「あいちトリエンナーレ2019」は、いま最後の重大局面を迎えている
9月25日、「あいちトリエンナーレ2019」をめぐって大きな動きがあった。検証委員会が中間報告を発表、開催3日で中止となった「表現の不自由展・その後」について「条件が整い次第速やかに開催すべき」と提言したのだ。
それを受けて会見した大村秀章・愛知県知事は「本来実施されるべきものを本来の姿に戻したい」と、再開への意欲を述べた。どういう形での再開かをめぐって議論はあるが、「表現の不自由展・その後」中止事件が新たなステージに至ったのは確かだ。しかも会期は10月14日までだからもうギリギリのタイミングだ。
文化庁の補助金不交付というとんでもない事態
ところが翌26日、とんでもない動きがあった。萩生田光一文科相が、採択を決めていた「あいちトリエンナーレ2019」への文化庁からの補助金7800万円を全額交付しないと発表したのだ。表向きは手続き上の不備としているが、「平和の少女像」など国の方向に従わないような展示を再開するなら補助金は出さないという脅しだろう。これでは展示を潰そうと脅迫していた人たちを国が後押しするようなものだ。
さすがにこの措置は憲法違反にあたるし、大きな反発と抗議の声が上がっている。
私が属する日本ペンクラブは同日、吉岡忍会長の談話を出して、こう訴えた。
《文化庁は予定していた「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金を交付しない決定をしたという。理由はどうあれ、これは同イベントを経費の面から締めつけ、「表現の不自由展・その後」を脅迫等によって中断に追い込んだ卑劣な行為を追認することになりかねず、行政が不断に担うべき公共性の確保・育成の役割とは明らかに逆行するものである。
私たちは、文化庁がその決定を撤回するよう求めるとともに、同展が当初の企画通りに確実に、一日も早く再開されることを期待する》
http://japanpen.or.jp/comment0926/
9月10日に出展作家らが立ち上げた「ReFreedom_Aichi」プロジェクトはさっそくネットで抗議書名を集めている。「文化庁は文化を殺すな」というキャンペーンで、まだ開始2日目だが10万人に届きそうな勢い。SNSで拡散されているから、さらに加速しそうだ。
https://www.refreedomaichi.net/all-news
ちなみにこの作家たちのプロジェクトは9月10日以降、いろいろな活動を展開している。芸術祭をめぐる今回の問題では当事者である美術家たちの動きが全体を大きく左右しているのは間違いない。公式ホームページは下記だ。
https://www.refreedomaichi.net/
この安倍政権からの圧力を受けながら愛知県がどう動いていくのか。国際的な注目も受けている事柄だけにぜひ展示を再開し、まだこの国に「表現の自由」がなくなっていないことを示してほしい。
発売中の『創』10月号で総特集「『表現の不自由展・その後』中止事件」を掲載しているが、この間、8月22日に展示作家らを招いて約500人規模のシンポジウムを開くなど、この問題には深く関わってきた。その後も、この1カ月のめまぐるしい動きに対して、記者会見や討論会には足を運び、9月21日の名古屋での検証委員会主催の「表現の自由に関する国内フォーラム」も取材した。
補助金不交付については、東京芸大前での抗議集会には200人以上が集まったといわれるし、今後、連日文化庁前でいろいろな団体が抗議行動を起こすことを決めている。名古屋でもいろいろな動きが今後一気に展開するはずだ。これを機会にぜひ多くの人が「あいちトリエンナーレ2019」の会場に足を運んでみることをお勧めしたい。
足を運んだ「あいちトリエンナーレ2019」展示会場
私も名古屋の展示会場を見て印象を新たにしたのだが、海外作家を含めて、「表現の不自由展・その後」中止に抗議の意思表示をして、展示を一時中止したり展示内容を変更したりしているケースがとにかく多い。たぶん愛知県知事や津田大介さん、それに検証委員会をして、展示を再開すべきだという気持ちに押しやったのは、こうした出展作家らの思いだと思う。
例えば、「あいちトリエンナーレ2019」のシンボルとしてよく紹介されるウーゴ・ロンディノーネさんのこの展示も、一時本人から中止の申し出があった(結果的に展示は続いている)。
またメキシコ人のモニカ・メイヤーさんの展示もよく紹介されているが、これは抗議の意思表示で展示内容が変更されている。
それぞれの多くの展示で、壁などに抗議の意思表示がなされている。日本人美術家・田中功起さんの展示は入り口が閉ざされ、隙間から中を見る状態。入り口が田中さんのメッセージが置かれている。
閉ざされた「表現の不自由展・その後」の展示室の前では、「ReFreedom_Aichi」プロジェクトが呼びかけたカードが壁一面に掲示されている。
それらの展示を見て歩けばどう考えたって、これは「表現の不自由展・その後」を再開させて「あいちトリエンナーレ2019」全体をきちんと展示させないと、芸術祭の歴史に大きな禍根を残すことは明らかだ。
検証委員会の「フォーラム」を取材した
9月21日に開催されたあいちトリエンナーレ検証委員会による「表現の自由に関する国内フォーラム」についても簡単に報告しておこう。愛知芸術文化センターの12階で開催されたその会場には、市民参加者は100人に限られたが、入り口に荷物を預け金属探知機でボディチェックを受けるという厳重な警戒態勢のもとで開催された。
会場には報道席は別に設置されていたほか、津田さんや出展作家らも前方に座って見ていたし、休憩後の後半には作家らが次々と再開を求める意見を表明した。
このフォーラムはユーチューブで全編公開されている。つまり検証委員会としては、警備上の都合もあって会場に入る人数は制限したが、そこでの議論をオープンにすることで理解を広げようとしたのだった。
驚いたのは、その中で「天皇を燃やした」と攻撃された大浦信行さんの20分の動画「遠近を抱えてPart2」を全編映し出したことだ。一部が切り取られてSNSに拡散し、天皇批判のプロパガンダだと誤った攻撃がなされていたその作品は、結果的に誰でも見ることができるようになった。「フォーラム」では、大浦さんの制作意図を含めて解説もなされたが、この動画をよく全編公開したなと会場で見ていて感心した。
全部で3時間にもわたるフォーラムだったが、関心ある人はぜひ下記より全編を見ていただきたい。作品を見ることもなく抗議が行われたことが今回の事件をややこしくしていることは否めないからだ。
https://www.youtube.com/watch?v=-p14VEv11T0
フォーラムの最後に会場との質疑応答が行われた。会場からの意見は「再開してほしい」という声が多かったが、「少女像のどこが芸術なのか」などと、再開に反対する声も表明された。中には少女像の展示内容というよりも慰安婦問題そのものについて意見を言う人もいた。今回の事件が単に美術や芸術祭についての議論にとどまらず、抗議や電凸が殺到したのは、日本社会を取り巻く日韓問題やナショナリズムといった国民感情があったからだろう。
嫌がらせで展示を中止させるといった手段でなく、場を設けて必要なら議論を重ねればよい。そしてそれを含めて、ぜひ展示は再開してほしい。会期も少ない中でできることは限られているかもしれないが、この国の「表現の自由」をめぐる大事な局面だ。
残された時間は少ない。何ができるのか。大事な局面だ。
なお9月10日の出展作家らの記者会見については以前報告したので下記をご覧いただきたい。
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190910-00142024/
「あいちトリエンナーレ」問題でアーティストらが立ち上がった意味は大きい
『創』10月号の「表現の不自由展」中止事件の総特集の内容は下記をご覧いただきたい。