会えない時代こそ、もっと近くに感じられる世界を アップル出身、チカクの梶原CEO
新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛で遠方の家族に会えない状況が続く中、スマートフォンから動画や写真をテレビに送信できる「まごチャンネル」のサービスが人気を集めている。サービスを提供するITベンチャー、チカク(東京・渋谷)の梶原健司CEOがインタビューに応じ、2020年は前年に比べ出荷台数が3倍以上に増加したと明かした。「エイジテック(AgeTech)のフロントランナー」を標榜し、AI(人工知能)も生かしながら事業拡大を図っていく。
新卒でアップルへ
梶原氏は1999年に大学を卒業後、アップルの日本法人に入社した。“Think different” (発想を変える、モノの見方を変える)の広告に感銘を受けて志望、倍率数千倍とも言われる狭き門を通過した。
アップルは90年代に倒産危機に陥り、梶原氏の入社当時は社を追われていた創業者の故スティーブ・ジョブズが復帰して間もない頃だった。まだ混乱期でもあり、iPhoneのヒットに見る復活劇を遂げようとは思いもしていなかったという。ただ、梶原氏は「最悪数年で立ち行かなくなったとしても、良い経験が積めたと思える会社。自分を成長させてくれると信じていた」と当時の覚悟を振り返る。
マーケティングや新規事業の担当を経て、最後はiPodビジネスの責任者まで12年間在籍した。今のチカクのサービスを支えるITの知識を体得していった。
手応え
2011年にアップルを退社し、知人の会社を手伝いながら、国内外の恩師や友人に会って議論を重ね、自分で起ち上げる事業の種を探していた。その間ずっと胸の内でまごチャンネルにつながるアイデアを温めていた。
梶原氏の故郷は兵庫県の淡路島。遠くに住む家族に自身や子どもたちの様子を伝えたいという思いが、まごチャンネルのサービスの根底にある。
淡路島にいる親は試作機を利用し、テレビに大きく映し出された孫の姿を見て喜んでくれた。身内以外も10組超の知り合いに使い勝手を聞き歩き、「孫が遊びに来たみたい」との臨場感が同様に好評だった。手応えを掴み、アップル退社から3年を経た2014年に起業に踏み切った。
チカクの社名には企業のミッション「距離も時間も超えて大切な人を[近く・知覚]できる世界を創る」の意味を込めた。
デジタル・バリアフリーを
まごチャンネルのサービスは手軽さが売りだ。契約後に届く端末をテレビとケーブル1本でつなぐのみ、インターネットの接続環境にない家庭でも難なく利用できる。操作には家のテレビリモコンを使う。
端末は試作機の改良を重ね、白い家の形に落ち着いた。新たに動画や写真を受信すると、家の窓にほのかな暖色の明かりがともる仕組みとなっている。
デザインや、使い勝手などのユーザーインターフェースに対するこだわりは、梶原氏がアップルの顧客らの声に耳を傾けていたマーケティング部門時代の経験に基づく。
チカクの創業以来、一貫して力を入れているのは高齢者に寄り添うサービスの充実だ。情報弱者になりやすいと懸念される高齢者を、ITの力で支えるエイジテック(AgeTech)であることを前面に打ち出す。ネットやパソコンを利用できる人とできない人との間に生じる格差「デジタル・ディバイド」の解消を掲げ、「デジタルの世界におけるバリアフリーを実現していきたい」と梶原氏は強調する。
AIも生かし多機能化
子供の写真をAIによって自動で検知する機能など、ユーザーの意見を踏まえながら改善を重ねてきたまごチャンネル。特に反響が大きかったのは、動画や写真を祖父母らがテレビで見始めると、送った側に視聴開始を通知する機能だ。ユーザーからは「離れて暮らす両親が無事でいることの安否確認にもなっている」と好意的な声が多く寄せられたという。
思いがけない効果を踏まえ、2020年1月には警備大手のセコムと組み、高齢者向け見守りの新サービスとして「まごチャンネル with SECOM」を始めた。このサービスは東京都主催の「ダイバーシティTOKYOアプリアワード」アプリ部門で最優秀賞に選ばれた。
コロナ禍で伸長
新型コロナウイルスの感染が広まった2020年以降、「距離も時間も超えて大切な人を[近く・知覚]できる」チカクのサービスは時流に乗って販路を広げている。コロナ禍で面会が難しくなった病院や高齢者施設などから引き合いが強まっているという。身内の動画や写真のやり取りにとどまらず、行政サービスの一環としてまごチャンネルを使った情報伝達の取り組みも始まった。
大阪府泉大津市は昨夏、市内の高齢者にモニターになってもらい、まごチャンネルを活用した実証実験を行った。テレビに映像を映し出し、体操を促したり、市政サービスの情報を伝えたりしたところ、前向きな成果が得られた。
「日本以外の国も高齢化していくのは間違いない」として海外展開もにらむ梶原氏。コロナ禍でできてしまった距離を埋め、人と人がより近くに感じられる世界の実現に向け、日々模索を続けていく。
(※ 画像は全て提供写真)