期中は釈放されます。既に逮捕されているのだから許諾請求は出せません(無意味です)。
懲罰は軽い順に戒告、陳謝、登院停止、除名
今度は通常手続きにおける懲罰についてみていきます。
参議院規則で最も重い除名の対象となるのは「議院を騒がし又は議院の体面を汚し、その情状が特に重い者」です。ちなみに衆議院規則は「議院の秩序をみだし又は議院の品位を傷つけ、その情状が特に重い者」。
懲罰委員会が審議する「懲罰」は軽い順に戒告(いましめる)、陳謝(謝らせる)、期間を定めた登院停止、除名です。除名となると議員の地位がはぎ取られます。いわば国会議員の政治的死刑に近い重い罰であるため憲法は「出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする」と過半数以上の特別多数を求めているのです。
おそらく東谷議員は除名されはしないでしょう。もしなされたら1951年、日本共産党の川上貫一衆議院議員の除名に次ぐ事態です。川上議員はサンフランシスコ講和会議における多数講和や米軍基地政策に反対し、GHQの怒りを恐れた国会が「品位を汚した」云々で決行されました。ただし除名は陳謝を拒否したゆえ。現在より振り返ると明らかに行き過ぎであり当時のGHQによる「レッドパージ」の流れにもあったのです。
この「除名」騒動は日本が占領下から独立する前の特殊事例ともいえます。国権の最高機関の実質的な上位にGHQが君臨していたから。現在とのストレートな対比は乱暴です。
憲政史上の汚点とされる斎藤隆夫衆議院議員の除名
除名に関しては今とは異なる大日本帝国憲法下とはいえ憲政史上の汚点とされる出来事もありました。1940年の斎藤隆夫衆議院議員の除名です。彼が行った「反軍演説」が「聖戦」を汚す行為として除名に至ったのですが、今日では「反軍演説」が軍部独裁に対抗する政党政治家の最期の一矢であり、極めて勇気ある感動的な演説であったと賞賛されると同時に、それを圧殺したのは議会の自殺行為と評価されています。
戦後はこの件が重い教訓となって除名には慎重の上にも慎重を期すのが常識となたのです。
06年の送金指示メール事件の後味の悪さ
近年でも除名をも視野に入れた後味の悪い記憶も。06年2月、ライブドア事件で起訴された堀江貴文被告(当時)が武部勤自民党幹事長の親族に3000万円を振り込むよう指示していたとのメールを民主党の永田寿康衆議院議員(民主党)が国会で暴露して大問題となった「送金指示メール」事件です。民主党の前原誠司代表(当時)が最後は党声明で「メールは本物ではない」と発表し辞任。永田議員は3月上旬に自民党が懲罰動議を国会に提出、懲罰委員会への付託が議決されました。懲罰委で与党側は当初、最も重い「除名」を求める声が高かったものの永田氏自らが議員を辞職して一応の決着をみたのです。
永田氏はその後、民主党に相手にされなくなって苦悩の末に09年に自殺してしまいました。
懲罰の対象は「国会に出席している」のが条件
そもそも逮捕許諾請求が許諾された議員ですら、その件をもって懲罰されてはいません。あくまで憲法上の対象は「院内の秩序をみだした」です。暴れたり、議事を妨害したり、議員席などに水を浴びせたり、明らかな暴言を吐いたりといった者が該当します。つまり「国会に出席している」のが条件。確かに故なく欠席を繰り返すのも広い意味で秩序を乱しているといえなくもないとはいえ無理筋というか何しろ前例がありません。
「いなかった」で懲罰(登院停止)された出来事としては2013年、アントニオ猪木参議院議員が会期中に国会の許可なく無断で国交のない北朝鮮を訪れたケースがあるにはあるものの、東谷議員とは様相が相当に異なります。そもそも国会に来ない者を登院停止にしても仕方ないし。