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声優・林原めぐみが歌手デビュー30周年でベスト盤 【後編】「家に籠りがちでもぐっすり寝てもらおうと」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
キングレコード提供

歌手デビュー30周年を記念してベストアルバム『VINTAGE DENIM』をリリースする声優・林原めぐみの、ロングインタビュー後編。3枚組のうち、DISC3は昨年の自粛期間にYouTubeを観まくったことから生まれた「ぐっすり寝てもらう」1枚になっている。

インタビュー前編はこちら

https://news.yahoo.co.jp/byline/saitotakashi/20210321-00228405/

液晶でなく脳内の映像に浸ってほしくて

――『VINTAGE DENIM』の話に戻ると、【good sleep】を謳った3枚目は画期的ですね。

林原 私、自粛中にYouTubeをたくさん観まして。お腹を抱えて笑ったのもあれば、粘土ですごいものを作っていたり、鉛筆1本で立体的な絵を描く匠もいるし、クラスの人気者も科学者もいて、すごいことになっているなと。そんな中で、ASMRにちょっとハマりました。「何でごはんをこんなにおいしそうに食べられるんだろう?」とか思いつつ、耳かきみたいなのや静かなささやきとかに辿り着くと、「今晩もここに寝に来ました」みたいな人や「うつ病で仕事を休んでますけど癒されました」という人たちがいて。世の中には疲れている人がこんなにいるんだと驚いたし、寝るために何かが必要なことも、ちょっとビックリでした。私は布団に入ったら、すぐスイッチオフなので。

――睡眠障害に悩む人は結構多いようです。

林原 良い睡眠は良い明日に繋がるので、3枚目はとにかく、ぐっすり寝てもらおうと(笑)。今はどうしても、コロナ禍で液晶画面を見る時間が増えているじゃないですか。テレワークもリモート授業もそう。家に籠らないと仕方ない状況の中で、液晶を見ない、つまり視神経を使わず、脳の中に映像を呼び起こすことを随分していないんじゃないかなと。だから『BECAUSE』を1曲目に持ってきたのは、この曲に思い出がたくさんあるファンの人もいて、あの頃を無条件に呼び起こしてもらえるかなと思ったんです。スマホを見ながら聴くのでなく、まぶたを閉じて、自分の中に広がる映像にたゆたってもらいたかった。結果、3曲目か4曲目で寝落ちしても、それはそれで良し。YouTubeをしこたま観て、世の中を考察した結果、生まれた1枚です。

――音楽的には、隠れた名曲を発掘した感じにもなりました。

林原 柔らかい曲をこんなに歌っていたのかと思いました。ただ、かねてから毎回アルバムに、そういう曲を1曲は入れようとはしていたんですよね。イケイケで元気な曲が多い中で、そればかりだと聴いていて疲れてしまうだろうから。そんな曲ばかり集めて1枚にできたのも、ひとつの歴史ですね。

キングレコード提供
キングレコード提供

詞のポケベルやスマホで時代は残そうと

――30年分の楽曲が収録されたベストアルバムですが、良い意味で時代性はあまり感じませんでした。

林原 たぶんそういうところで、私にアーティストとしての何かが欠落しているんです。今の時代の流行りの音楽は何かとか、そもそも戦略のようなものが思いつかない(笑)。ただ、やっぱり時代は残したいと思いました。『Tokyo Boogie Night』に<コードレスでMidnight call>とあるのは、当時コードレス電話が出た頃だったからだし、『~それから~』には<ポケベル>も出てくるし。新曲の『DENIM』には1行目に<スマホ>を入れました。

――それは計算だったんですね。

林原 この曲を10年後に聴いたら、スマホはなくなって違う何かになっているかもしれないけど、今はスマホが全盛。それが昔はポケベルたったし、そういう時代の移り変わりは入れておきたかったんです。でも、音楽的に打ち込みとかバンドふうとかいうのは、アニメの作品によるもの。ラップや壮大なクラシックもあったりして、ジャンルで言ったらごった煮ですけど、声質や歌い方も多岐にわたって、声優としての私らしいアルバムになったなと思います。

――MEGUMI名義で自ら作詞した曲も多いですが、当時の自分の精神状態が反映されている曲もありますか?

林原 ないと思います。『Thirty』、『Forty』、『Fifty』はどストライクの自分ですけど、年齢のことで精神状態とは違うし。『ふわり』がそうでしたけど、落としちゃいました。

――『ふわり』では、30代に入って精神的に楽になっていることが歌われてました。

林原 『ふわり』と『君に逢えてよかった』と『www.co.jp』のどれかを入れようと悩んだ際に、ファンの人のアンケートを参考にしました。票数は『君に逢えてよかった』が一番多かったんです。発売が3月で友だちとの別れがあったりもするから、時期的にもこっちがいいかなと。

――『雨のち曇りのち晴れ…』は失恋の歌で、林原さんの詞には珍しいですね。

林原 あまり声を大にして言えませんけど、友人のことをネタにしました。落ち込んでいるのを見て、励ましたい気持ちになって。幸せそうにしていたけど、そうでもなかったみたいで、「泣いてもいいよ」と言いたかったんです。

――林原さん自身の失恋経験を詞にしたわけではないんですね。

林原 残念ながら、そうではないです(笑)。でも、この頃から、自分の経験や思考以外のことも歌にするようになって。自分目線でないところで、不特定多数の誰かに刺さったらいいなという詞も、書くようになりました。

ご縁があればまた歌うし神のみぞ知るです(笑)

――自分の若い頃の歌や詞に、気恥ずかしさはないですか?

林原 ないですね。前はありましたけど、もう慣れました。トータルで良いアルバムになったと思います。自画自賛ではなく、何かこう、林原めぐみさんって不思議な人だなと。歌手になりたかったわけでもないのに、声優をやっていたら作品を通じて歌との出会いがあって、その積み重ねがこんなに集まるなんて。すごいなと思いました。

――まだ歌に伸びしろもありそうですか?

林原 今回、ビックリな伸びしろを『おやすみ』で経験しました。曲を作っていたら、なぜかチェロで歌うことが浮かんだんです。チェロは人の肉声に一番近い楽器らしいですけど、一緒に朗読劇をやったことのあるチェリストの村中(俊之)くんに打診したら、OKをもらいました。彼はMISIAさんのバックもずっとやっていた手練れで、レコーディング当日は280歳のチェロを持ってきてくれて。別々の部屋で録るつもりでしたけど、「一緒に録ろう」と言われて、やったら一発でOKになりました。

――それはすごい。

林原 歌うまでは「同時に?」とすっごい緊張したけど、「どうせこれはテストだし」みたいな気楽さもあって。いざ歌い始めたら、チェロの音色は柔らかくて温かくて、私も一緒に寝ちゃうような気持ちで歌いました。

――まさに「おやすみ」と?

林原 だから、「このテイクでいいか」となりました。ピッチとか細かいことを言ったら、たぶんいろいろあるんです。でも、そこじゃない。ある意味、原点というか、私が歌う意味を入れ込むことができました。

――31年目からも歌手活動は続いていくんですね。

林原 4月にシングルが出ますから。これからもご縁があったらあったでいいし、神のみぞ知るです(笑)。

――以前、林原さんに多くの楽曲を提供しているたかはしごうさんが、林原さんが歌うのは“使命”と話してました。自分では使命感はないですか?

林原 ズルい言い方になっちゃうけど、終わってから「そういう使命があったのかもな」と思います。30年も歌い続けられたり、『SHAMAN KING』が20年ぶりに復活して、また主題歌を歌うなんてすごいことだなと。それを使命というなら、そうなのかもしれない。でも、「この次の私の使命は」なんて考えたら、苦しくなっちゃう。

――声優としては、さらに上手くなっていくことを目指し続けるんですか?

林原 「上手く」はダメかな。何が上手いかなんて誰にもわからないし、自己満足だと思うので。求められた場で求められたものを提供できて、演出が入れば応える。それは仕事をしている限りはデビュー当時から変わらず、ずっとずっと続いていくものです。

『林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力』

 今回は気ままなエッセイというより、歴史的なことを残す意図もあって、生まれて初めて校閲という作業が入りました。すごく直されたんです。その直しは間違いではないけど、文章が私らしくなくなる気がして、一時はすごくストレスでした。でも、私らしさを自分で決めたらいけないと、この年になって痛感しました。

 年齢を重ねて、いろいろやって成功体験もしてきたからといって、らしさをアップデートしていかないと、本当の年寄りになってしまう。自分らしくない何かを自分の中に取り入れて、噛み砕いて自分のものにしたときに、また新しいらしさになる。いくつになってもね。

 直された文章を一度全部飲み込んだうえで、でも、ここは残したい。私らしい表現として、この語尾は使いたい。こちらから提示してやり取りしていたら、要求されていることがわかってきました。勉強になりましたし、後半は楽しく書けて、結果、私らしい文章になりました。

          KADOKAWA 264P 1980円(税込)
          KADOKAWA 264P 1980円(税込)

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

 録り終わって「解放されたな」と思いました。あの紫の物体を稼働させるのは、もう充分(笑)。私がレイちゃんとして入れなきゃいけない声を全部入れ終わった後、レイちゃんがイメージ的に出てくる場面があって、そこに声はないんです。庵野(秀明)監督に「なんであそこにレイちゃんがいたの?」と聞いたら、監督がちょっと上を向いて「何でかな?」と言ったんです。そのとき「ああ、もういいや。答えは要らない」と思いました。

 監督の「何でかな?」は、確固たる理由はあるけど「何て言おうかな」という感じ。ひと言はあったけど、それで充分でした。「うん、これ以上はいい」と、もう聞かないことにしました。劇場パンフレットに書いたけど、「秋にはどうして葉っぱは散るの?」に対しての「何でかな」みたいな。科学的にか、おとぎ話的にか、どれも正解だけど、どれも全部じゃない。私と『エヴァ』の距離はずっとそういう感じでした。

Profile

林原めぐみ(はやしばら・めぐみ)

3月30日生まれ、東京都出身。

1986年に『めぞん一刻』で声優デビュー。代表作は『スレイヤーズ』のリナ=インバース、『エヴァンゲリオン』シリーズの綾波レイ、『ポケットモンスター』のムサシ、『名探偵コナン』の灰原哀など。歌手として、1991年に1stシングル『虹色のSneaker』をリリース。これまでに41枚のシングル、14枚のオリジナルアルバムを発売。ラジオ『林原めぐみのTokyo Boogie Night』(TBSラジオ)でパーソナリティ。書籍『林原めぐみのぜんぶキャラから教わった 今を生き抜く力』が発売中。シングル『Soul salvation』(TVアニメ『SHAMAN KING』オープニングテーマ)を4月14日に発売。

『VINTAGE DENIM』

3月30日発売

CD3枚組 3000円+税

初回製造分のみSPECIAL PHOTO BOOK(36P)付き

    キングレコード提供
    キングレコード提供

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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