特許権侵害訴訟でグーグルに480億円の損害賠償評決 相手はパテントトロールなのか?
「Chromecastの特許侵害訴訟でGoogleに480億円の損害賠償命令が下る、パテントトロールとの指摘も」という記事を読みました。
とのことです。なお、元記事ではTouchstream社がオーストラリアの企業と書いてありましたがそのような情報はどこにも書いてありません。訴状ではニューヨーク州ニューヨーク市の企業と書かれています。また、正確に言うと陪審員の評決が出た段階なので、裁判所が命じたというわけではありません。いずれにせよ、Googleは控訴するとのことなのでこの後どうなるかはわかりません。
上記記事には載ってないですが、問題の特許番号は、8356251,8782528,8904289です。いずれも、発明の名称は、”Play control of content on a display device”、同じ仮出願に基づくファミリー特許です。発明者はTouchstream社の創業者であるDavid Strober氏です。
ご存知の方も多いと思いますが、Chromecastを使ってスマホやパソコンからテレビに動画を「キャスト」する際には、スマホやパソコンからChromecastに動画データが送られているわけではありません。スマホやパソコンとChromecastの間のやり取りはあくまでも制御データだけであり、動画データ自体はChromecastがコンテンツサーバー(たとえば、YouTubeやNetFlix)と直接やり取りします。実際、キャスト中にスマホの電源を切ってもキャストは続きます。こういう仕組みでないと、ネットの帯域幅やスマホの電源が無駄になるので当然の設計とも言えます。
Touchstream社の特許はすべてこのメカニズムに関するものです。とは言え、この基本メカニズムそのものの特許化というわけではなく、実装に近い形で限定が入った権利化になっていますので、Chromecastが特許権を侵害するかどうかは入念な検討が必要です。別記事で解説を書くかもしれませんがめちゃくちゃ細かい話になりそうなので思案中です。
さて、冒頭記事でも引用されている、The Vergeの記事では、Touchstream社を「パテントトロール」かもしれないと推測しています。「パテントトロール」をどう定義するかにもよりますが、この見方は正しくないのではと思います。
訴状を見ると、ことの顛末は以下のとおりです。
2011年1月:David Strober氏、特許を出願すると共にTouchstream社を創業(営業名は、Shodogg(現在は業務停止状態のようです))し、ビデオストリーミング用デバイスの販売を開始
2011年12月:Touchstream社、Googleと業務提携について交渉を開始
2012年2月:Googleが業務提携交渉一方的に打ち切り
2013年1月:Touchstream社特許成立
2013年7月:GoogleはChromecastの販売開始
アスタリスク対ユニクロ等でも見られた構図ですが、小規模企業が大企業に対してテクノロジのライセンスを持ちかけて、交渉決裂した後に、大企業がそのテクノロジを使った製品の提供を開始したというパターンです。もちろん、大企業がテクノロジをパクったのではなく、たまたま同じテクノロジを以前から開発していた可能性はあります。
この場合、小規模企業にとっては、大企業がパクったことを立証することはきわめて困難です。この場合、唯一の武器になるのが特許権です。特許権侵害訴訟に勝てば、パクったか偶然の一致かにかかわらず損害賠償を勝ち取ることができます。何回か書いていますが、小規模企業が大企業に対して、事前に特許出願を行わずに、テクノロジライセンスの交渉をすることは、丸腰で敵陣に乗り込むような行為です。
ということで、Touchstream社については、NPE(Non Practicing Entity:非実施主体)ではあるかもしれませんが、パテントトロールと非難される筋合いはないのではと思います。
一般的な話として、パテントトロールにより起きている問題の話をすると、「実業を行っていないのに特許権侵害訴訟だけを行う行為を法律で禁止すればよいのでは」と言う人がいますが、確かに、そうすれば、他人から特許権を安く買い集めて、和解金目当てに手当たり次第に訴訟を起こす真の悪性パテントトロールを防ぐことはできるでしょう。その一方で、(事業を自分で実施できる資力のない)個人発明家や小規模企業が、自分の力で生み出した特許権を大企業に勝手に使われても対抗する手段がなくなってしまいます。この点が、パテントトロール対策の最も難しいポイントです。