梅雨明け十日 夏山登山には絶好だが気象情報は不可欠
梅雨明け十日
今年の梅雨は、7月13日に九州南部、19日に関東、東海、近畿、中国、四国、20日に九州北部で梅雨明けしました。
関東などでは空梅雨ぎみで、土用蒸と呼ばれる湿った暑さとなっています。
梅雨のない北海道を除くと、まだ梅雨に入っているのは北陸、東北南部、東北北部です。
北陸の梅雨明け平年日(昨年) 7月24日(7月19日)
東北南部梅雨明け平年日(昨年) 7月25日(7月29日)
東北北部梅雨明け平年日(昨年) 7月28日(7月29日)
梅雨明け後の十日間位は、太平洋高気圧の勢力が大きくなって安定し晴天が続くことから、昔から「梅雨明け十日」といわれてきました。
ただこれは平地での話です。
大気が安定しているといっても夏山の天気は変わりやすく、夏山登山に適しているといっても、最新の気象情報の入手が不可欠です。
特に、初めて登山に挑戦しようとしている人は、天気によって山は危険になるという認識が必要です。
また、健康のために習慣として登山している60歳以上の人も天気に注意が必要です。年を増すごとに体力が落ちているので、昔は大丈夫であった天気でも危険に変わることがあるからです。
最初の登山者向け気象情報は昭和5年
昭和初期、鉄道省東京鉄道局(国鉄をへて現JR)では登山客のために中央線や信越線等に臨時電車を運転していますが、昭和5年からは夏の登山列車の中で天気予報を伝えています(図)。
中央気象台(現在の気象庁)発表の天気予報を、鉄道電話によって列車の通過する各駅に通告し、列車の車掌は駅から情報を得て車内放送するというもので、登山コースの変更や不慮の災難を脱すると期待されていました。
これが鉄道気象通報の始まりと考えられます。
鉄道事業は、様々な面で気象と関係を持っており、気象庁と鉄道各社間で一般向けよりも細かく、スピーディに情報のやり取りが、気象庁と運転指令所間のホットラインや直通FAXなどで行われています。これが鉄道気象通報です。
平成になるまで携帯電話は夢の道具
現在は当たり前となっている携帯電話ですが、昭和の登山では夢の道具でした。高価で通信料が高いという点を除いても、携帯電話は大型で重く、山へは持ってゆけなかったからです。
このため、薄いベニア板と天気図用紙を用意し、16時からラジオ短波から流れてくる気象通報を聞いて、放送されている各地の気象実況等を書き込んでいました。そして、等圧線を引き、明日の天気の予報をしていました。
このため、高校生の登山競技の大会では、ラジオ短波の気象通報を聞き、天気図を描くという種目があります。
しかし、時代は変わり、現在は携帯電話やスマートフォンが普及しています。
基地局も増え、かなりの山奥でも電波が届き通信可能です。
山はいつでも待っている
新たな祝日して8月11日が「山の日」になりました。夏休みやお盆休みと重なる、これからの時期は、登山をするのに適した「夏山シーズン」です。
しかし、安全第一です。
気象情報で悪天候が予想されるなら、当初のスケジュールにこだわらず、早めに切り上げる勇気が必要です。山は来年も、再来年も、10年先でもその場所にあり、登山者をいつでも待っています。