Yahoo!ニュース

英国のEU離脱協議、泥沼状態に陥り貿易協定結べず “ノーディール”の恐れ(その1)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

会談後の会見に臨むメイ首相(左)とユンケルEC委員長=EUサイトより
会談後の会見に臨むメイ首相(左)とユンケルEC委員長=EUサイトより

英国のテリーザ・メイ首相は昨年12月8日未明(午前3時45分)、ロンドン郊外の空港から特別機でベルギー・ブリュッセルのEU(欧州連合)本部に向かって飛び立った。この日の早朝にジャン・クロード・ユンケルEC(欧州委員会)委員長との会談に臨むためだった。会談はわずか30分で終了し英国がEU離脱に伴う清算金、いわゆる、手切れ金の増額や英国に居住するEU市民の在留権、そして、離脱協議の最大の難関となっていた北アイルランド国境の3つの主要課題のすべてで合意した。

 英国は時間切れ寸前にようやく離脱協議の第一段階の大きな障害を乗り越えることができた。英国とEUは次の段階であるEUとの将来の関係、つまり新たな貿易協定の締結と完全離脱までの2年間の移行(準備)期間の設定をめぐって協議することが決まったのだ

 今後、英国は今年1月から第2段階の協議に入り、2年間の移行期間の設定条件(移行期間中、EUの単一市場と関税同盟へのアクセスを現状維持するにはEUが主張するように人の移動の自由や欧州司法裁判所(ECJ)のルール適用を受け入れるかどうかという問題)について話し合う。3月から貿易協議に入り、移行期間中、英国はEU以外の他国との自由貿易協定の協議を行えるかどうか、また、第1段階の3つの問題の合意に法的根拠を与えるというEUの要求にどう応えるかについて話し合う。8月には第2段階協議を終了し、10月に欧州議会が最終合意を盛り込んだEU離脱合意・実施条約案を審議・採決する。その上で、2019年3月29日に英国がEUを離脱し、同年4月から2021年3月まで移行期間に入る。

 英国は2016年6月の国民投票でEU離脱が決まって以降、1年半にわたって何度も曲折を経てようやくEU離脱協議の第1段階を終了し一区切りついた。これまでの離脱協議の軌跡と今後の第2段階協議の課題を探ってみる。

 昨年12月8日、朝食を兼ねたメイ首相とユンケルEC委員長とのトップ会談が現地時間の午前7時から始まり、終了後直ちに、両トップが会見した。ユンケル委員長は冒頭、「離脱協議の第一段階でかなりの前進が見られた」と評価し、「(14-15日のEUサミットで加盟27カ国に対し)英国と次の段階である貿易問題と移行期間についての協議に進むことを進言する」と続けた。

 会談前、メイ首相は週明け4日のユンケル委員長との1回目の会談で土壇場になって合意できなった北アイルランド国境問題を再検討するため、前日(7日)未明まで北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)やアイルランド共和国(南アイルランド)、EUと緊密に連絡を取りながら3者が満足できる解決案を探って検討を続けていた。

 北アイルランド国境問題をめぐる最大の懸案事項は、4日の最初の合意案に、南北アイルランドの国境管理については、「これまで通り英国はEU規制を継続することにコミットする」(full continued regulatory alignment)という文言が盛り込まれていたことだった。これは裏を返せば、南北アイルランドの間では従来通り、国境管理(規制)を行わないというもので、北アイルランドは離脱後もEUの関税同盟と単一市場に残るということを意味していた。

 しかし、この合意案で最終決着すれば、英国のEU離脱後も北アイルランドにEU規制が続くことになり、つまり、北アイルランドがEU域内に残れば、英国はEU離脱後に北アイルランドとの間に国境や関税障壁を導入しなければならなくなる恐れがあった。これは北アイルランドと英国の一体性が失われることを意味するだけでなく、仮に北アイルランドとの一体性を維持するために英国本体もEU規制を受け入れることになればEU残留と変わらなくなる。その結果、英国がEU離脱後に、米国など他国と自由に貿易協定を結ぶことが論理的に不可能となるなど問題が多かった。

 この日(8日)、ユンケル委員長は会見では英国との3つの主要課題の解決について詳細には触れなかったが、英国とEUが共同発表した合意文書によると、「北アイルランドと英国本体との間に新たな規制の障壁を設けない」、また、「北アイルランドの企業が英国本体の市場へのアクセスを保証する」といった項目が最初の合意案に追加された。

 また、懸案だった南北アイルランド間の「規制の合致」(regulatory alignment)については、「英国は南北アイルランドの協力と(南北アイルランドの約500キロにわたる国境を鉄条網や検問所などを設けて厳重に警備する)ハードボーダーを設けないということにコミットする。これは英国とEUとの将来の関係を決める包括的合意を通じて達成する。しかし、これが達成できない場合には、英国は現在、南北アイルランドの協力とアイルランド全体の経済、グッドフライデー(和平合意)を支えている、EUの統一市場と関税同盟のルールと完全に調和するようにする」とし、最初から規制の合致を目指さず、今後の英国とEUとの包括的な貿易協定の枠組み合意を優先させることを明記した。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事